第19話 ホスフェ元老院③
3月10日、レファールはセウレラと共にフグィ議員団に随伴する形でオトゥケンイェルに入城した。
「ナイヴァルの犬め、オトゥケンイェルから出ていけ!」
「ホスフェはお前達に売られることはないぞ!」
街に入るなり、罵声が投げつけられてきた。レファールは一瞬自分達に向けられているのかと思ったが、ラドリエルが「私に対してのものですよ」と首をすぼめながら言う。
(確かに、私や爺さんの顔はこっちでは知られていないはずだからな)
フグィやセンギラには何度か出入りしたことがあるが、オトゥケンイェルは通過したことしかない。顔を見られても、「あのレファールだ」、「ナイヴァル枢機卿のセウレラだ」となる可能性は低かった。
その点については安心であるが、ラドリエルに対する罵声は酷いもので、宿舎となっている宿屋についても、一部の領民が宿舎の前で何かしら騒いでいる。
「いや、これは何とも感心するくらい酷いものですな……」
建物の三階の窓から下を眺めながら、レファールは呆れてしまった。
「こんなことをしても、何かが変わるものでもないでしょうに」
「そう思ってしまったらおしまいですよ」
ラドリエルが苦笑する。
「ホスフェは個々人一人一人が国のためを思って行動するというのが建前です。彼らも彼らなりに戦っているという建前があるわけです」
「そうは言っても、彼らは本心からああ思って行動しているわけではないでしょう?」
「そればかりは何とも分かりません。確かに信じたいものを信じているという者も多いでしょうし、もっと端的に執政官らから金を貰っている連中もいるでしょう。とはいえ、それも自由ではあるわけです」
「……面倒なものですな」
「マトリにも神のためを思っていらないものばかり作っているものがいるではないか。似たようなものだ」
セウレラはそう言うものの、うるさいのには辟易としているらしい。「参ったのう」とばかり時々耳を塞ぐような仕草をしている。
「毎日、夜までこんな感じだとさすがに参ってしまうな」
「そうですね。ただ、今後の展開ではもっと酷くなっていくかもしれません……」
「確かに……」
オトゥケンイェル市民がどれだけ反発していても、元老院の中ではナイヴァル派が優勢である。負けそうになった側が劣勢挽回のために何をしてくるか、はっきりと分からないし、下手をすると暴発をする恐れもあった。
「頭の痛い話ですね」
「はい。それで、レファール殿とセウレラ殿との件ですが、今日か明日にはフェルディスの人達がここに来るという話を聞いています」
「そうですか。つまり、フェルディス側は既にオトゥケンイェルに来ているわけですね」
「はい。ですので、それまではゲームでもして時間を潰していましょう」
あらかじめ用意していたらしい。ラドリエルは将棋の道具を取り出した。
しばらくの間、騒々しい中で将棋を行って時間を潰す。
およそ二時間しただろうか。外の方でどよめきがあがった。次いで「何だ、てめえら。邪魔するな!」といった市民達の荒っぽい反対の声が聞こえてくる。
「私はカナージュから来たリムアーノ・ニッキーウェイという。ここの宿舎に用事があって来たのだが、邪魔をするというのなら、しかるべき対応を取らせてもらう」
聞き覚えのある言葉に、レファールは盤面を離れて下を見た。長い金の長髪の女と、緑の髪の男を先頭に、二十人くらいのフェルディス兵が姿を現していた。
「か、カナージュ……、ということはフェルディスの方々で? こ、これは失礼をいたしました」
市民たちが一斉に卑屈な態度をとって、フェルディスの者達を通す。兵士達が宿舎の入り口から市民たちを睨みつけ、二人が入ってきた。しばらくすると、部屋の方に足音が近づいてきて、ノックされる。
「どうぞ」
ラドリエルが答えると、先程の二人が入ってきた。
「……ようこそお越しいただきました。ニッキーウェイ侯爵、ヴィルシュハーゼ伯爵」
ラドリエルがその場にひれ伏すように挨拶をし、次いで二人を紹介しようとするが。
「紹介はいらない。私もニッキーウェイ侯も知っている」
「確かに」
と、リムアーノは頷いて、ニヤッと笑った。
「まさか、イルーゼンへの女浚いに同居していた二人が、ナイヴァル枢機卿の御二方だったとは思わなかったねぇ」
「それは私達への嫌味かな?」
「とんでもない。あれはフェルディスにとって恥ずべき行動であったので、見られて恥ずかしい思いをしているのはこちらだ」
本心なのか、あるいは安心させるための言葉なのか、リムアーノは少しおどけたような仕草を見せた。
「本題に入りましょう。ここにはナイヴァルの次代を背負うだろう二人と、フェルディスの次代を背負うだろう二人がいる。我々の祖国は高い確率で大きな戦いをするだろうし、我々は共に祖国のために戦うことになるだろう。しかし、どれだけ憎悪があったとしても永遠に戦うことはできない。その時には、それまでの遺恨を水に流して、両国の今後のために話し合える四人でありたい。あ、いや、ラドリエル殿も含めると五人か」
「私も入っていいんですかね?」
ラドリエルは少し意外そうな顔をして四人を見回す。
「嫌なのか?」
ルヴィナの問いかけに、ラドリエルはブンブンと首を横に振る。
「とんでもありません! 非常に名誉なことで、このラドリエル・ビーリッツ、後々までの誉れとしたいと考えております。ただ、ホスフェから私一人でいいのかという思いはあります」
ナイヴァルから二人、フェルディスから二人。であるなら、ホスフェからはナイヴァル派とフェルディス派、一人ずつの二人であるべきではないのか。
「理想の形はそれ。しかし、ホスフェのフェルディス派にロクなのがいない」
ルヴィナがあっさりと斬って捨てる。
「それは初耳だな。ヴィルシュハーゼ伯爵は結構な情報網を持っていたんだね」
リムアーノが意外そうな顔でルヴィナを見た。ルヴィナもまた心外という顔になる。
「もちろんそれなりの諜報網はある。しかし、その話の出どころは私ではない。エルミーズだ」
「エルミーズ?」
意外な言葉にレファールが目を見張った。
「エルミーズは一年前、オトゥケンイェルの面々をエルミーズに呼んだ。メリスフェールは外交的な親交を望んでいた。奴らはベッドの中での親交のみ望んだ」
「本当か!?」
レファールは思わず立ち上がって叫んだ。セウレラとラドリエルがけげんな顔をしている様子が見え、咳払いをして座る。
「……当然のように拒否されると、色々と女を侮辱するような言葉を言って出て行った。そんな連中と話をしたいとは思わない。だから呼んでいない」
「ついこの前、フェルディスの女将軍に全員ひれ伏したばかりだというのに、そんなことをしていたのか。あるいは、そういう屈辱を味わわされたからこそ、そういう品の無い態度に出たのか。ま、私から見ても、オトゥケンイェルにはたいした奴がいないというのは同感だね」
リムアーノも腕組みをして頷いている。
「ホスフェの元老院議員でマシなのはラドリエル・ビーリッツだけ。メリスフェールが言っていた。だから、そのまま聞いてもらいたい」
ルヴィナはそう言うと、彼女にしては長い話を切り出した。
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