第17話 ホスフェ元老院②
その夕方、レファールとセウレラは招待を受けて、ビーリッツ家の屋敷へと向かっていた。
「フグィの魚を食べるのも久しぶりだな」
漁師ギルドの長ということもあるので、ビーリッツ家にはその日釣れた中で最も大きく、活きのいい魚が運ばれている。
更にビーリッツ家には魚料理に精通した調理師がいるのでその料理は味付けも絶品である。当然、レファールとセウレラにとっても大きな楽しみであった。
屋敷に近づくと、ラドリエルの父グライベルの姿が見えた。誰かと話をしているようであるが、相手の姿は見えない。ただ、グライベルの表情を見ると何か驚くような話を聞いているように見える。
「お久しぶりです。グライベル殿」
と、グライベルに挨拶をしようとした時、突然グライベルの向かいあたりから声がした。
「あ、これはセグメント枢機卿、お久しぶりです」
「うん?」
声の方向を向くとアムグンがいた。どうやら死角に入っていたらしい。
全く気づいていなかったのを苦笑しながら誤魔化した。アムグンの表情は険しいが、それはレファールの態度によるものではないようである。
「何か深刻な顔をしているが、どうかされたのか?」
「いえ、先程、急使が派遣されてきまして」
「……?」
もしかして、オトゥケンイェルのフェルディス派に動きがあったのだろうか。レファールはもちろん、セウレラも硬い表情になる。
「ソセロンで一か月ほど前に大きな地震があったらしいという知らせがありました」
「ソセロンで?」
「はい。ですので、バービル・カドニアが元老院開催の延期を求める可能性がある、ということで」
「そういえば、バービルはソセロンの支援を受けていたんだったっけ」
選挙結果のことを思い出す。ホスフェのことは知らないので、人となりは知らないが、オトゥケンイェルにソセロン教団の支援を受けた議員がいるということについてはもちろん知っていた。
「ソセロンは時々大きな地震が起こるらしいが、今回のものは一際大きいということのようで、どうもソセロンの動きが完全に止まっているようです」
「それは、それは……」
思わずセウレラと顔を見合わせた。
ソセロンがここ二、三年で進歩しており、フェルディス軍と共に出て来るかもしれないという情報は得ていた。仮に地震によって来られないということになると、ソセロンの住民にとっては災難であるが、ナイヴァルにとっては幸運ということになる。
「ただ、信頼できる者が居合わせたわけではないという問題はあるのではないか」
セウレラの言葉に、レファールも内心で頷く。
ひょっとすると、「ソセロンは参戦しないらしい」という情報を鵜呑みにさせることが目的である可能性もある。これに乗せられて、「それならこちらが有利だ」とナイヴァル側が不用意に乗ってしまったところで、実はソセロンでは何も起きておらず、ソセロン軍が奇襲を仕掛けてくるという可能性もある。
「しかし、さすがにソセロンまで誰かを派遣するというのも現実的ではない」
これもまた頷けるところであった。
「オトゥケンイェルで交渉するフェルディス側に問いかけて、反応を確かめてみるくらいかな。あとはメリスフェールに手紙で問い合わせてみるか」
ナイヴァルの中にあっても戦闘には中立的なエルミーズには比較的正確な情報が入っている可能性が高い。極秘事項については教えてくれないであろうが、この程度の情報戦に関することくらいなら、メリスフェールも知っている範囲で答えてくれるであろう。
地震についての方向性が見えてきたので、屋敷の中に入った。
食堂には、既にラドリエルがいて、フィンブリアと話をしている。外見的に変わるところはないが、元老院議員となったという気概によるものか、自信と自覚に溢れているようにも見えた。
「セグメント枢機卿、カムナノッシ枢機卿、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
まずはアムグンがソセロンの地震の話をラドリエルにも向ける。次いで、セウレラとレファールが現状の対策を話した。
「確かに、事実かどうかはっきりしない以上、現時点で判断するのは得策ではありませんな」
「はい。他の地域にも伝わることと思いますが、迂闊に行動しないように呼びかけた方がいいかと思います」
「ガイツ夫妻には私の方から連絡しておきましょう。ただ、その話があること自体は我々にとって有利だろうと思います」
「ほう?」
レファールはセウレラの方を見た。「一々、こちらを見るな」というような憮然とした顔を返される。
「間もなく始まる元老院において、正直、執政官らに対する主張などはしても仕方ないと考えています。彼らが今更考えを変えるとも思えませんし、言えば言うほど反発が強くなるだけです」
「その通りだと思いますが、そうするとラドリエル殿は何を?」
「狙いはオトゥケンイェル市民へのアピールですね。彼らを味方につけられるとは思いませんが、フェルディス派が失敗すれば自分達が痛い目に遭うと考えさせることができれば協力の度合いが低くなるはずです。何と言いましても、彼らは前回、街の近くでルヴィナ・ヴィルシュハーゼにメルテンスもバニヤも倒されており、その気になればオトゥケンイェル自体が荒らされるかもしれないという恐怖を味わっています。今回もそうなる可能性があると考えれば、自然と距離を置くでしょう」
「なるほど。領民の協力を遠ざけようというわけですか」
それはいい方策だと思った。
領民の非協力は直接的な影響はないが、間接的な影響は強い。オトゥケンイェルの指導者はフェルディス軍に円滑に動いてほしいと考えているはずだが、市民が非協力的だとそれが阻害される。だからといって無理矢理従わせようとすると、反発を招く。
「オトゥケンイェルは敵地です。そこで元老院が開催される以上、トータル的な勝ち負けという点では不利ですが、間接的な部分で影響を与えられるという意味では有利とも言えるでしょう」
「どう思う、爺さん?」
「何で、一々私に尋ねる?」
「いや、私は概ねそれでいいのではないかと思うが、爺さんみたいなひねくれものには違うことが見えるのではないかと思ってね」
セウレラがムッとなって答える。
「そなたは私のことをどういう風に見ておるのだ。まあいい。質問の答えだが、私もラドリエル殿の方針は間違っていないと思う。ただ、こちらがそう考えるなら、相手もそう考える可能性はある」
「つまり、フグィやセンギラでフェルディス派が動く可能性もある、と?」
「例えば先程のソセロンの地震の話だが、軍事的な面では、レファールが話していたようなことになる。しかし、市民にとってはどうだろう?」
「市民にとっては……ふむ」
レファールもセウレラの意図がある程度伝わった。
仮にフグィで「ソセロンでは大地震が起きて、多くの人が亡くなっているらしい。そんな中で、我々は戦争をするつもりだが、人間としてそれでいいのだろうか」などと触れ回られるとどうなるだろうか。市民の中には「今はソセロンの人達を助けるべきではないか」と考え、意気が衰える人が出て来るかもしれない。そして、それを非難することも難しい。
「そういう対策を考えておく必要はあるかもしれない」
「どのような形で?」
「ソセロンを非難するのはたやすい。奴らの神が間違っていた、などなど言えることはいくらでもあるからな。ただ、それは同情する者には反発を与えるだけだろう。例えば、直接ソセロンを助けに行けるよう、フェルディスに領内の通行を願い出てみるとかそういう方向性がよいかもしれん。それならば、こちらも助けようとしていて、恐らくフェルディスが邪魔をするという構図になるからな」
「なるほど。さすが爺さん、考えることが狡い」
「賢いと言え」
セウレラは露骨に腹を立てたらしい。
笑みを浮かべて眺めながら、レファールは考えた。
やはりソセロンで地震が起きたということは情報戦のためのものなのだろうか、勝つためとはいえ、そうした虚偽も交えなければならないのだろうか、と。
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