第16話 ホスフェ元老院①

 2月25日、レファールはセウレラと共にフグィを訪れていた。


 今までであれば、こういう時にはラドリエル・ビーリッツが出迎えに来るのであるが、ラドリエルは元老院議員という身分である。さすがに出てくることはない。


 代わりに迎えに来たのは、フグィの軍事部門を任されているフィンブリア・ラングロークであった。フィンブリアはレファールの全身をしげしげと眺めている。


「カーディナル・レファールといえばサンウマ・トリフタの英雄で、歴戦の猛者って聞いていたけれど、特別強そうな感じはねえなぁ」


「……まあね」


 はっきりと言われるとレファールとしても苦笑するしかない。


 ただ、レファール自身も世評の凄さと実際の間に乖離があるように感じてはいた。ある意味フィンブリアのように評価された方が気楽なところもある。


「サンウマ・トリフタとワー・シプラスについてはフォクゼーレが無茶苦茶だったし、イルーゼン戦役では主導権は私にはなかったし、他も大体こちらより相手に問題が大きかったことが大きいんじゃないかな」


 思うところを述べると、フィンブリアは「へぇ」と感心するような声をあげた。


「なるほど。それが分かっているということは、あんたはやはり相当なものなのかもしれないな」


「そうか?」


「そりゃそうさ。何の問題もない組織なんてあるはずがないだろ。俺にしても、牢獄を二回経験しているが、そんな奴らばっかりだ。でも、まあ、戦いっていうのは相手もあるものだから、相手よりマシなら勝てるってことだ」


「それは間違いないな」


「ま、この東ミベルサには、一人だけ相対論ではなく、自分達の力のみで勝ってしまう連中がいるけどな。奴らだけは特別だっていう連中が」


「ルヴィナ・ヴィルシュハーゼか……」


「議会が決裂して戦闘なんてことになったら、あれをどうにかしなければいけないが、考えているだけで、頭が痛い。5年くらいかけて育てないと勝てない」


 フィンブリアの言葉に逆の意味で驚く。


「5年あれば勝てるのか?」


「それくらいあれば、追いかける側だから何とかなると思いたいねぇ。頂点に立つとそれ以上発展する余地が少ないし、な。あとはできれば二回くらい負けて、相手の情報をもっと手に入れられれば理想的ではあるが」


「ちょっと注文が多いな」


「とにかく、今とか一年後に関して言うと、ホスフェではどうしようもない。ラドリエルやガイツ夫妻の言い分を分からんではないが、勝てそうもない戦いの戦端を切るのはどうしたものかと、俺は思うけどね」


 横柄な態度で話をしている割に、話の内容は理性的である。レファールは面白い奴だとフィンブリアのことを考えた。


「ビーリッツ議員はどこにいるんだろう?」


「屋敷じゃないかね。議論に向けて色々詰め込んでいるみたいだが……、まあ、夕食時には会えるのではないだろうか」


 そこまで話して、「おっと、俺は出迎えと案内のために来たんだった」と元来の役目を思い出したらしい。宿泊用の建物への案内を始めた。




 宿舎に入り、テーブルの上の果物をつまみながらセウレラと雑談する。


「考えてみれば、フェルディスとナイヴァルの狭間にいたはずのホスフェが、二当事者に別れて両国に負けないくらいいがみ合っているというのも不思議なものだなぁ」


「そうか?」


 セウレラからは素っ気ない答えが返ってくる。


「お互い、自分がついている側が勝つだろうと思っているはずだから、より頑張るのは自然なことではないかね?」


 そう言いながら、近くにある板と石を作ってテーブルの上に小型のシーソーを作った。


「対立する当事者というのはシーソーみたいなものだ。お互い勝ちたいとなると、より先端の側に向かおうとして、どんどん離れていくことになる。離れれば離れるほど、信頼はなくなっていき、ますます離れた側に向かって、シーソーで勝とうとするようになる」


「悲惨だね……」


「こうなるといっそ他国の者の方がいいかもしれない。言葉が違う、食事が違う、見た目が違う、あいつらは同じ人間ではないと思い込む、などなどでどこかで踏ん切りがつけられるかもしれないからな。同じ国ともなるとそうはいかない。近しい者達が相争う時に最も悲惨な結果になりやい所以だな」


「なるほどね……」


 破局を予感させられる言葉に、レファールの表情は曇る。


「先程の男は問題児だったらしいが、こういう時には得てしてああいう奴の方が本能的に危険であることを理解していて、良識がある奴らの方が分かっていないということはある。宗教などでも同じかもしれんが」


「同感だけど、ナイヴァルの枢機卿が言う言葉としては問題があるな」


 レファールはそう言って苦笑した。セウレラは不機嫌な顔で「だから、私はずっと就任を拒否してきたのだ」と語気を強くする。


「つまり、爺さんとしてはどうしようもないと考えているわけだ」


「そうなるな。そなたは止めたいのか?」


「うーん……」


 止めたいと言うと嘘になる。シェラビー共々考えている大陸統一に向けての大きなステップであることは間違いないからだ。しかし、ホスフェで壮絶な内輪揉めが起こることは歓迎できない。


「ただまあ、こうも考えることができる。フェルディスとナイヴァルが決戦して、完全に決着がついた場合、最終的にはどちらかが消えることになる。フェルディス帝国は国土も臣民も皇帝の所有物であり、ナイヴァルはユマド神の代行者とその信徒達だから、一蓮托生となるわけだからな。負ければ全滅だ」


「……ふむ」


「ただ、ホスフェは二つに分かれているので、どちらが勝っても半分は死ぬが、残りの半分は生き残る。つまり立ち直れる可能性は実はホスフェの方が高い。対立は悪いことばかりではないということだ」


「嫌な見方だけど、そういう側面はあるわけか」


 レファールが頷いたところで、セウレラが肩をすくめる。


「もっとも、実際には決定的な勝敗がつかないまま、ダラダラと対立が続いてホスフェのみが延々と殺し合うという可能性が一番高いかもしれないが」


「……そいつは歓迎できないな」


「であれば、そなたが何とかするしかないということだ。期待しているぞ、英雄殿」


 セウレラがそう言って笑みを浮かべる。


 無責任すぎる投げかけに、レファールは大きな溜息をつくしかなかった。

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