第15話 死神の構想
フェルディス帝国帝都カナージュ。
王宮に現れたルヴィナ・ヴィルシュハーゼの姿を見て、リムアーノ・ニッキーウェイが驚きを露わにした。
「ヴィルシュハーゼ伯が王宮に来るとは珍しい」
ルヴィナは王宮内の実力者マハティーラとの関係が良くないと言われており、それを裏付けるようにどちらも相手のことを半ば無視しているような態度を取っている。この王宮まで来るということは少なくとも挨拶はしなければならない。
ルヴィナが王宮に現れたということは、マハティーラに対して譲歩したとも取れることできる。故に想像していなかったことである。
「……挨拶はしてきた」
「他には?」
「何も」
ぶっきらぼうに答えるルヴィナに、リムアーノは苦笑する。
「それで、私には何の用だろうか?」
「ホスフェの元老院が開催される。ついてきてほしい」
「ホスフェに?」
この提案は全く想定していなかったようで、あからさまに目を丸くしている。
「ホスフェに行くこと自体は構わないが、何をしに行くのだろうか? 正直、我々が行ったからといって議会運営に変化が生じるとは思わないが……」
三月からホスフェの元老院が開かれ、オトゥケンイェルにホスフェ中の議員が集まるということはもちろんリムアーノも知っている。オトゥケンイェルとフグィ・センギラの敵対意識は非常に高まっているが、現時点では分裂しているわけではない。元老院は開催されるだろう。
ただ、そこでの開催に関する見通しは暗い。議員の数は西部・南部に加えて北部の大半を制したナイヴァル派が優勢であり、反フェルディス的な方針が提案されることは確実である。オトゥケンイェル派はそうさせないために地元住民などを扇動して威圧する可能性があるが、これが行き過ぎるとナイヴァルが乗り込んでくる可能性がある。
既に事態は固まっている。感情のこじれは明確なものとなっており、仮にフェルディス皇帝が乗り込んだとしても収拾できると思えない。
ルヴィナは「そうではない」と端的に答えた。
「ナイヴァルの要人と会う。多分、レファール・セグメントとセウレラ・カムナノッシの二人」
リムアーノは更に驚く。
「そんな面々と会って何を……」
とまで、言って、「ハッ」と驚き、しばらく考え込む。
「そうか。フェルディスとナイヴァル、両国の戦闘後の秩序を考えるうえで、ということか。今後ということを考えた場合には、宰相や大将軍よりも、私の方がいいということになるわけだな」
「……解釈は自由」
「分かった。正直、戦闘に向けての準備をしようと思っていたが、未来に向けた秩序造りも面白そうだ。一緒するとしよう」
「……感謝する」
ルヴィナはリムアーノの了承を得ると、そのまま王宮を出て、拠点地・ブネーへと戻って行った。
ブネーに戻ったルヴィナはいつものように訓練が行われている様子を眺め、自室のピアノに向かい合う。
「ルー、入るわよ?」
腹心のクリスティーヌ・オクセルの声が部屋の外から聞こえた。ルヴィナはピアノを止めて、扉を開く。
「もう戻ってきたわけ?」
「ニッキーウェイ侯の了承を得た。それで問題ない」
「リムアーノとレファール、両サイドの二番手を取り持つということね」
フェルディスのトップはもちろん皇帝アルマバートであり、その下にマハティーラがいる。しかし、実際に軍のトップとなるとブローブ・リザーニであり、二番手はリムアーノということになる。
同様に、ナイヴァル側もトップはシェラビー・カルーグで血縁的には二番手はスメドアということになるが、実質的にはレファールということになるだろう。
「それもある」
「それも?」
「セウレラ・カムナノッシと話をしたい」
「えっ、あの爺さんと?」
クリスティーヌの表情が歪んだ。かつてイルーゼンで行動をしていた時、セウレラの自由奔放な行動にやきもきしたことを思い出したようであった。
「頼みたいことがある。彼にしかできない。レファール・セグメントは不向き」
「何を頼むの?」
クリスティーヌが問いかけてくる。全く見当もつかないという様子だ。
「レビェーデとサラーヴィー。シェローナから切り離したい」
「レビェーデとサラーヴィー? シェローナから切り離して、フェルディス側につけたいということ?」
「別にナイヴァルでもいい。シェローナから切り離したい」
「ナイヴァルでもいい、ってどういうことなの? 話が見えないわ」
「シェローナは橋頭保。近い将来。アクルクアの勢力が来る」
「アクルクア?」
「私はアクルクアに三年いた。今、アタマナを残している。アクルクアは統一寸前。誰が勝っても、次はミベルサ」
クリスティーヌも頷いた。
「……そうね。確かにナイヴァルも、アクルクアとの交易で強くなったわけだし、アクルクアが統一されれば、より影響力を増してくることは考えられるわね」
「誰が勝つかは分からない。ただ、誰が勝っても渡せない。彼らにレビェーデとサラーヴィーは危険。最強の軍神ジュニス・エレンセシリア。奇跡の娘エリーティア・ティリアーネ・カナリス。そして唯一無二の存在ノルベルファールン・クロアラント。誰であっても」
クリスティーヌは二、三歩後ずさった。ルヴィナの言い分に反対することのないクリスティーヌであるが、彼女の口調に気圧されるということは滅多にない。それだけルヴィナの口調に強いものがあったのであろう。
「……となると、両陣営に別れて決戦なんてやっている場合じゃないんじゃない?」
「それは分からない。勝てばミベルサ統一。統一ならその方がいい」
「ああ、なるほど……」
不安定なままで侵攻を受ければ、そのまま各国が個別撃破されてしまう可能性がある。それよりは決戦をしてどちらかが勝ち、統一勢力として一致団結して当たる方が望ましいという理屈はありえた。
「だから……」
ルヴィナはぽつりとつぶやいた。
「どちらかが大勝してほしい。ナイヴァルが勝つなら、それも構わない。それもホスフェで見極める。シェラビー・カルーグなら、フェルディスより確実にいいのか、どうか」
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