第14話 七年越しの占い

 ミーシャと二時間ほど話をした後、レファールはカルーグ邸を出た。


 とりとめもなく港の方へと向かい、行き来している船を眺める。今日もハルメリカからの船が三隻ほど来ているようで、船着き場は騒々しい。


 様子を見ていると、近づいてくる者があった。二人組の女性である。


「レファール・セグメント枢機卿でしょうか?」


「そうだけど、何か?」


「あちらにメリスフェール様がおられますので、お越しいただけないでしょうか?」


「メリスフェールが?」


 女性達の指し示した建物の二階ベランダにメリスフェールがいた。


(自分で来ないのは何か理由でもあるのか?)


 不思議に思ったが、とりたてて断る理由も思いつかない。案内を頼んで、建物へと向かうことにした。




 実際に建物に入ると二階のベランダは予想以上に広かった。


 その中心にテーブルがあり、メリスフェールが座っている。正面を勧められたのでそのまま席に着いた。


「悪いわね。わざわざ来てもらって」


「それは構わないけど、珍しいなとは思った。密かに呼び出して暗殺する、みたいな流れに見えなくもない」


「何でそんな利益にならないことをするのよ。この前、港に出たら、変な男にからまれて面倒な思いをしたから、不用意に出たくないだけよ」


「ああ、なるほど……」


 メリスフェールは三人の姉妹の中で一番美形ではあったが、17歳にもなり、いよいよ満開の花が咲こうとしているような雰囲気がある。不用意に街を出ればナンパなどをされても全く不思議はなかった。


「そんなお美しいメリスフェール嬢に呼ばれるなんて、感謝感激でございますよ」


「……見え透いた世辞はいらないわよ。レファール、姉さんの結婚式の後、三か月くらい時間作れる?」


「三か月? 三か月はちょっと長いな。何をするんだ?」


「フェルディスに行ってもらいたいの」


「フェルディスに?」


 一瞬、ギョッとなったが、エルミーズ自体はナイヴァルにありながら、フェルディスとも関係を有している。メリスフェール自身がこう言うことはおかしくなかった。


「フェルディスに行って、何をするんだ? 正直、今の状況だと今年中、遅くても来年頭には開戦となると思うのだが……」


「それは分かっているわよ。ただ、相手と話もしたことがないとなると、戦いが終わった後、収拾をつける術がないでしょ?」


「ああ、それはまあ……」


 レファールが知っているフェルディスの者といえばルヴィナ・ヴィルシュハーゼとブネーの面々くらいである。フェルディス軍のキーマンとなる存在ではあるが、ルヴィナ自身のフェルディスでの地位はそれほど高いわけではない。


 シェラビー達ともなると、誰も知らないはずであり、他に知己がいるとしたらセウレラくらいであろう。


 決戦は不可避な状況になりつつあるが、戦闘が全てを解決するわけではない。勝敗が明らかになった後には停戦をする必要もあるが、現時点ではその窓口が狭すぎるという問題がある。


「シェラビーはさすがに動けないと思うけど、ネブ・ロバーツかセウレラのお爺さんあたりを連れて、一度くらい話をする必要があるでしょ?」


「確かにそうだが、その場をセッティングしてくれるのか?」


「セッティングまでは無理だけど、3月にオトゥケンイェルで一か月ほど元老院が動くみたい。そこにフェルディスからもリムアーノ・ニッキーウェイやらルヴィナさんが来るみたいだから、話をしてきたらいいんじゃないかと思って」


「……分かった。その話に乗せてもらうことにするよ」


「うん、じゃあ、結婚式が終わったらフグィに行ってもらえるかしら? ラドリエル・ビーリッツ議員が出迎えてくれるはずよ」


「分かった」


「話は以上。帰っていいわよ」


「君も忙しい立場になったな」


 冷たい対応に苦笑を浮かべると、手元にあったミカンを転がしてくる。


「朝の船が運んできたやつ。ちょっとしなびているけど、美味しいわよ」


「どうも」


 ミカンの皮をむいて、中身を食べる。


 従者がお茶を運んできた。




 港の方にはまた新しい船が入ってきていた。


「一段落ついたら、私もどこか遠くに旅に出てみたいなぁ」


 メリスフェールがぽつりと言う。


「いいかもしれないな。ナイヴァルが勝ったら、私の役目も大体終わりになりそうだし、一緒に行こうか」


 何の気なく答える。


 メリスフェールが目を丸くした。


「それはただ一緒に行くっていうこと?」


「まさか。夫婦で行こうか、ってことだけど?」


「……随分急な話ね」


「間違いない。私も今、いきなり思いついたことだから」


 レファールは苦笑する。


「ただ、悪くない考えだとも思っている。どうだろうか?」


 メリスフェールは空を見上げて、自分の髪を触って考え込んでいる。


「9つ上かぁ……。ちょっと離れている気がするなぁ」


「それでも三人の中では一番近くなりそうじゃないか?」


「……リュインフェア、やっぱりスメドアさんが有力なのかな?」


「スメドア殿の屋敷から滅多に出てこないって聞いているしね。何かしら調べたりしているのもあるのだろうけれど、あの屋敷から出て行くということが考えられないらしい」


 シェラビーとサリュフネーテは16年離れている。


 リュインフェアとスメドアの間は15年。



 メリスフェールは更に数分考えていた。


「……まず一つ、もし負けたら、永遠に相手してあげないからね。絶対に勝ちなさいよ」


 そう言って、鞄の中から棒を取り出した。


「……答えが出ないから、占いで決めることにするわ」


 メリスフェールはそう言って、棒を左右に振ってブツブツと何かをつぶやく。ややあって、首をすくめた。


「ダメね。レファールが重傷を負うって占いに出ちゃっているわ」


 メリスフェールの言葉にレファールは笑みを浮かべて、彼女の頭を掴む。髪のしなやかな感触が心地いい。


「じゃあ、それが実現しないように頑張らないとな」


 七年前、レファールにとっての初陣となる戦いにメリスフェールは何となく適当に「レファールは重傷を負う」と占った。結果として、それがレファールの開運のきっかけとなった。


「言っておくけど、本当に重傷とか負ったら嫌だからね。ちゃんと無事で戻ってきなさいよ」


 メリスフェールの我儘極まりない言葉に、レファールは苦笑する。


「あと、他人に話すのもダメだからね。特に姉さんとリュインフェアには!」


「分かっているよ」


「よろしい。じゃあ、まあ」


 近くにある紙を手にして、サラサラと「お守り」と書く。


「はい、これ」


「今回は貰えるんだな」


「それはまあ、未来の旦那様かもしれないわけだしね」


 メリスフェールはそう言って、ニコリと笑った。

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