第13話 シェラビーの意図
サンウマについたレファールは、早速カルーグ邸を訪れた。
出迎えに来たのは、シェラビーの参謀ラミューレであった。「サリュフネーテは?」と聞くと、仕立てなり準備があるのでリュインフェアのところにいるという。
(会うと気まずいだろうし、いない方が気楽か)
そう思って、シェラビーの部屋を訪ねる。
「おぉ、久しぶりだな」
シェラビーの様子は変わりがなかった。
「わざわざ悪いな。人の結婚式に二回も呼び出すことになってしまって」
「いいえ、それは全然構わないのですが」
「……」
「実は来る前にバシアンに寄ってきました」
「それはそうだろうな」
シェラビーが当たり前だ、とばかり頷く。
「ナイヴァル枢機卿が総主教を無視してマタリからバシアンまでやってくるとなると色々問題がある」
「そうですね。しばらく会わないうちに少し横柄になられていたのが不安ですが」
と言って、シェラビーの様子を見た。特に変わるところがない。
「他には何かなかったか?」
「はい。セウレラから人事改革について聞いてきました」
シェラビーはその言葉を待っていたらしい。
面白そうな顔で身を乗り出してきた。
「どう思う?」
「正直に言うと、そこまでしなくてもいいのではないかと思いました」
「……構わんぞ。続けてくれ」
「今やシェラビー様の権威・権力はナイヴァル中に及んでおりまして、敵となるものはいないでしょう。それにも関わらず、軍のトップを作ったり、あるいは総主教の権威を削ったりするようなことをなさるのは、後々のナイヴァルに良くない影響を及ぼすのではないかと思います」
言い過ぎたかなと思いつつも、シェラビーの返事を待つ。
「その通りだ」
「えっ?」
反論を予想し、再反論を考えていたところにあっさりと認められ、レファールは思わず足を掬われたような気分になる。
「ただ、それは俺が健在であれば、ということだ。先のことは分からない。俺が病気になるかもしれないし、暗殺される可能性もある。それを考えてのことだ」
「それを考えて?」
「俺が死んだら、おそらくはスメドアが継ぐことになるだろう、仮にスメドアもダメだった場合にはおまえということになる。その時に、今のシステムならナイヴァルの掌握がやりやすいだろう?」
「は? はぁ……」
どう回答したらいいものか迷う言葉であった。
確かに、スメドアが軍を掌握している状況であれば、シェラビーに万一のことがあってもそのまま従えることは簡単である。その際にレファールがスメドアのポジションにつけばその後も同じことが言える。
とはいえ、これで仮に「そうですね」などと答えてしまった場合、「おまえはいざという時反逆するつもりだな」などと言われかねない。
シェラビーはそんなレファールに対して文句を言うこともなく、話を続ける。
「おまえまでの三人でダメだった場合は、ナイヴァルが大陸統一をすることはないだろう。そんな先のこととなると俺の知ったことではない。そもそも、その際にはどこかに占領されているかもしれんし、な」
「……う、うぅむ……」
考えたことのないことであった。
シェラビー、スメドア、自分のいないナイヴァルは、想像もつかない。
(今の総主教はあんなだし、ネブ・ロバーツは一人で支えられる器量の持ち主ではない。爺さんやイダリスは歳だ。となると、ひょっとしたら、コルネーからミーシャが戻ってくることになるかもしれない)
ミーシャが戻った場合、今度はコルネーからフェザートがついてくる公算が高い。そうなると、これだけ強権を認めるような制度は変えてしまうだろう。
(なるほど。確かに我々が死ねば、制度自体がダメになる可能性が高いわけか……)
「ま、そういうことだ。長い目で見れば賢くない制度かもしれないが、あいにくこれから先、短期で決着をつけなければいけない状況だから後顧の憂いをなくしておきたい。ということだ」
「……承知いたしました」
シェラビー本人が問題を把握したうえで導入すると言っている以上、レファールとしてはどうしようもない。それがうまくいくことを信じるのみであった。
ひとまず聞きたいことは聞けた。
サリュフネーテについての話をしようかと思った瞬間、ラミューレが入ってくる。
「コルネー国王クンファが参りました」
「何? あぁ、そういえば予定を入れていたことを忘れていた」
シェラビーは「うっかりしていた」という顔をして、レファールを見た。
「どうする? おまえも聞いていくか?」
「いや、クンファ陛下はシェラビー様と話があるのでしょうし」
自分がいることは想定していないはずであるから、いると悪いであろう。
「私は退席いたします」
と外に出ることにした。部屋を出ようとしたところで入れ替わるようにクンファが入ってくる。
「あら、レファールじゃない」
後ろにいたミーシャが声をかけてきた。
「これは王妃様」
挨拶をすると同時にお腹に視線が向く。
「妊娠中でここまで来るのは大変ではなかったですか?」
「まあね」
ミーシャは面白くなさそうに答えて、入り口の広間に目線を向ける。レファールも頷いて広間の椅子に座った。
「本当はコレアルでのんびりしていたかったけれど、サリュフネーテは妹みたいなものだし、クンファを一人で行かせると何を約束して帰ってくるか知れたものじゃないからね。サンウマもバシアンも全く知らないところではないから、しばらくここで滞在するつもりで来ているわ」
「そうでしたか」
ミーシャはナイヴァルで出産してしまうつもりであるらしい。勝手知ったるという点ではその方がいいのかもしれない。
また、確かにクンファは我が弱いところがある。シェラビーに丸め込まれて変なことを約束してしまう可能性はあった。
「いざと言う時にどのくらい兵力を出すかという話をしたいって言っているのよね。全く困ったものだわ」
「どのくらい出すのですか?」
クンファが出陣するというのは正直困る話であるが、コルネーが出す兵力自体には関心がある。
「二万五千以上は絶対に認めないとは言ってある。ナイヴァル枢機卿的には少ないって思うかもしれないけどね。今の私はコルネー王妃なわけで、コルネーのことが第一ではあるから」
「少ないとは思いませんよ。実際に戦闘になるのならホスフェ中部でしょうし、コルネーからそこまで二万五千も派遣するのは大変なことだと思います」
「でしょ。フォクゼーレは出すのかしら?」
「ジュストが五千は出すと言っていますね。ナイヴァルからは三万程度、ホスフェの友軍とシェローナで一万五千くらいになるだろうと踏んでいます。あとはイルーゼンが五千くらいでしょうか」
「総勢八万? 凄いわね」
「とはいえ、フェルディス、ソセロン、ホスフェのフェルディス派もそのくらいは出してくるでしょう。フェルディスは近いだけに十万くらい出してくるかもしれませんね」
「なるほど……。まあ、戦場に出るわけではない立場としては、なるべくなら起きないでほしいんだけどね」
「そうですね……」
とは言ったものの、シェラビーの目標である大陸統一という観点からしても、また、ホスフェ内部での主導権争いからしても、いずれ起きるものだろうという認識はある。
それが一年後か、三年後かという時期の問題があるだけであった。
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