第12話 ナイヴァル・人事改革?
ボーザの大司教ぶりをからかうと、レファールは大聖堂へと向かった。
既にシェラビー・カルーグはサンウマに向かっているため、現在は総主教ワグ・ロバーツの父親であるネブ・ロバーツがトップとして残っている。
しかし、レファールの目的はネブではなく、顧問として別室にいるセウレラであった。
「よう、爺さん。枢機卿になるらしいじゃないか、おめでとう」
レファールは気楽な様子で部屋に入る。セウレラは憮然とした反応を見せる。
「随分と嬉しそうだな?」
「それは爺さんのような有能な人物が枢機卿になれるのなら、国にとっては願ったり叶ったりじゃないか」
からかい半分ではあるが、半分は本音でもある。
「私がナイヴァルに来た時には、シェラビー様は別として、まともな枢機卿はネイド・サーディヤくらいしかいなかった。もちろん、ネイドにしても完璧でなかったのは死に様からも明らかだが、残りの四人は私益しか追い求めていなかったからな。今、そういうタイプはルベンス・ネオーペしか残っていないし、彼にしてもシルヴィアさんが死んだ後は大人しくなったという。それでいてホスフェのように分裂するような兆しもないのだし、素晴らしい状況だと考えている」
「……」
「ま、ネブ・ロバーツにはちょっと嫌われているようだが」
「嫌われているというよりも警戒されているという方が正しいな。奴はシェラビー・カルーグの庇護下で腕をふるえている。そのシェラビーを追い落とせるとすればそなたしかいない。だから警戒している、と」
「……まあ、悪口を吹き込まれるのでなければ構わないけどね。爺さんはともかくイダリスまで選ばれたのはびっくりしたけれど」
「……六人目にするなら奴くらいしかいないという現実がある」
レファールは内心「おっ」と思った。この言い分を聞く限り、セウレラの中に「イダリスが選ばれる前に当然自分が選ばれてしかるべきだ」というくらいの自負はあるらしい。
「親族規定を取っ払ってスメドア・カルーグにするという発想もあると思うのだが?」
「それはない」
「何故? 確かに一族で独占というような批判が出るかもしれないが、正直、サリュフネーテと結婚するよりもダメージは少ないと思うが」
「今年の春以降、軍編成を変える話が出ている。今までは枢機卿など領主の私兵を認めていたが、今後はナイヴァル軍に統一し、その管理費用を出すことになった。その国軍司令官にスメドアを就ける。もちろん、枢機卿との兼任は認めないという規定を作ることになるな」
「なるほどねぇ。軍のトップという役割に専念させると」
思い起こすと、シルヴィア・ファーロットの死後、色々混乱したのは個々の枢機卿が兵を指揮していたからということがある。仮に軍が独自で行動できるのであれば、南イルーゼンで混乱を引き起こすことはなかっただろうし、ソセロンに負けるということもなかったはずである。
それに枢機卿が軍を保有して民に圧力をかけていたことで、無意味に宗教色が強くなっていたという印象もある。軍全体が宗教色に染まる可能性はないではないが、現状よりはマシになる可能性は強そうだ。
そういう点では合理的ともいえるが、レファールは何か引っかかりを感じた。
「不満か?」
セウレラがニヤリと笑う。
「不満というわけじゃないんだけどね。これだと、軍だけを抑えればいいということになって、これまでより窮屈なものになる可能性もあるんじゃないだろうか?」
軍が強権を握っているとなると、フォクゼーレが今まさにそうなりつつある。軍を独立化させると、同じことになるのではないか。もちろん、シェラビーとスメドアならそうした問題を心配する必要はないが、その後となると不安が大きい。
「私も諮問を受けた時に同じようなことを答えた。例えばカルーグ家で軍を独占することができますが、そのようなことを狙っているのですか、と」
「そうなるだろう。シェラビー様は何と?」
「そんな先のことまで考える必要があるのか、という答えだった」
セウレラの回答に、レファールは声をあげて驚く。
「えっ、いや、それは無責任過ぎないか?」
「まあ、ここから先は本人に聞いた方がいいだろう。今のままだとサンウマに行っても話しづらいだろう? 何せそなたは、正式決定前とはいえ妻となる予定だった相手を奪われた立場なわけなのだし」
「……そこまでの認識はないんだけどね」
渋面を作るレファールだが、実際にそういう噂が出ていることは知っている。もちろん、シェラビー、レファールとも大物であるので大きな噂とまではならないが。
それ以上はたいした話題も出ることがなく、レファールはセウレラの部屋を出た。
出る間際、「枢機卿が来たのに総主教を訪ねないのはまずい。一応、顔を出しておけ。その後もう一度戻ってこい」と言われたので、訪問したい旨だけを伝える。待たされるのなら帰ろうとも思ったが、シェラビーがいないこともあってか誰も訪問はないらしい。すぐに通された。
(やれやれ、この帽子をかぶるのは非常に面倒だ)
日ごろはかぶらない枢機卿の帽子も、総主教との面会となると着けないわけにはいかない。シェラビーのものよりは小さいらしいが、それでも頭を動かすと不安定なものを感じる。
「レファール・セグメント、参りました」
中に入り、椅子の上のワグ・ロバーツを見た。無関心な様子でこちらに視線を向けている。
「うむ」
とだけ返事があったような気がしたが、それ以降何もない。
「総主教閣下におかれましては、壮健なようで何よりでございます」
「ああ」
とだけ返事がある。
(子供のくせに随分横柄だな)
レファールは思わずそう感じ、次いで「子供だから横柄なのかな」と考え直す。しかし、自分の子供の頃を考えても、あまり感じがよくない。見ず知らずの大人に対して、この人は誰だろうという関心も無さそうに見える。
そのうえで二、三、言葉を発するが、やはり要領を得ない。
およそ10分、収穫の無い時間を過ごして、レファールは礼拝堂を後にした。
戻ってこいと言っていたセウレラは礼拝堂のすぐ外で待機していた。
「どうだった? 久しぶりの総主教は?」
セウレラがニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。おそらく、自分がどういう思いでいるか気づいているのであろう。
「何だろうな……。子供だからかもしれないが、正直、感じの良くない相手だった」
「それはそうだろう。生まれた時から、周囲がぺこぺこと頭を下げているのだからな。そなたについても、他と同じ下僕のようなものだと考えているだろうよ」
「……それは良くないんじゃないか? ミーシャはどうだったんだろう?」
「前任の場合は、大聖堂に後見者となる存在はいなかったからな。父親のネイドも含めて、周囲に敵を作らないように、悪感情を抱かせないようにと教育していただろう。だからミーシャ様はしっかりされていた」
「現在の総主教にはシェラビー様というバックがいるから、横柄な感じになっているということか? ナイヴァルの顔はやはり総主教なのだし、それが反感を持たれるのはどうかと思うが……」
とまで口にして、レファールはハッと息を呑む。
「気づいたか?」
「……敢えて反感を持たせるような育て方をして、総主教の権威を下げてしまうということか」
ワグがこのままちやほやされたまま、我儘放題に育っていけば、下にいる面々は総主教の権威をどんどん軽んじるようになる。一方で軍事部門の責任者という、下手をすると総主教の地位を脅かしうる新しい役職が作られている。
(どこかでナイヴァルの市民が、総主教の権威を削っていいのではないかと考えた時、ナイヴァルは完全にカルーグ家のものになる、ということか)
カルーグ家は既に実質的なナイヴァルの支配者である。しかし、総主教の権威を貶めることによって形式的にもナイヴァルの頂点に立てる道筋が出来つつある。
(悪いこととは思わないが、そこまでする必要があるのだろうか?)
セウレラをチラリと見たが、ニッと笑うだけで何も答えない。
サンウマで直接聞いてこればいい、そう思っているように感じられた。
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