第10話 夢

 ナイヴァルの都バシアン。


 その大聖堂の礼拝堂にはシェラビー・カルーグとネブ・ロバーツという二人の枢機卿が座っていた。その正面に直立しているのはフォクゼーレからの正使ジュスト・ヴァンランが立っている。


「フォクゼーレからの正使を迎えて、総主教代理としても喜ばしいと思っております」


 ネブ・ロバーツが宣言したところ、遠いところからは総主教ワグ・ロバーツの「うわー!お腹空いた、ご飯~」という泣き声が聞こえてくる。


「……」


 二人とも聞こえないフリをして、話を続ける。


 ジュストはフォクゼーレでの停戦協定成立を受けて、その写しを持参する傍ら、総主教に挨拶をという名目でやってきていた。


 もちろん、シェラビーらナイヴァル中枢はジュストを歓迎した。フォクゼーレからそうした使いを迎えるのは初めてであり、ナイヴァルの権威づけという点では有意義であったし、何よりジュストの持ってきた手土産に心惹かれるものがあった。


「精鋭五千については南東部のアニケーに滞在させておきます」


「ほほう。南東部……」


 ジュストの言葉にシェラビーが思わずニヤリと笑った。


 かつて、サンウマ・トリフタにおいてフォクゼーレは砂漠越えを嫌って、一旦コルネーに入り、そこからちんたらと入ってきた結果、レファールやレビェーデらに見事に撃退されてしまっていた。


 今回、砂漠を超えた国境近くの街アニケーにいるということは、精鋭についてはナイヴァルを奇襲できるということを指し示すものである。


「そのルートが一番早くナイヴァルに入れますからな」


 ジュストは分かっているのか、いないのか、表情を変えることなく説明をしている。


「分かった。フォクゼーレ南東部ということは、ナイヴァルで言うのならマトリが窓口になるな。レファールと連絡を取り合っておいてくれ」


「承知いたしました」


「停戦協定についての総主教の印璽については近日中に渡す。しばらくはバシアン探索を楽しんでいただきたい」


 シェラビーの言葉に、ジュストは「かしこまりました」と頭を下げ、そのまま出て行った。




 残された二人が頬杖をついて話を始める。


「フォクゼーレはどうやら、エリート兵を徹底的に鍛えるという方針に出たようだな」


「ビルライフは強権でかなり富を吸い上げていると言います。それをエリート兵に還元することで強力な精鋭を作ることができそうですね」


「それがレファールの地域のすぐ近くにいるというのは、あいつなりの俺へのプレッシャーかもしれんな」


 レファールの拠点地であるマトリはフォクゼーレの国境と近いのはもちろん、コルネーともそう離れていない。


「どこまで想定しているのかは分からないが、コルネーとフォクゼーレをバックにバシアンに反発するという体制は作り上げたというわけだ」


「厄介なことですね」


「厄介? 厄介と言えば厄介だが、それくらいやってくれなければ困るのも事実だ」


「と申しますと?」


 ネブはシェラビーの意図が分からないらしい。けげんな顔をして首を傾げている。


「あいつは、俺が大陸統一を目指しているという事実は尊重している。と同時に、俺にそれが出来ないと判断すれば、俺を凌駕して自分がその立場を継ぐつもりでいる」


「何と!?」


「だが、そういう存在がいなければ大陸統一という夢がかなわないのも事実だ。仮にあいつがいなければ、俺は今、どのあたりの位置にいたのか? 多分、まだ半分にも到達していないだろう。これから一体どれだけ時間がかかるか知れたものではなかったはずだ。あいつが、ある意味俺の都合も無視して最短ルートを目指したからこそ、大陸統一が現実味を帯びてきている」


「……ということは、もしかしたら反乱を起こす可能性もあるということでしょうか?」


「俺にはできないと判断すれば、な。俺ができると思っている限りは従い続けるはずだ」


 ネブは腕組みをして「危険な存在ですね」とつぶやいた。シェラビーは口の端をゆがめる。



「さて、それを考慮して、一つ人事を進めたいと思う。知っての通り、枢機卿は俺、おまえ、レファール、ルベンスの四人であって、前総主教時代と比べると二人足りない。さすがにそろそろ六人に戻す時だろう」


「そうは言いましても、候補がいますかねぇ」


 ネブが首を傾げる。「親族がダメだという規定がなければ、もちろんスメドア様は間違いなしなのですが」と付け加えることは忘れないが、それにしても一人である。


「貢献度を考えると、セウレラ・カムナノッシとイダリス・グリムチの二人しかおるまい」


「い、いや、しかし、その二人は……?」


 ネブが露骨に慌てた。


 無理もない。イダリスはレファールのマトリ統治での副官である。レファールの配下といっていい。


 もう一人のセウレラにしても、一応バシアンに滞在していて、シェラビーにも協力しているが、レファールとも非常に近い人物である。


 先ほどまでレファールの危険性を散々発言しておきながら、レファールに近い人材を二人も枢機卿に格上げするというのは危険極まりない。


 シェラビーは微笑を浮かべる。


「何度も言うが、俺の目的は大陸統一だ。レファールは危険かもしれないが、俺があいつの上であればいい。また、もし、あいつが俺の上に行くのなら、大陸統一に一番ふさわしいのはレファールということになる。悔しいが、それが現実なら仕方ない。大陸統一は俺だけの夢ではない。シルヴィアのための夢でもあり、それを受け継いだサリュフネーテの夢でもあるのだから」


「シェラビー様……」


「だから、おまえが客観的に判断して、レファールの方が俺より上だと考えれば、その時は奴につくがいいさ。サリュフネーテにもそう伝えるといい」


 サリュフネーテは母の積み上げたものを無駄にしたくないという思いでシェラビーとの結婚を選んだ。しかし、母の積み上げたものを受け継ぐのがシェラビーであると決まったわけではない。レファールが横から奪い取ったなら、サリュフネーテが結婚すべき相手はレファールということになる。


「あと三年もあれば、趨勢ははっきりしただろう。個人的にはそこまで待ってやりたかったが、さすがに20まで置いておくのも問題がある。世の中は色々残念な形で出来ているものだ」


 シェラビーはそう溜息をつき、改めてネブに確認をする。


「枢機卿人事については、これでいいか?」


「……承知いたしました」


 ネブは深々と頭を下げた。



 774年の最終日、バシアンのワグ・ロバーツ総主教の名の下にセウレラ・カムナノッシとイダリス・グリムチの枢機卿昇進が発表された。


 セウレラは「自分はもう歳だ」と再三固辞しようとしたが、伝説によると「80過ぎた枢機卿だって普通にいたのだ。70にもなっていないのに我儘を言うな」という三歳のワグの一喝で大人しくなったという。

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