第8話 メリスフェールの受難

 ナイヴァル・サンウマ。


 カルーグ邸に久しぶりにシルヴィア・ファーロットの娘三人が勢ぞろいしていた。


 長姉のサリュフネーテは今やこの屋敷の主といってもよいくらい常時滞在しているが、次妹のメリスフェールはほとんどの時間をエルミーズで過ごしており、末妹のリュインフェアは向かいにあるスメドアの屋敷にいることの方が多い。


「……思うところは色々あるけど、姉さん、結婚おめでとう」


「ものすごく引っ掛かる言い方だけど、ありがとう」


 不満げな顔で言うメリスフェールに、サリュフネーテが苦笑して答える。


 18歳までと約束していた結婚の日取りは更に一年弱延びて、775年の年初と決まった。ただ、シェラビーもさすがにそれ以上の引き延ばしは無理と諦めたようで今はバシアンで準備を行っている。


 言うまでもなく、シェラビーの前妻はシルヴィアである。母の次はその娘と結婚するということに関して、全く何もないということはない。しかし、ナイヴァル最大の実力者であるシェラビーに正面切って文句を言える者はいない。また、シルヴィアの急死後、サリュフネーテがサンウマの管理を問題なく行っていたことも事実である。シェラビーが最終的に認めたのは、能力的な部分によるところも大きかった。


「貴方達はどうなのよ?」


 サリュフネーテが二人の妹に現状を確認する。


「私はお姉ちゃん主催のパーティーなどに出て、顔を売っています」


 リュインフェアが手をあげて答え、サリュフネーテも「確かにそうね」と頷く。


「……私は、エルミーズで貿易とか頑張っているから。痛い! ちょっと髪を引っ張るのは反則よ!」


「コルネー王との縁談を蹴られたのは仕方なさそうだけど、何でその後ずっと引っ込んでんのよ……?」


「だ、だって、書類仕事とか忙しいし、誰かと会うのも大変だし……。ぎぇー! 痛いってば」


「全く……。エルミーズにも誰かいたりしないの?」


「いないわよ。あそこの運営には男を入れないというのがお母さんの方針だったわけだし。それを私が曲げるわけにもいかないでしょ」


「だったらレファールでいいじゃない」


 サリュフネーテの言葉に、メリスフェールが目を剥く。


「だったらレファールでいいじゃない!? 自分が振った相手を妹に押し付けますか、貴女は? 私は姉さんのお古がお似合いだとでも言いたいわけ?」


「あ、いや、そういうわけじゃなくて。ほら、レファール自体はいい人じゃない? うわー! 痛い! 足踏むのはやめて!」


「ちょっと都合が良すぎやしませんかね!?」


 二人が騒いでいる横で、リュインフェアがグラスを両手で回して水を飲んでいる。


「ふー、サンウマは平和ね」


「リュインフェア! 何、一人だけすました態度取っているのよ!」


 二人の声が綺麗に重なった。




 一時間ほど話の花を咲かせた後、メリスフェールはリュインフェアとともにカルーグ邸を出た。


「はあ、いよいよ姉さんは結婚かぁ……」


「そんなに嫌なの?」


 リュインフェアが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「嫌って訳ではないけれど……」


 メリスフェールは大きく息を吐く。


「お母さんがシェラビーを導いたという部分は間違いなくあるわけで、そのシェラビーがミベルサ一の実力者になろうという状況で別の女と結婚したりしたら嫌だっていうのも分かるわよ。ただ、何というかねぇ……。もやもやしたものは感じるわね。リュインフェアは感じないの?」


「私はお姉ちゃんと違って普通だから」


「おい」


 あたかも「メリスフェールお姉ちゃんは人と違うからそう感じるのよ」と言わんばかりの言葉に、メリスフェールの声がドスの効いたものに変わる。


「ほら、そういうところが」


 しかも、冷静に問題点を突いてくる。メリスフェールは反論の仕様がなくなりムッと顔をしかめることになる。何か言い返せることはないか。考えているうちに以前姉が言っていたことを思い出した。


「……そういえばリュインフェア。まだ魔術で監視とかやっているの?」


「最近はやってないかな」


「何で?」


「うーん、ホスフェの方はもう敵・味方がはっきり分かれて調査する必要とかなさそうだし」


「ああ、そう言われればそうね」


 ホスフェ自体は今も独立国という名目を維持してはいるが、南部のフグィや西部のセンギラはナイヴァルの属国のような扱いであるし、東部リヒラテラや首都オトゥケンイェルはフェルディスの属国である。

 今や両者の最終対決を待つのみの状態であり、現時点でそれぞれの立場を裏切ることは考えづらい。


「……決戦かぁ。まあ、でも、シェラビー・カルーグの目標はミベルサ大陸の統一だから、いつかはそういうことになるのよね」


「……」


「どうしたの? リュインフェア?」


 何か考え込んでいるような妹に問いかける。「お姉ちゃんが分かることじゃないと思うから」という返事が返ってきた。


「……悪うございましたね。魔法のことなど何も分からない馬鹿な姉で」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 しばらく無言のまま歩く。並んで歩いていると、大きく溜息をついた。


「生きているのと死んでいるのって、何が違うのかしら……?」


「何なの、その質問? 哲学はちょっと分からないわね」


「……うん、そうだね。あ、じゃあ、ここで」


 話しているうちにスメドアの屋敷の前までついていた。リュインフェアが中に入っていくのを見送り、メリスフェールはこれからどうしたものかと考える。


 ふと、港の方が騒々しくなっていることに気づいた。気が向くままに足を運んでみると、サンウマの市民が数百人、港に集まっていた。


「あれ、誰か来るの?」


 近くにいた衛兵に尋ねてみた。


「えぇ、間もなくコルネー王とコルネー王妃が来るというのでね。コルネー王妃は元総主教ということで、みんなが集まってきているわけですよ」


「げっ……」


 メリスフェールは思わず変な声を出してしまい、口を押さえる。


 コルネー王クンファについて特に何も思っていることはない。とはいえ、元婚約者ということで気まずい。


 恐らくそれはミーシャにしても同じであろう。


(私、退散した方がいいかな……?)


 と一瞬思ったものの、結局のところいずれは会うことになるわけで、永遠に逃げられるわけではない。それならば、姉や妹のいる場所よりもこうした場所の方がいいかもしれないと考え直す。


(……ま、なるようになるでしょ)


 メリスフェールは少し離れたところに腰を下ろし、船の到来を待つことにした。

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