第7話 イスフィートとマハティーラ②

 カナージュ滞在の最終日、イスフィートは朝、皇帝アルマバートの下に出向いた。今回、初めてハレジェを連れてきているが、ひとまずは外に待機させる。


「おお、イスフィート。よく来てくれた」


 と上機嫌な皇帝の横にいるのは、マハティーラ・ファールフである。その目は驚愕に見開かれており、少し距離はあるが

「えっ、イスフィート……。何で……?」とつぶやいたらしいことが口の動きから分かる。


(馬鹿が……、俺が死体になっているとでも思っていたのか)


 内心ではそう思うが、皇帝に挨拶をした後、マハティーラにも頭を下げる。


「先日は挨拶もできずに失礼いたしました。今後ともよしなにお願いいたします」


 そのうえで、皇帝に再度向かい合い。


「我々はソセロンの田舎者でございまして、フェルディスのような素晴らしい文化にはついていけないところがございます。それゆえ、一人、カナージュで外交官となる者を採用しましたので紹介させていただいてよろしいでしょうか?」


「おお、構わんぞ」


「それでは」


 イスフィートは後ろに合図を出した。ハレジェが中に入ってくるのと、マハティーラが「げっ!?」と叫ぶのは全く同じタイミングであった。


「おお、おまえはハレジェではないか?」


 アルマバートもハレジェのことは知っていたらしい。


「随分と久しぶりだな。昔は痩せぎすだった印象だが、随分と太ったのう。見違えそうになったぞ」


「お久しぶりでございます。陛下」


「そうか。お主がソセロン教主の外交官となるのか。いい人選をしたものだ」


 アルマバートの記憶の中にも、ブローブ・リザーニと同じくらいの才能を持っていたという記憶は残っているらしい。満足そうに頷いている。


 一方、視線をマハティーラに移すと口をパクパクさせて、汗をダラダラと流している。


(愚かな奴だのう)


 とは思ったが、もちろん、それを口にすることはない。


「陛下。マハティーラ閣下とも改めて話をしたく思いますが、よろしいでしょうか?」


「おお、もちろんだとも。若者同士、腹を割って話し合うがいい」


 アルマバートは従者に命じて、隣の部屋を開けさせた。マハティーラは幽霊のような蒼ざめた顔をしてついてきた。



 部屋に入ると、マハティーラが憎悪に満ちた視線をハレジェに向ける。


「貴様……、裏切ったのか?」


「人聞きの悪いことを言われては困ります。私は、閣下に協力をしていましたが、別に臣下であったわけではありません。今回、ソセロン教主が良き条件を提示してくれたので配下となった次第にございます」


「……それにハレジェは閣下のことを何も言っていませんよ。私が勝手に気づいただけでございますから」


 イスフィートはそう言ってニヤリと笑う。


「ただ、私はそれを陛下に奏上しようとは考えておりません」


「……何だと?」


「我がソロセンはまだまだ発展途上の国でございますから、閣下のお力添えをいただきたいと思っております。一方で、我がソセロンには勇猛な兵がおりますので、閣下の覇権に貢献できると考えております」


「覇権……?」


「二度のリヒラテラのことは聞き及んでおります」


 マハティーラが渋い顔を見せた。


「ご安心ください。ソセロンは閣下を信じております。来るべき決戦において、閣下こそがフェルディスを勝利に導けると考えております」


「う、うむ……」


 マハティーラは半信半疑という様子で考えていたが、ややあって、口を開く。


「ソセロンは、俺を指揮官として認めるということか?」


「はい……。ソセロンを助けていただけるのであれば」


「ソセロンを助けるというが、何をすればいいのだ? 金は出せんぞ」


「ソセロンはフェルディスと今後も末永く付き合っていきたいと考えています。そのためにソセロンからフェルディスへ通じる道を更に広げたいと思っております。ただ、ソセロンには労働力はあれども、専門的な技術者がおりません。こうした者の手配をいただければと思います」


「ふむ……」


「もちろん、閣下の損となるようなことはいたしませぬ。ソセロンは金鉱脈を少しずつ掘り当てておりますので、相応の資金は用意できるのではないかと」


 金鉱脈という言葉に、マハティーラが大きく反応した。


「そうか……。技術者か。分かった、候補を当たってみよう」


「はい。よろしくお願い申し上げます。そのために今後ハレジェを遣わすこともございますので、よろしくお含みおきください」


 イスフィートは深々と頭を下げた。その内心では舌を出していた。



 マハティーラとの話が終わると、イスフィートは皇帝と早めの昼食をとりながら時間を過ごし、午後になると王宮の客間に向かった。


 中にはジャングー砦から戻ってきたブローブ・リザーニの姿がある。


「これは大将軍様。私はソセロン教主イスフィート・マウレティーと申します。以後、お見知りおきを」


「うむ。今後、色々因縁をもつことになるだろうからなぁ」


「……どういう意味でしょうか?」


 イスフィートの問いかけに、ブローブは軽くあしらうように。


「ああ、何となく、今、そう思っただけだ」


 と答えて、ソファに座る。


「宰相から聞いたが、貴殿達はフェルディスがナイヴァルと戦う際には協力してくれるそうだな?」


「もちろんでございます。フェルディス帝国の大きな援助があればこそ、我々は北東地域のほぼ全域を掌握することができました。今こそその恩を返す時であると考えております」


 イスフィートは一歩進み出た。しかし、ブローブは横を向いて深い溜息をつく。


「貴殿らがそう息巻いてくれるのは結構なことだが、フェルディスとしてはナイヴァルと戦争をするつもりはない」


「おや……?」


「確かにホスフェを巡って争いはあった。だが、現在、東部とオトゥケンイェルは我々フェルディスが、西と南はナイヴァルが占領し、お互いの領土が確定している状態だ。ホスフェがあっちに行ったり、こっちについたりしていたのが問題なのであって、それぞれの領土が確定した以上、紛争の原因はなくなったと言える」


「……左様でございましたか」


「それに貴殿らとナイヴァルの間には宗教的なイザコザがあると聞いている。宗教が絡む憎悪は恐ろしいものだと言うし、できることなら、我がフェルディス軍はそうしたものとは無縁でいたい」


「それはご安心ください。ナイヴァルの者との間に信仰の相違はございますが、それで憎悪しているわけではありません。何ならこの場で誓約いたしましょう」


「……そうであってほしいものだが、先程も言ったようにホスフェ占領により両国間は安定している。貴殿の期待するような事態にはならないだろう」


「……左様でございますか」


「ま、我々もソセロンとの協力関係は今後も続けていきたい。ただ、繰り返しになるがナイヴァルとの戦いにはならないから、そこに気をもんでもらう必要はないと考える」


 繰り返し言うあたり、この部分ではどうしても譲るつもりはないことが伺える。


 イスフィートも諦めて、その他の話を中心にして切り上げた。



 部屋を出たところでハレジェが首を傾げる。


「いや、あそこまでリザーニ伯爵が拒絶反応を起こすとは意外でした」


「……おそらく、協力したら、我々が何度も繰り返しフェルディスに入り、領民に布教することを危惧しているのだろう。なるべく、国に入ってきてもらいたいと考えているのだろうな」


「なるほど……。では、どうしますか?」


「どうもこうもない。あれもこれもと一気に進める必要はないだろう。まずはマハティーラとの関係を強化するところから進めていけばいい。ブローブはああ言っているが、いざ戦闘となったら向こうから助けを求めてくるだろうからな」


 イスフィートはそう言って笑う。


 ソセロンがやらなければいけないことは多岐にわたる。しかし、イスフィートはまだ若く、時間はたっぷりある。


 ならば急ぐことはない。一つ、一つ、確実に進めていけばいいのだ。

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