第6話 瞑想

 次の日の朝、ガーシニー・ハリルファは、イスフィートに呼び出された。


「朝から皇帝に呼ばれた。ついてきてくれ」


「かしこまりました」


 イスフィートに付き従い、皇帝の間まで同道する。中に入り、イスフィートが頭を下げると、皇帝は上機嫌な様子で尋ねてきた。


「あと何日ほど滞在しているつもりだ?」


「……あと二日の予定でございます」


 ガーシニーもそれは聞いていた。


 イスフィートがカナージュでやりたいことは残り一つ、軍事部門の最高責任者ブローブ・リザーニと話すことだけである。そのブローブがカナージュに来るのが明後日であるらしいので、必然、二日はいなければならない。


「そうか。それでは、部屋の清掃など身の回りのことをこの者にさせようと思うが、いかがだろうか?」


 皇帝がそういうと、男女二人の使用人が入ってきた。いずれも十代の若者である。


 ガーシニーは思わずイスフィートを見た。ハレジェが言っていた暗殺者というのはこの二人ではないだろうか。イスフィートは視線に気づいたようであるが、あえて無視して皇帝に再度頭を下げる。


「……承知いたしました。お心遣い、感謝いたします」


「うむ。実は余ではなく、マハティーラがこの前の無礼を詫びたいということで紹介してくれたのだ。この前の無礼については水に流してやってれぬか」


「流すも流さないも、私は何も感じておりませんでした。そうですな……明日にでも感謝のためにマハティーラ閣下を伺えればと思いますが、よろしいでしょうか」


「よし、余の方から都合について聞いておこう。明日の朝、再度参るがいい」


 アルマバートは上機嫌に答えた。




 皇帝の間を出ると、イスフィートが小声で告げてきた。


「……あの二人がマハティーラの派遣した刺客だろう」


「私もそう思いました。尋問しますか?」


 イスフィートは首を横に振った。


「いや、無理に何かすることはない。ただ、ベッドに毒針などを忍ばせられると俺もどうしようがないから、掃除に来た際には何か仕掛けたりしないかだけチェックしてくれ」


「承知いたしました」


「あと、素知らぬ顔をしてハレジェと会わせてくれ」


「ハレジェと、ですか? 奴は、誰が刺客であるか言わないと言っておりますぞ」


「分かっている。恐らくハレジェはそいつらが刺客であるとは言わないだろう。しかし、刺客の方が怯む可能性がある」


「なるほど……。分かりました。しかし、私に全て任せるということは、教主はどちらかに参られるということですか?」


「ああ、あの丘にいる」


 イスフィートが指さしたのは東の方である。カナージュの城門の更に先にある小高い丘であった。


「承知いたしました。ただ、刺客が他にいないとも限りません。アビ・スィナーンは護衛として残しておくべきでしょう」


 ガーシニーは大きく頷き、恭しく頭を下げた。




 イスフィートと別れたガーシニーは早速王宮へと戻り、イスフィートの部屋で待つ傍ら、午後、ハレジェに客間まで来てもらうよう指示を出した。


 昼過ぎ、二人の召使が部屋に来て掃除を始めた。更にしばらくすると、ハレジェが現れる。


「どうかされましたか?」


 挨拶をしようとしたハレジェの視界に二人が入った。ほんの一瞬だけ目が見開いた様子をガーシニーは見逃さない。とはいえ、それには気づかないフリをする。


「教主様は本日瞑想をしております。瞑想後の夜は、この百草もぐさをもって体を清めることとなっておりまして、清掃した後、丹念に撒いておきたいと思います」


「ほほう……、瞑想を?」


 ハレジェはガーシニーの一連の言葉には反応しない。しかし、二人の召使は明らかに動揺していた。何とか平静を装うとはしているが、まだ十代の少年少女であるだけに感情を完全に抑えることができないのであろう。


 二人の様子にも気づかないフリをして、ガーシニーはハレジェに説明する。


「はい。従軍などの場合は別にしまして、時間があれば神に祈りを捧げて、ソセロンの発展と勝利を願っている次第です。ユマド信仰のある地域であればどこででもやることではありますが、教主の素晴らしいところは、それを欠かさないということでございますな。何でしたら、ご覧になられますか?」


「そうですね。見せてもらいましょう」


 ハレジェが言う。


「そなた達も来るか?」


 ガーシニーは使用人二人にも声をかけた。二人は一瞬ギョッとなり、「け、結構です」と断ろうとするが。


「構わぬではないか。せっかくなのだからついてこい」


 再度強めに誘うと、二人も諦めたように分かりましたと頷いた。そこからハレジェの方に視線を移す。何とも言えない嫌そうな表情をしていた。




 王宮を出て馬車に乗り、カナージュの東へと向かう。


「フェルディスではどのような信仰がなされているのかは分かりませんが、ソセロンではユマド神が絶対神として君臨しております。その神ともっとも一体化できるのは、あのような小高い丘でございますな。大地と太陽の狭間となる場所でございます」


 丘の上でイスフィートが目を閉じて、瞑想をしている。


 その神々しささえ感じさせる姿に、ハレジェと二人の召使は膝を落とした。



 およそ一時間、イスフィートは瞑想をしていた。



 何を考えているのかはガーシニーにも分からない。本当に神と一体化しているのか、あるいは今後の戦略などを考えているのか。


 イスフィートがようやく立ち上がり、視線をこちら向けてきた。ローブをまとうと力強い足取りで進んでくる。


「そこで突っ立っているのなら、一緒に瞑想をしていればいいものを」


 笑いながら声をかけてきた時、二人の召使が跪いた。


「も、も、申し上げます……。私達はある方から指示を受け、教主様の命を奪うよう言われておりました」


 震える声で自分達の素性を申告した。これにはガーシニーも驚いて、思わずハレジェの方を向いた。こちらは「仕方ない」という、諦めたような表情をしている。


「先ほどの瞑想を拝見しまして、このようなお方を死なせてはならないと思いました。い、いかような処分でもお受けいたします……」


 二人の声に、イスフィートは微笑を浮かべる。


「……お前達がそうであるということは、神が教えてくださったので最初から知っていた。お前達自身から聞けて、私はとても嬉しい。のう、ハレジェ」


「……はっ。この二人でございます。有能な者ではあったはずなのですが……」


 ハレジェもここまで来ると隠しても仕方ないと思ったのであろう、二人の正体についてあっさりと認める。それでもさすがに依頼人については言わないようであったが。


「神はこうも告げられた。明日、マハティーラ閣下と会い、味方につけるよう努力せよと。そうすれば、我らソセロンにとって悪いようにはならない、とな」


「……それもお見通しでしたか」


 イスフィートがマハティーラとの面会について話すと、ハレジェは呆れたように笑う。完敗ですとばかりに、深々と一礼をした。


 二人の方に視線を向けると、涙を流しながら、ひれ伏している。


 それは、神に許しを請うような姿に見えた。

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