第6話 ビルライフとフェザート①
翌日の午後、レファールの姿は軍司令部にあった。
昨晩は遅くまで話をし、どうにか「両国の力は拮抗している」という形でとりまとめた。その後、「どうせ行くのなら、我々が話した方がいいのではないか」とフェザートが言い出し、ジュストもそれを受け入れたので三人で来ることになったのである。
午前中に既に報告は入れてあるらしい。入り口に既に大勢の兵士が居並んでいる。
フォクゼーレの兵士というと、サンウマ・トリフタにしてもワー・シプラスにしても貧相な体形のものが多かった記憶があるが、改革の成果があるのか、ここにいる者は全員栄養状態も良さそうでしっかりとした体つきをしていた。
その中でもひときわ大きな男がいる。
「アエリム・コーションと申します。ナイヴァルの枢機卿と、コルネーの海軍大臣に面会できまして、恐悦至極でございます」
口調は慇懃だが、表情にはそうしたものはない。
とはいえ、もちろん、ここで荒げる必要もない。レファールもフェザートも丁寧に挨拶を返す。
司令部の中に入り、ビルライフとの対面となる。隣にいるジュストの緊張度が高まってくるのが伝わってきた。
(そんなに恐ろしい奴なのかね?)
レファールは自分のことを考えた。過去、今のジュストのような思いをしたことがあったであろうか。正直、ないように思う。
一番奥の部屋まで案内された。
中に入ると、正面に一人の男が立っていた。様々な派手な勲章がついた服を着ている。
背は若干低い。体形は痩せていて、パッと見た感じ軍人という印象は抱きづらい。しかし、痩せた顔の眼光は鋭い。
「……俺がビルライフ・デカイトだ。遠路はるばるヨン・パオまでようこそ」
ビルライフはそれだけ言って、座るように勧めると自らが先に座る。レファールとフェザートが続けて座った。
フェザートが体勢を前に出した。「自分が先に話したい」とあらかじめ言っていたので、ジュストもレファールも何も言わない。
「コルネーの海軍大臣フェザート・クリュゲールと申します。ヨン・パオに来るのは六年ぶりです。その際は、両国協力をしてナイヴァルと当たろうという話をいたしました。その後様々な経緯を経て、現在敵対関係にあることは甚だ遺憾なことでございます」
簡単な経緯の説明に、とりたてて思うところもないのであろう、ビルライフは「フン」と鼻を鳴らすだけである。
「さて、昨日、ジュスト・ヴァンラン殿からフォクゼーレとコルネーの比較を求められましたが、比較するまでもない話でございます」
「……?」
フェザートの口ぶりに若干おかしなものを感じた。しかし、相手がフェザートであるので口を挟まずに様子を見る。
「何故なら、フォクゼーレ帝国はこのヨン・パオだけで人口150万人、全土で1200万人という多大な人口を擁し、その気になれば100万の兵士を動員することも可能でございます。更にカタンという従属国まで従えております。翻りまして、我がコルネーは人口にして400万程度、経済規模も人口比と比例しております。すなわち、コルネーではフォクゼーレには到底及ぶべくもございません」
「だ、大臣……」
ジュストが「話が違うぞ」という顔で止めさせようとするが、フェザートの話は止まらない。
「ではナイヴァルはどうか? ナイヴァルも人口にして300万人程度でございます。更に彼の国はユマド神信仰が高じておりまして、宗教施設の建設に明け暮れております。土木工事のみは大得意でありますが、そうでなくてもない国力をそんなものに使っているのでありますから、フォクゼーレには到底及ぶべくもありません」
「……」
レファールも開いた口が塞がらない。
(いや、サンウマの状況とかそういうものを見たら全く違うと思うのだが……)
と思ったが、もちろんフェザートもそのくらいは分かっているであろう。つまり、意図的にフォクゼーレを持ち上げていることになる。
ビルライフの様子を見た。無感動な様子である。
「フォクゼーレの方が強いというのであれば、何故、トリフタでもワー・シプラスでも我々は負けたのだ?」
当然の問いかけを投げかけられる。
それに対して、フェザートは「失礼。少し喉が」と出されてある茶のグラスに口をつけて、しばらく時間を置いた。
一呼吸して、フェザートが話を再開する。その表情に含み笑いがある。
「それはビルライフ様が一番理解されているのではないですか?」
(うわ、汚いやり方だ)
レファールも思わず笑いそうになってしまった。
問いかけに対して、「自国のことはご自身がよくご存じでしょう」と問い返したら、ビルライフのような立場の者が「実は知らんのでな」と答えられるはずがない。
おそらくビルライフも同じことを思ったのであろう。そうでなくても不機嫌そうな顔が更に険しくなる。
「大きく二つございます。まず一つは、これまでのフォクゼーレは内訌が激しすぎたこと。100万の軍を出す力があっても半分半分が国内で戦っているのですから、外に出す軍が強いはずがございません」
「……そうだな。もう一つは何だ?」
「上の指導力でございます。我がコルネーは、アダワル、クンファと優れた国王が続き、ナイヴァルにおいてもネイド・サーディヤ、更にはシェラビー・カルーグという優れた枢機卿が国を導いております。翻りまして、フォクゼーレはいかがでございましょうか?」
(うっわぁ……、そこを突いてくるのか)
レファールの表情が歪む。
ビルライフは下に対しては強権政治で確固たる地位を築きつつある。この体制を覆せるとなると、ビルライフの父親でもあり、フォクゼーレの頂点にいる天主ただ一人となる。
それを弱い、ということは。
「フハハハハ!」
ビルライフが大きな笑い声をあげた。
「もう一つフォクゼーレが勝てない理由があるな。フォクゼーレにはこれほどの大臣はいない、ということだ。ジュストもしっかりしているが、フェザート大臣ほどの老獪さはない」
「はっ……」
ジュストが無表情に頭を下げている。
ビルライフが少し思案してフェザートに問いかける。
「……三か月滞在してもらいたい。それでもよろしいかな?」
「よろしゅうございます」
フェザートも頷いた。
レファールもその言葉の意味するところはすぐに分かる。
(その間に父殺しを決行する、ということか)
ビルライフはいずれ天主となることを考えているはずであるが、そこに至るまでは大きな障壁がある。父殺しという悪名を背負うことになるし、天主を無条件に支持している民衆の反発も物凄いものが予想される。
それでも尚となれば、国内を徹底的に掌握しなければならないところであるが、隣国が協力してくれるとなると話が変わってくる。
(前天主が無能だからワー・シプラスやトリフタで失敗したというのをコルネーやナイヴァルから言わせて、ビルライフに対して肯定的な評価と停戦をすることによって、簒奪を正当化しやすくなるということか)
ビルライフの天主位簒奪を支援することによって、停戦という条件を引き出す。
ビルライフにとって停戦自体がマイナスにはならない。それは分かっていたし、ジュストも同じ思いだったであろう。しかし、それをプラスとして考えさせる手があるとは。
そのことに驚くが、同時にフェザートがもう一つの結論に達したらしいことにも驚かされる。
もう一つの結論。
すなわちコルネーとナイヴァルがビルライフを全面的に支援したとして、それが将来的にコルネーのマイナスにはなることはないらしい、ということに。
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