第3話 レファール、フォクゼーレへ②
次の日、レファールは海軍事務所に向かい、フェザート・クリュゲールと面会した。
「ナイヴァルの枢機卿がコルネーの陸軍大臣よりも頻繁に訪れているんじゃないか?」
入ってきたレファールにフェザートが冗談交じりの声をかける。
「海軍と陸軍が頻繁に行き来しているのもまずいでしょう」
レファールも冗談で応じる。この両名が頻繁に行き来しているということは、国家が戦争中ということである。戦争であるよりは、ない方が望ましい。
「……で、今回は何を持ってきたのだ?」
「ナイヴァルの都合ではありますが、フェルディスとの戦いに際して、コルネーの支援も求めたいと考えています。となると、邪魔なフォクゼーレをどうにかしたいということがありまして」
「……フォクゼーレを懐柔しようというわけか?」
「話が早くて助かります」
懐柔。まさにその表現がピッタリとあてはまるとレファールは思った。
フェザートも頷いている。
「最近のフォクゼーレについてはロクな話を聞かないが、国内の統制を急いでいるということは国外でもめごとを起こしたくないと考えているだろうから、な。ただ、こちらから何を出したものか」
フェザートは辺りを見渡す。
「ダメだな、グラエンやエルシスに任せると、ビルライフに飲まれるかもしれん。行くとすれば俺しかないか」
「来てもらえますか?」
レファールの言葉に、フェザートは不承不承という様子で頷く。
「コレアルでやりたいことも山積みだが、おまえさんの言う通り、フォクゼーレと数年間でも停戦協定が結べれば、他のことに力を注げるからな」
フェザートはグラエンとエルシスを呼び出し、「二か月ほど留守にする」と言い、優先順位などについて説明をしていた。
ひとしきり説明が終わると、二人は再度王宮に向かった。
クンファに対してフォクゼーレとの停戦について説明し、その了承を求める。
レファールはフェザートの横で、完全に彼に任せることにする。
「フォクゼーレとの間においては、前王のことなどのわだかまりがありますれど……」
「それは別に構わんが……」
クンファは全く気にしていない。
実際そうだろうとレファールは思った。アダワルが自滅気味に戦死したから、クンファに国王の地位が回ってきたわけで、この点に関しては恨みより恩の方があるかもしれない。
「フォクゼーレが簡単に応じるかな?」
「そこは分かりません。一応、応じるとは見ていますし、応じる可能性があるのなら、我々は当座の楽ができる選択を選ぶべきだと思っています」
「分かった。おまえに任せる」
フェザートからひとしきり説明を受けると、それで納得したのかすぐに了承を出した。
(こういうところであっさり引き下がるから、ミーシャ王妃はクンファ王に不満になるのだろうな)
二人のやりとりを見て、レファールはミーシャの不満を理解できた。
ともあれ、フェザートとクンファの話はほぼ決まったようである。
「あともう一つお願いがあります」
「何だ?」
「コルネーの海軍大臣とナイヴァルの枢機卿が護衛も連れずに行くわけにはまいりません。護衛としてメラザとイムカを連れていってよろしいでしょうか?」
「……好きにするがいい」
クンファは投げ槍に答えている。この様子を見ればミーシャがまた怒るだろうな、と思い、今はたまたま外出しているというささやかな幸運にレファールは感謝した。
王宮を出ると、海軍事務所に立ち寄り、メラザとイムカを連れ出す。
メラザについては既に知るところであったが、イムカ・ナキスについては初対面であった。前に出てくると、メラザよりは背丈が高くがっしりとしている。
「メラザのような馬鹿力はないが、護衛としては十分に使える者と考えている」
「なるほど。今後ともよろしく」
「とんでもありません。名高いレファール・セグメント枢機卿とお会いできて、家族に自慢できます」
家族に自慢ときたか、レファールは内心で苦笑した。
(コレアルにいるウチの親たちは何を思っているんだろう?)
以前、大使だった頃には何度か訪れたこともあったが、地元では非常に微妙な反応を返されていたことがあり、以降は近づいていない。
嫌われていたわけではない。しかし、非常に複雑な反応を返された。
それも仕方ない話である。レファールは元々コルネーの衛士隊を目指していた身であったし、当然友人達にもコルネー軍を目指していた者が多かった。
実際に入隊していた者も何人もいる。
そうしたレファールの友人達がサンウマ・トリフタで見たものが、ナイヴァルの将軍として活躍しているレファールの姿であった。もちろん、レファールの身上を理解していないわけではないが、「同じコルネー軍での活躍を語り合っていた」元友人としてはやりきれない思いもあるのだろう。
(コルネーとナイヴァルの間に立って、それなりに頑張っているんだけれどねぇ)
とは思うが、それを説明して完全修復するようなら苦労はしない。
(ま、そのうち何らかの機会はあるだろう)
この点に関してはどうしようもない。深く考えても誰も得をしないだろう。レファールは気楽に考えることにした。
コレアルから船に乗り、二人と護衛は北へと向かう。
ミベルサ沿岸は東側から西側、南側から北側に向かう分には潮の流れを受けて非常に快適である。逆は非常に大変なのであるが。
今回のコレアルからヨン・パオへの船旅も順調に進み、十日後にはヨン・パオの街についていた。
「いやあ、ここに来るのは久しぶりだなあ」
「あれ、海軍大臣は来たことがあるのですか?」
「おう。あ、おまえさんは知らなかったか? おまえさんがナイヴァルに行ってしまったんで、フォクゼーレを味方につけようと来たことがあったのだ。それ以来だな」
「しかし……」
レファールは街を見渡し、呆気にとられた声を出す。
ヨン・パオについて驚いたのは街の活気である。
軍が政治家を暗殺しまくっているという話を聞いていただけに、街の雰囲気も暗いのではないかと思っていたが、そんなことを微塵も感じさせないほど明るい。
「町民にしてみたら、上の方の殺し合いなんて別世界のことなんだろう。ひょっとしたら、日ごろ偉そうにしている奴が酷い目に遭っていると喜んでいるかもしれん」
「楽しい想像ではないですが、ありえない話ではないですね」
妬みや嫉みは人間の常である。
上にいる面々、幸せに見える面々が転落している様を見て喜びを感じるものがいるということは間違いないし、そうした心情を利用しようとする政治の動きがあることもよく分かっている。
「街が活気づいているということは、ビルライフの統治が暴動によって転覆されるということはない、ということだろう。それはコルネーにもナイヴァルにも望ましいことだ」
「そうですね」
停戦を求めに来た立場としては、相手の政権が簡単にひっくり返ってもらっては困る。
その不安がないということは、確かに望ましいことであったが、聞き及んでいたヨン・パオの状態と、実際に見た状態の違いに驚いたのもまた、事実であった。
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