第2話 レファール、フォクゼーレへ①

 フグィからサンウマに戻ったレファールは、そのままバシアンに向かい、シェラビーと面会した。


 表向きは新年の挨拶ということにしているが、その場でフォクゼーレに行くことを要望する。


「今後数年、ナイヴァルにとっての敵はフェルディスということになるはずです。であれば、フォクゼーレを抑えることによってコルネーや、場合によってはイルーゼンからの支援を受けることも可能となります」


 レファールの説明に、シェラビーは頷いてはいるものの。


「ただ、我々とフォクゼーレとの間には、サンウマ・トリフタの時のわだかまりがあるし、コルネーとの間にはワー・シプラスのことがあるだろう。そううまく行くかな?」


「当時のフォクゼーレと異なり、今のフォクゼーレは軍のトップであるビルライフ・デカイトの影響力が強くなっております」


「それは知っている」


「イルーゼン戦役にもジュストを派遣したのみで全く動いていません。かなり軍の力は回復していると思います。しかし、ビルライフもまだ戦闘をしたいとは思わないでしょう」


「だろうな」


 ビルライフの改革は、「愚かな者ともがフォクゼーレを弱体化させてしまった。今は無理だが、いずれはコルネーにも、ナイヴァルにも勝つ」という名目で行われているものである。そうである以上、絶対に勝てるという確信がないことには中々戦闘には踏み切れない。勝てば問題ないが、万一負ける、もしくは思わしくない結果が出たりした場合には「ビルライフも愚か者ではないか」となるからである。


「また、勝てる状況になったとしても、ビルライフは統治根拠を『正しさ』ではなく、『強さ』に求めています。勝っても軍が損耗を受けて弱体化してしまった場合には『強さ』を欠くことになってしまいます」


「結局、ビルライフは軍を強くはするが、戦いはしたくないということか」


「おそらくそうだと思います」


「……分かった。ナイヴァルの最前線がホスフェにあることは、俺も理解している。フォクゼーレが中立ないしこちらに近い側を取ってくれるなら、これ以上のことはない。この件はセグメント枢機卿に任せよう」


「ははっ」


 シェラビーの承諾を得て、レファールは再度サンウマに向かうべく、大聖堂の外へと向かう。


 途中、廊下でセウレラ・カムナノッシとすれ違った。


「おお、レファール。随分と久しぶりだな」


 セウレラはありきたりな挨拶をするが、その後ニヤリと笑う。


「イダリスが泣いておるぞ。ウチの領主は全くマタリに立ち寄ってくれん、とな」


「ハハ……」


 耳の痛い指摘にレファールも苦笑する。


「彼の言いたいことは理解している。ただ、私は宗教観も分からない、地縁もない、しかもビジョンもない状態だ。少なくとも統治にあたっての考え方などを身に着けないことにはやる気が空回りしてしまうだけになる」


 それこそ、力だけを重視して、ビルライフのような統治するというのなら別だが、何代も治めている枢機卿一家ならともかく、余所者のレファールがいきなり力の統治をするのも大変である。


「まあ、中途半端な奴が政治に乗り出して、人口半減とかなってもシャレにならんからな」


「そういうことだ」


「こやつ、開き直るか」


 セウレラも苦笑した。


「またどこかへ出かけるみたいだが、どこへ行くのだ?」


「フォクゼーレだ」


 セウレラが「ホホ」と笑い声をあげた。何がおかしいのかと思うと。


「なるほど。効率よく力で治めるにはどうすればいいかを学びに行くというわけだな」


「……そうなんだ。爺さんを黙らせる方法だけは学んでおきたいからな」


「酷い奴よのう」


「冗談だ。暇なら爺さんもイダリスを手伝ってやってくれ」


「暇なわけあるかい」


 ムッとした声を背後に聞きながら、レファールは背中で挨拶をして大聖堂を出た。



 サンウマからコレアル行きの船に乗り、途中ウニレイバに立ち寄る。


 街で休憩していると、港の方に軍船らしい船が数隻入ってきた。これまでに見たことのない造りをしており、新型船らしい。


(フェザート大臣がまた造ったのか)


 先頭の船を見ると、見覚えのある男が指揮をとっていた。


(フィエスじゃないか。あいつ、新型船の指揮を任されるようになったのか……)


 不思議なもので、地位は人を作るではないが、新型船の指揮をとっている姿を見ると、当初の頼りない風貌が想像できない。


(サラーヴィーが関心をもっていただけあって、数年後には、頼りになる指揮官となるのだろうか……)


 感心しながら、活発に活動している船団の方に視線を送っているうちに夕暮れが近づいてきた。



 ウニレイバを出て、コレアルにつくと、早速王宮に向かった。クンファ、ミーシャの国王夫妻への面会を求める。


 一日二日待つくらいのつもりでいたが、その日のうちにすぐに通された。案内に従い王の間へと向かう。既に慣れた道となっていたし、そう思っている自分にも驚く。


「レファール・セグメントでございます」


 ともあれ、王の間に入ったレファールは並んで座っている二人に向かって頭を下げる。


「すぐに面会いただき、恐悦至極です」


「何言ってんのよ。国王夫婦が暇なことくらい、知っているでしょ」


 レファールの型どおりに挨拶に対して、ミーシャが呆れたように笑う。


「……ナイヴァルの総主教もかなり浮いているなぁと思っていたけれど、コルネー王はそれ以上な感じね。側近とか大臣がほとんど処理した状態でもってくるから、最悪全部追認するだけでもOKって感じ」


 ミーシャは言いながら、チラリとクンファを見る。何も言わないが、「このままだとクンファは何もしなくなるかもしれない」と言っているような雰囲気を受けた。


(退屈になってきてやる気がなくなり、遊んだり、変な事にロマンを感じたりするかもしれないということか)


 前王アダワルがワー・シプラスで戦死したことも、ひょっとするとそうしたことと影響があるのかもしれない。


「そうは言っても、コルネーには大きな問題はないから」


 クンファが答える。

 確かにそれももっともであった。小さな問題、少し大きめの問題も山のように存在しているが、何かを改善しなければ大変なことになるという程酷いわけでもない。それにフェザート・クリュゲールやムーノ・アークのように改善に励んでいる者がいることも事実である。


「確かに、新しい艦船をウニレイバで見ました。進むべきところは順調に進んではいますね」


「それでも、シェラビーと比べるとねぇ」


「はは、まぁ、確かに……」


 レファールは愛想笑いで応じる。内心では若干クンファに同情していた。彼が頼りないように見えるのは事実であるが、ミーシャの審美眼が高いこともまた事実である。


(シェラビー・カルーグと比較されてしまっては、クンファ王も大変だろうな……)


 バシアンでのセウレラとのやりとりを思い出す。クンファが高い志をもってあたってくれれば言うことないのだろうが、そのための道具をまだ揃えていないのではないか、レファールはそう推測する。


 もっとも、そうした道具がどこでどう手に入るのか、それは分からない。


 そうしたものがあるのなら、クンファよりも先に自分が欲しい、とも思った。

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