第12話 シルヴィア・ファーロット⑤
ナイヴァル沿岸部・エルミーズ。
レファール・セグメントはほぼ三年ぶりにこの地を訪れていた。
「メリスフェールと会うのも二年ぶりくらいになるのか……」
街を眺めてそう呟いた。
ナイヴァルの情報網は広い。
十二月のはじめには、ホスフェ軍がリヒラテラ近郊で大敗したという情報が届いていた。
それを受けて、レファールはシェラビーから召集を受ける。
「ホスフェが大敗をしなければいいと思っていたが、その大敗をしてしまったようだ」
大聖堂に入っての第一声。言葉よりも表情で、レファールはホスフェの大敗ぶりを知ることになる。
「リヒラテラを含む東部がフェルディスの支配権に入ることは想定していたが、どうもオトゥケンイェルもそうなってしまうようだ。となると、ナイヴァルも座して見ているわけにもいかない」
シェラビーの言葉に、レファールの表情が固まった。
「ホスフェ内部の親ナイヴァル地域を直接支配するのですか?」
やむを得ないこと、とは言える。
ホスフェでは選挙年に戦時中でなければ選挙を行うという決まりになっている。ということは、フェルディスが十二月末日までに勢力を広げて戦闘を終わらせれば、翌年の選挙が行われることになる。当然、フェルディスの勢力圏内に入ったところでは、そのままフェルディスの影響下で行われることになるであろう。
そうである以上、ナイヴァルとしても十二月中に支配できる地域を支配しなければならない。そうでないと、「フェルディスは支配しているのに、ナイヴァルはそうでない」ということで親ナイヴァル地域までフェルディスにつくことになりかねないからだ。
「西部のセンギラについてはそうするしかない。できれば、南部のフグィまで伸ばしたいところであるが」
センギラは十日ほどの距離であるから、支配は簡単である。であるだけに、ここまではナイヴァルが兵を出さなければならないことは明らかであった。理想はフグィまで到達することである。
「事は緊急を要する。行くとすれば、俺かお前ということになるが……」
シェラビーにそう言われてしまうと、政治力に自信のないレファールは軍の指揮を引き受けるしかなくなる。
「分かりました。私が向かいましょう」
ということでバシアンを出て、軽騎兵を飛ばすこと三日でエルミーズまで到達した。
で、メリスフェールに会いに行ったのであるが。
「まあ、まあ、これは、これはレファール・セグメント枢機卿ではないですか」
政庁に出向くと、メリスフェールは大仰に出迎えてくれたように見えたが。
「女性を口説けないので、女性しかいないエルミーズに参られたのですね?」
「……」
予想を遥かに超える辛辣な言葉に苦笑するしかない。
「……姉は間もなくシェラビー枢機卿と結婚するようですが、何も口を挟めず、ミーシャ総主教がコルネー王妃になるのも黙って見ていたレファール枢機卿ですものね。お気持ちは分かりますが、生物学的に男性であるものを覆すわけには……」
「では、何かね、今から私に反旗を翻せとでも言うのか?」
レファールの反論に、メリスフェールは「滅相もない」と派手に首を振る。メリスフェールの長髪がそれに応じて優雅に舞う。
「根性がないのですもの。やむを得ません」
「言いたい放題だね。まあ、私も文句を言われることは理解していたから、それはいい。ただ、時間を争う勝負なので聞くのは今夜一杯までだということも理解してほしい。明朝にはフグィに発つ」
レファールの言葉にメリスフェールが目を見張る。
「あら、センギラを占領するのかと思いましたが」
「先にフグィを抑えておけば、センギラは戻る途中でも大丈夫だ。センギラでの手続に時間をかけて、フグィに間に合わなくなるのがまずい」
「……確かにそうかも」
ようやく、昔のメリスフェールらしい口調に戻る。
「しかし、君もここのトップになって二年だっけ? 随分厭味ったらしい物言いになったねぇ」
「嫌味くらい言いたくもなるわよ。一番期待していた人が肝心な時に支えにならないんだから」
「それは認める。ただ、現実問題として無理な話でもある。サリュフネーテはシルヴィアさんの後を継ぎたいって言った。それはナイヴァルでの地歩のない私にはどうしようもないことだ」
「……」
「シルヴィアさんの遺志を継ぐということになると、私はマタリではなく、ここに拠って君のそばにいろということになる。あの人の遺志が全てだとすると、ね」
「……否定はしない」
メリスフェールは横目でレファールを見据える。十五歳とは言っても、メリスフェールは既に姉サリュフネーテよりも長身で、母シルヴィアをも越しそうな勢いである。ひょっとすると、二十歳になる頃には自分より高くなるかもしれないと180センチのレファールは考える。
「……母さんも、姉さんも、レファールに一番合うのは私だと言っていたことは分かっている。だけど、私は姉さんがレファールをどれだけ好きだったか知っている。私は姉さんと違って、人の想いって大切なものだと思っているのよ。立場が大事なのも分かるけど、想いがそれを覆せると信じたい。古いのかもしれないけどね。正直、私、姉さんよりレファールを好きになれる自信はない」
「私は立場とか、想いとかそういうものを考えたこともない。コルネーの小物の出身なんでね。ボーザが言っていたのを聞いていたかは知らないけど、40くらいまでコツコツ小金を貯めて、それでようやく結婚ができるくらいの感覚だ。仮に衛士隊に入れたとしてもまだまだ結婚なんて考える時点で笑われる」
「……」
「これは私の個人的な考えなんだけど、君は三人の中でも見た目も能力も突き抜けているように思う。多分、シルヴィアさんが想像したよりも上なんじゃないかと思う」
メリスフェールが目を見開いた。そんなことは考えたことがなかった、という顔をしている。
「シルヴィアさんの考えの中には、私のような予測不可能な者にはサリュフネーテは不適で、君の方が向いているというものがあった。ただ、その考えはあくまで娘は誰か男についていくものだという前提があったのだと思う。だから、身近な人で判断しなければならなかったんじゃないかな、と」
「私は、レファール以上にメチャクチャだから、レファールでも収まらないってこと?」
「そういう可能性もあるかもね、ということだ」
「……そうかぁ。そうなのかもしれないわね。ルヴィナさんとか憧れるし」
「ルヴィナ・ヴィルシュハーゼか……」
「ナイヴァル的にはダメだったのかもしれないけど、あの人、ホスフェでも要注意人物だったのよ。ただ、ルヴィナさんには色々世話にもなったし、あの人にはやりたいようにやってもらいたいから、協力しちゃった。エルミーズからフェルディスへの香辛料支払の書類組んで、そのグループの中に混ぜたの」
「そうか……。まあ、それはシェラビー様には言わない方がいいかもしれないな」
ルヴィナ・ヴィルシュハーゼとは、レファールも短い時間であるが、帯同した。レビェーデやサラーヴィーの忌憚ない意見も聞いているので、彼女の存在がフェルディスにとってどれだけプラスになるかということは理解している。恐らくメリスフェールが考えている以上に。
今回、予想外に早くリヒラテラが開城し、オトゥケンイェルが陥落しそうな状況にも一役買っていることは間違いないのであろう。
とはいえ、メリスフェールが良かれと思ってやったことである。彼女の判断はひょっとしたら、個々の国を超えたミベルサ全体にとっていいことなのかもしれない。
だから、このことに関しては誰にも言わないでおこう、レファールはそう思った。
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