第11話 リヒラテラ開城

 ディンギア・シェローナの郊外に途方もなく広い競技場があった。


 その一角で、レビェーデ・ジェーナスが弓を引いている。


「よっ!」


 周囲の者が見ている中で、矢は300メートルほどを飛び、草原に突き刺さる。


「うーむ!」


 ディオワール・フェルケンが渋い顔をして矢の行方を見定める。レビェーデがクククと笑い、「次はおっさんの番だぜ」と話しかける。


「むむむ」


 ディオワールが弓を引き絞り、上空に放つ。


「ああっ!」


 しかし、風を受けた矢が大きく左に流されてしまった。レビェーデが腹を抱えて笑う。


「おっさんよぉ、ちゃんと風を読まないとだな」


「ええい! 弓のゴルフはお前が有利過ぎるわ!」


 弓を地面にたたきつけて、ディオワールが文句を言い、それを見たレビェーデが更に大笑いをする。


「今更キレられてもなぁ。やりたいって言ったのはおっさんだぜ? 何だったら次回からおっさんはクラブの方でもいいぞ。あっ、そっちはパットの際に発作が出るんだったな。おっさんはゴルフやめた方がいいんじゃないか?」


「むむむむ……」


 見渡すと、30人ほどの兵士達がそれぞれのホールで弓を構えている。もちろん不慮の事故が起きないように鏃は外してあるが、弓矢によるゴルフは練習と趣味を兼ねたレクリエーションとして頻繁に行われていた。


「さて、と。俺は次でうまく行けば入れられるぜ……おっ?」


 レビェーデが港の方を見て目を見開いた。


「サラーヴィー、エルウィン、おまえ達、ホスフェに観戦に行ったんじゃなかったのか?」


 観戦役として向かったはずのサラーヴィー達が戻ってきていたのである。


「終わった」


「終わった?」


「フェルディスが勝った。リヒラテラはもちろんオトゥケンイェルも占領して大勝だ」


「何だと!?」


「あいつら、事もあろうにルヴィナ・ヴィルシュハーゼに挑んでしまったみたいでな。大将クラスが三人くらい討ち取られてジ・エンドとなったわけだ」


「ホスフェの連中は馬鹿なのか?」


 レビェーデはただ、ただ、口をあんぐりと開けるだけであった。呆れて物が言えない。


 ふと視線を逸らすと、悔しそうなエルウィンの表情が見えた。もしマハティーラが捕まれば殺害すると息巻いていたが、そうした事態にはならなかったらしい。


「残念だったな」


 レビェーデの言葉に、エルウィンは肩をすくめる。


「片方が明らかな馬鹿ならどうしようもありません」


 辛辣な意見に、レビェーデはまた笑った。




 時間は十日ほど遡る。


 リヒラテラの城内で、ラドリエルは外を眺めていた。


 戦闘が開始して三日。今のところはフェルディス軍も「お手並み拝見」というようなつもりなのだろう。全力で攻撃を仕掛けてはきていない。ために、ホスフェ軍の応射が有効であるようだった。


 夜になり、フェルディス軍は下がっていく。


 食堂で遅い夕食をとっていると、フィンブリアが戻ってきた。


「あいつら、思ったより呑気に構えているな」


 フィンブリアはそう言うと正面に座った。食事が準備されるのを待つ間、メモを記している。


 フィンブリアは野放図でいい加減な男であるが、部下の評価に対してはシビアで、気づいたことなどは欠かさず記している。また、そうした結果を賞罰としてきちんと反映させていた。


 時に暴言を吐くなど、部下を部下と思っていないのではないかと疑う時もあるが、そうしたことをしっかりとしているせいか、部下のフィンブリアに対する信任は高いようであった。


「次期執政官候補が出て行ったから、そっちに食いついたのかもしれない」


 ラドリエルが答えると、フィンブリアは鼻を鳴らした。


「確かにそうだな。どう考えても、中に籠っている連中より外に飛び出た連中から始末する方が楽だからな」


「……」


「俺としては、あいつがいっそ死んでしまった方がいいんじゃないかと思うが」


 フィンブリアの辛辣な意見は、ラドリエルの希望の一端でもある。とはいえ、それを素直に受け入れることは難しい。


「今、メルテンスが戦死するとホスフェの全面敗北につながるかもしれない」


「そうかぁ? あいつが死ねば、この前出て行った姉さんも戻ってくるかもしれないし、ナイヴァルの支援も受けやすくなるんじゃないか? ここだって、あいつがいなくなってから指揮系統がまとまったわけだしな」


 話をしているところに部隊長の一人ビリス・リーズが近づいてきた。


「ラドリエル様、城外のフェルディス軍がこちら側に揺さぶりをかけてきております」


「揺さぶり?」


「はい。オトゥケンイェルの外で、メルテンス・クライラ様、並びにバニヤ・ザフィータ様を討ち取ったと」


「……」


 思わずフィンブリアの顔を見た。まず大きく首を傾げている。


「メルテンスの馬鹿が死ぬのは理解できるが、バニヤ・ザフィータが何で一緒に死ぬんだ? 執政官が逆クーデターでも仕掛けたのか?」


 フィンブリアの考えた可能性は理解できるところであった。メルテンスとバニヤは互いにライバルという関係である。ただし、この両者は執政官バヤナ・エルグアバとも微妙に距離がある。メルテンスとバニヤが揃って死ぬのであれば、それはオトゥケンイェルの親フェルディス派によるものという可能性が高い。


「親フェルディス派が勝ったとあれば、リヒラテラが見捨てられてしまう可能性もあるな。明日、詳細を確認のうえで開城も考えた方が良さそうだ」


 この二年、メルテンスの反フェルディス強硬論を前に執政官をはじめオトゥケンイェルの多くの者が停滞を余儀なくされていた。仮にメルテンスが死んだとなるとその反動が必ず来るであろう。


 すなわち、極端なまでのフェルディスへの譲歩だ。リヒラテラの開城はもちろんのこと、そこに籠城している反フェルディスの面々の処分すらしてしまうかもしれない。


「あー、ややこしい。嫌だ、嫌だ。どうしてこう、バラバラ、バラバラに動いているのかねぇ」


「個々人の考えを尊重するという民主制を取る以上、やむをえないことだ」


 ラドリエルが答えると、フィンブリアはうんざりした顔で睨んでくる。


「おまえさぁ、本気でそう考えているのか?」


「そう考えてはいるぞ。賛同する、しないは別問題だが。これ以上言っても仕方がない。明日の朝、確認しよう」


 ラドリエルはそう言って、寝室へと向かった。



 翌朝、城壁の上に立ち、フェルディス側の出方を待つ。


 と、数日前に見かけた金地に死神の旗をもつ一団が現れた。その中から長身の男が前に出てくる。ヴィルシュハーゼ伯爵ルヴィナの曾祖叔父スーテルであろうと見当づける。


「我々はヴィルシュハーゼ家の者である。二日前にオトゥケンイェル近郊でメルテンス・クライラとバニヤ・ザフィータの両名を討ち取った! 無益な抵抗はやめて開城するがよい」


 ラドリエルが返事を返す。


「その両者は政治的に敵対していたはずだ! 貴殿の軍がその両名を討ち取ったという事実はにわかには信じがたい!」


「……各自が個別に我々を討ち果たそうとしていたので、同士討ちをさせたうえで両名を仕留めたのだ!」


「マジかよ」


 いつの間にか、隣にフィンブリアもいた。


「どう思う?」

「……恐らく本当だろう。で、この両名が倒れた以上、オトゥケンイェルで親フェルディス派が強くなるのは必至だ。となると……」


 ラドリエルは、二人が本当に死んだことの証明と、籠城軍の撤退を認めることを条件にリヒラテラを開城することを提案した。


 フェルディス軍もその条件を承諾した。


 十二月三日、リヒラテラは開城し、城内にいた軍はフグィへの後退を開始した。

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