第10話 再度の殊勲

 ルヴィナ・ヴィルシュハーゼは目の前の光景を信じられない思いで眺めていた。


 戦闘の推移は考えていた通りである。絶対に勝てると思っていた。


 しかし、それでも尚、目の前で行われている一方的な蹂躙を見て、こう思わざるを得ない。


「相手は何を考えているのだろう」


 ということを。


(相手は前回、圧倒的に優位な状況でありながら、ジャングー砦も占領できなかった。それなのに、今回も自分達の希望通りに動いてくれると思っていたのだろうか?)


 そうだとすると、いくら何でも戦場を舐めすぎている。


「そろそろいい」


 ルヴィナは指揮棒を下した。攻撃をやめて敵部隊と少し離れた場所に集結する。ようやく攻撃から解放されたメルテンス隊、バニヤ隊が悲鳴をあげながらオトゥケンイェルへと逃走していく様子が見える。


「あれ、追いかける? うまいこと合わせれば、オトゥケンイェルに侵入できるじゃないかしら?」


 逃走する兵士の中に混じることで、城門が閉まる前に城内に侵入する。クリスティーヌの提案は、ルヴィナも考えたところである。


 魅力がないわけはない。


 籠城されるとどうしても長期戦になり、消耗も大きい。騎兵しかいないので長期的な占領は無理だとしても、火を放つなどして二回目以降の攻撃への布石を打つこともできる。


 自分が最初にホスフェの元老院、議会などに最初に足を踏み入れたいという欲求もある。


 ……とはいえ。


「我々は騎兵ばかり。占領できる能力がない。無駄に失うこともしたくない」


 城内の乱戦となると、予期せぬ方向からの攻撃を受けることが予想される。城外での戦いよりも被害が大きくなる可能性がある。新兵を育てる労力を考えると、なるべく熟練兵を失いたくないという思いもあった。


 それに、今回、既にメルテンス・クライラやオトゥケンイェルの守備兵を打ち破っている。これ以上目立つと現在の警戒が、恐怖に変わる可能性もある。


「確かにね。首都を占領したとなると、ほうぼうから攻められるかもしれないしね」


「大体、クリスは昨日まで私のやり方に反対していた。うまく行った途端欲張るのは凡人のやること。そこで死んでいる者と同じ」


「へいへい。どうせあたしは凡人ですよ」


 唇を尖らせているクリスティーヌを他所に、ルヴィナはペルシュワカを呼んだ。


「ペルシュワカ伯。その辺の戦死者や捕虜の扱いを頼む」


「承知しました」


 ペルシュワカは上機嫌な様子で応じていた。それも無理はない。本来、シャーリー・ホルカールが預かるはずだった戦果を、彼が馬に乗れないという偶然によって受け取ることができたのであるから。また、ペルシュワカは戦死したマハルラ・ホルカールとも仲が良かったから、仇討ちができたという思いもあるようであった。


「しかしまあ、前回はぼろ負けだったのに、今回ヴィルシュハーゼ伯爵が復帰しただけで、この大勝ですよ。勝利の女神とは伯爵のことを言うのでしょうなぁ」


「……世辞はいらない。それにまだ勝ったわけではない。油断は禁物」


「はい」


「それではよろしく頼む」


 ルヴィナは戦後の雑用をペルシュワカに押し付け、自軍の部隊を率いて進軍してきた道を戻る。


 残ったペルシュワカも一日ほどで捕虜収容、戦死者収容を終えて撤退していった。


 オトゥケンイェルには平穏が訪れるが、メルテンス、バニヤと要人二人が戦死してしまったことで雰囲気は最悪であった。



 撤退していったルヴィナ隊は二日後にはリヒラテラに戻ってきた。


 城の周りをフェルディス軍が包囲はしているものの、攻城兵器などはまだ後方にある。具体的な攻城に取り掛かっているわけではなさそうであった。


 ルヴィナはブローブの旗を探し、合流する。


「おお、ヴィルシュハーゼ伯爵。メルテンス・クライラが追っていったから心配していたが、どうだった?」


「メルテンス・クライラは討ち取った。オトゥケンイェルから出ていた部隊もほぼ撃破した」


「……何、だと?」


 ブローブの目が点になる。


「メルテンスを討ち取った?」


「間違いない。ペルシュワカが持ってくる。多分三日くらい」


「……そうか」


「リヒラテラは?」


「見ての通りだ。今のところ相手の抵抗が強くて苦労している」


「旗を見る限りフグィの旗が多い。一回目のリヒラテラでも、彼らは鍵となっていた」


「そうだ。しかも、最近はもう一人良将を得たようで、非常に手ごわい相手となっている」


「メルテンスがいなくなったことで指揮が一元化された……」


 ルヴィナの言葉にブローブが頷く。


 オトゥケンイェル派とフグィ派との間で感情的なしこりがあることはフェルディスの者もよく知っている。メルテンスがいれば彼の指揮下でフグィの兵士は不満を抱きながら戦うことになるが、不在となったことで本来の形で戦えている。


「ただ、明日には攻城塔などを近づけてみようと思っている。メルテンスの戦死も告げれば、相手の戦意も削がれることだろうしな」


「リヒラテラが落ちれば、オトゥケンイェルも占領できる」


「気が早い話だ」


 ブローブは苦笑した。


 そこにリムアーノ・ニッキーウェイが入ってくる。


「攻城塔、明日朝に接近させる準備を整えておきました。おっと、ヴィルシュハーゼ伯爵も戻っていたか」


「聞いたか、リムアーノ? ヴィルシュハーゼ伯爵はメルテンス・クライラを討ち取ったらしい」


 ブローブが呆れたように言い、今度はリムアーノの目が点になる。


「えっ? そんな簡単に?」


「簡単に討ち取ったわけではない。ただ、ホスフェの指揮官は戦場のことが分かっていない。兵士が強いだけに勿体ない」


「ごもっともではあるのだが、我がフェルディスにはもっと分かっていない者がいるからねえ」


 リムアーノが冷笑を浮かべて、ブローブに同意を求める。


「……おそらく、閣下も反省しているだろう」


「おや、そうお思いですか。確か大将軍も、閣下の復帰前にホスフェに攻め入るのだと強く主張していたように思いましたが」


「……」


 ルヴィナは内心で首を傾げる。


(私の反発を引き出したいのだろうか?)


 もちろん、ルヴィナはマハティーラのことが大嫌いである。しかし、この二人がマハティーラを批判していることには何らかの罠のようなものを感じて、警戒せざるをえない。


 ブローブはリムアーノの軽口に憤然としている。


「それとこれとは別だ」


「はいはい。そういうことにしておきましょう」


 とはいえ、聞いているうちに、罠ではなく、本心からそう思っているのかもしれないと思えてきた。特にリムアーノの口調には明らかにマハティーラを侮蔑しているような響きがある。


(しかし、私がマハティーラの悪口を言ったからどうなるものでもない。ここは黙っているのが賢いだろう)


 文句を言っただけで晴れるほど、自分のマハティーラに対する恨みは浅くない。


 ルヴィナは二人のマハティーラに対する悪口を聞きながら、まだ自分の本心を見せる時ではないと感じていた。

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