第13話 共闘意思の確認
エルミーズの港を出発し、十二月十六日、レファール達の船団はフグィへと到達した。
この時、レファールが連れているのはネブ・ロバーツとマフディル・バトゥムの二人であった。マフディル・バトゥムはムーレイ・ミャグーの異母弟、奴隷の子供であったため、配下として扱われていたのをシェラビーが配下として招き入れていた人材である。
(まあまあ、頼りになりそうではあるな……)
レビェーデやサラーヴィーと比較するのは酷だが、それ以外の面々よりは明らかに上という印象があった。個人の力がパッとしない印象があるため、切り崩すよりは防御に向いている人材という印象がある。
フグィの軍勢は東部方面から戻ってきている途上であったが、ラドリエル・ビーリッツやフィンブリア・ラングロークなど主要な面々は一足先に戻ってきていた。
「これは、これはレファール枢機卿。ナイヴァルの面々は相変わらず耳が早いようで」
出迎えたラドリエルに対して、レファールは簡単な挨拶をかわしつつも漁師ギルドの方に視線を向ける。
(あいつはいるのかねぇ)
かつてセルフェイ・ニアリッチから「シェラビーの密偵ではないか」と言われたアムグンと会うのはそれ以降初めてである。
もっとも、本人と会って何を言うべきなのか、あるいはどうすべきなのかということは分からない。
(どうにも本人も理解していないと言っていたしなぁ)
ともあれ、教えたとすると、フグィの面々のシェラビーに対する不信感を強めるだけであるから、敢えて口にすることはしない。
「此度は散々でしたな……」
「そのあたりもご存じでしたか?」
ラドリエルがさすがに驚いた顔をした。
「あ、いえ、かなり手ひどい負け方をしたという風に聞いておりましたので」
実際に詳報については分からない。ただ、エルミーズでメリスフェールが『ルヴィナがフェルディスに行くことについて協力した』という以上、彼女の存在が何らかの鍵となっていたのではないかと見当づける。
「正直申しますと、二年前も今回も敵・味方ともに無茶苦茶だったわけですが、今回に関しては隙を見せると命取りになる存在がフェルディスにいたということに尽きるのでしょう」
ラドリエルの言葉にフィンブリアが頷いている。
「全くだ。あのお嬢ちゃんの部隊だけは何ともならねえ」
「そんなにすごかったのか?」
初顔合わせとなるフィンブリアについてレファールも概要だけは聞いている。
目つきも険しく、なるほど、牢獄に二度入っていたらしいと頷ける男であったが、ルヴィナ部隊の話を始めると、ありえないとばかりに首を左右に振っている。。
「リムアーノっていう敵方の二番手が本人から聞いたところによると、追いかけていたメルテンス・クライラの部隊を街道の外に逃げてやりすごし、オトゥケンイェルから出てきた別の部隊と同士討ちさせて、その後ろから強襲したっていう話だ」
「……それはまた派手な戦いぶりで」
「派手というか、常識では考えられん。あのあたりは隠れる場所が少ない。山とか丘でもあるなら隠れてやり過ごすこともできるが、そういうものはないと断言できる。だから、余程の機動力がない限り、相手をやりすごして背後から襲うことはできない」
また首を左右に振る。余程常識外のことだということなのだろう。
「それでもフェルディス領内でやったというのなら分かる。地の利があるからな。敵地で地形も無視して、軍の行動のみで相手の背後に回り込むというのは、訳が分からん。メルテンスもバニヤも迂闊だったが、それを差し置いても理解不能な連中だ」
「確かにねぇ……」
レファールは曖昧に応じた。
実際にブネーで練習の様子を見ていたことがあるし、ルヴィナという指揮官の性格もおぼろげながら分かっている。そういう無茶をやりかねない性格であるし、それをやってのける練度をもつ軍であるということも。
それにルヴィナはエルミーズの部隊に紛れ込んでホスフェ領内を通過したことも分かっている。となると、途中でオトゥケンイェル付近も通っていたし、全く何も分からないという状態ではなかったのであろう。
レファールの思惑をよそにフィンブリアの話は続く。
「二度戦ってみて分かった。ブローブ・リザーニやら他のフェルディス軍は決して強くはない。もちろん、弱いってわけでもないけどな。ホスフェは無理でもナイヴァル軍ならあの辺は何とかなる。あいつらだけが別格だ。フェルディスに勝つには味方の強い切り札クラスを二枚、三枚用意して、そいつらで徹底的にヴィルシュハーゼ隊の動きを抑える。もうこれしかない」
「なるほど……。それはシェラビー様に伝えておこう。ただ、私の用件はフェルディス軍について聞きにきたというわけではない」
レファールの言葉に、ラドリエルが頷いた。「こちらへ来てもらいたい」と案内を名乗り出て、バクダ・テシフォンの屋敷を目指した。
来るということは分かっていたのであろう。
バグダ・テシフォンとグライベル・ビーリッツ、フグィの両頭は落ち着いた様子でレファール一行を迎え入れた。
挨拶もそこそこに、レファールは二人にシェラビーの意向を伝える。
「ホスフェの選挙法においては、選挙が行われる年の一月に国自体が交戦状態であると、一年延期されると聞いております」
「間違いありません」
バグダが頷いた。
「リヒラテラが開城した以上、オトゥケンイェルについてもフェルディスの軍門に降るものと予想しております。となると、ナイヴァルが何もしないわけにはいかないので、今回、我々が来ることになりました」
「承知しています」
「もちろん、希望するのであれば、戦闘状態を演出し、選挙を一年延期する心づもりも持ってはいます。ただ、総主教ワグ・ロバーツ様及び筆頭枢機卿シェラビー・カルーグ殿はさしあたり親ナイヴァル地域において、親フェルディス地域の現状と同じ待遇が得られるのであれば、敢えて戦闘までする必要はないと考えています。そのうえで、フグィの意見を伺えればと思います」
バグタは溜息をついた。
「……正直なところを申せば、フグィは独立独歩でやっていきたいという思いはあります。しかし、オトゥケンイェルの連中がフェルディスの軍門に降ることは間違いありません。そうである以上、我々のみ自由を求めるということがナイヴァルにとっても、我々にとっても都合が悪いことはよく分かっております」
「当面は相互不信が悪循環するであろうからな」
グライベルの言葉が全てであった。
このまま行くと、フェルディス軍の一部がリヒラテラとオトゥケンイェルに滞在する可能性が高い。そうである以上、フグィやセンギラにナイヴァル軍にいてもらうしかない。仮に不在となると、フェルディス軍が「ナイヴァルがいないうちに影響力を除去してしまえ」と動く可能性がある。フェルディス軍にその気がなくても執政官バヤナ・エルグアバらホスフェ側が煽る可能性すらある。
その夜、レファールはネブとマフディルと共にフグィの屋敷で夕食を共にしていた。
「どうやら、今後もセグメント枢機卿には気の休まる時間がないようですね」
ネブがそう言いながら、ワインを注いでくる。
「……そうですな。その間、国内についてはロバーツ猊下に頑張ってもらわなければ」
来年の選挙で何か状況が変わるということはないだろう。不確定要素があるとすれば、誰がメルテンス・クライラの代わりになるかということくらいである。
そのうえで、リヒラテラとオトゥケンイェルにフェルディス軍が、フグィとセンギラにナイヴァル軍が駐留するとなれば、何が起こるか分からない。
「そうなれば、ナイヴァルはコルネーを、フェルディスはソセロンを連れ込んできての大決戦となりかねない。しかも分裂状態のホスフェに、シェローナまで絡んでくるわけだからな」
「両軍とも十五万くらいの軍を動員しての大決戦となりそうですな。場所はホスフェ中西部のシールヤ平原あたりとなりましょうか」
ネブは地形を覚えているらしい。
レファールは地名までは分からないが、場所と両軍の数については賛同した。「ああ」と頷いて、マフディルに声をかける。
「ただ、来年一年は選挙があるから大きく動くことはないと思う。マフディル、来年一年、一人でフグィを見てもらえないか?」
「構いませんが、セグメント枢機卿は?」
「次の一年でコルネーのフェザートとともにフォクゼーレと交渉をしたいと考えている。フォクゼーレはコルネーに対する恨みがあるらしいが、政変もあったらしいし、ひょっとしたらこちら側に立たせることができるかもしれない」
ヨン・パオにはイルーゼン戦役で出会ったジュスト・ヴァンランがいる。
コルネーのフェザート・クリュゲールとともに、説き伏せればフォクゼーレがついてくれれば。少なくとも余計な事をしてコルネーの足を引っ張ることだけは避けてもらえれば。
「……分かりました」
「頼む」
レファールはその日からしばらくの間、自分の名前で文書などを出して、『レファールはフグィにいる』という既成事実を作り上げると、年が変わる前にサンウマ行きの船に乗ってナイヴァルへと戻った。
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