第6話 オトゥケンイェルへ
11月11日、フェルディス軍はジャングー砦を出発し、ホスフェ領を目指す。
先頭にいるのはルヴィナとシャーリー・ホルカールの騎兵を中心とした部隊。その後から、リムアーノ、ブローブの本隊、バラーフ、ペルシュワカの部隊が続いていく。
ホスフェ軍は予定通りリヒラテラ城に籠城しているため、フェルディス軍は過去二度の進軍と同じく、ホスフェ領には抵抗なく入る。
先頭近くを進むルヴィナは、クリスティーヌを呼んだ。
「オトゥケンイェルに誰かを先遣させたい」
「何か気になることでも?」
クリスティーヌはけげんな顔をしていた。
「気になるというほどではない。ただ、オトゥケンイェルにいるのはメルテンス派だけではない」
クリスティーヌもその言葉で大方を察知したらしい。
「ああ、ひょっとしたら、メルテンスを出し抜こうとする連中がいるかもしれないというわけね」
当初の想定では、オトゥケンイェルの面々は奇襲を受けると守りを固めるだろうということであった。ルヴィナはオトゥケンイェルを落とすつもりはなく、嫌がらせをするに過ぎないので適当に火でもつけてすぐに退却するつもりでいた。
しかし、メルテンス・クライラを出し抜こうとする議員候補がいる事実がある。彼らが手勢を編成して攻撃を仕掛けてくる可能性はあった。そうした動向を調査しておいて損はない。
「シュラーを隊長としてゾンナ、ブランヒャ他数名を派遣するわ」
「分かった。人選は任せる」
念のための不安に対策を打つと、今度は友軍の状況確認に向かう。
「シャーリー殿はどこか?」
隣を進むホルカール隊に近づき、指揮官シャーリーの居場所を尋ねた。
二人の兵士がオドオドとした様子で近づいてくる。
「ヴ、ヴィルシュハーゼ伯爵……。指揮官は、その……一番後ろに」
「後ろ? 後ろを警戒?」
「い、いえ、違います」
「……?」
「実は……」
兵士達は渋々という様子で、後ろの状況について話し始めた。
十分後、ルヴィナは最後尾の馬車へと近づいた。
「シャーリー・ホルカール殿」
声をかけると、馬車の窓からシャーリーが顔を覗かせる。元々、少し蒼ざめているが、今は更に青い。
(これはダメだ)
ルヴィナは呆れてしまった。先ほどの兵士達が「馬に酔ったようで馬車で運んでいる」と聞いた時には冗談かと思ったのであるが、どうやら本当のことであるらしい。
「ヴ、ヴィルシュハーゼ伯爵は馬が平気なのか?」
「もちろん……」
「私はダメだ……。揺られていると気持ち悪くなる……」
「慣れの問題。騎兵の指揮官なのに馬に乗れないのはまずい。交代した方がいい」
「……」
「ペルシュワカと交代すべき」
「しかし、兄の仇のこともあるし……」
蒼ざめた顔だが引き下がるつもりはないらしい。ルヴィナは唇を尖らせる。
「気持ちは理解する。しかし、動けない指揮官は迷惑。私も困るし、ここにいる兵士も困る。歩兵の指揮をすべき」
「……そこを何とかお願いできないだろうか?」
シャーリーの懇願するような物言いに対して、ルヴィナは全く表情を変えない。
「交代すべき。貴殿が自分から申し出しないのなら、私が要求する。どちらがいいか?」
「……うっ」
シャーリーはたじろいだ。
ルヴィナがブローブやリムアーノに要求して交代ということになると、今後の軍での活動に支障をきたす可能性が大きい。何といってもルヴィナは圧倒的な存在感があり、今後軍の大黒柱になる可能性が高い。その人物に排斥されたという記録があると、今後も主要な役回りからことごとく外される可能性があるからだ。自分から申し出た場合なら、そのようなことはならない。
「貴殿は兄の後を継いで日も浅い。できないことがあるのは仕方ない。昨日の話は評価している。次に頑張ればいい。それに歩兵部隊はリヒラテラに残る。兄の仇は残った方が取りやすい。メルテンスはリヒラテラ城内にいるのだから」
「……承知しました」
シャーリーはガックリと首を落としたが、それ以上異議を唱えることない。馬車に本隊まで下がるように指示を出した。
二時間後、ティプー・ペルシュワカがシャーリー・ホルカールに代わって前に出てきた。
「大将軍の命令で、騎兵隊の指揮を任されました。よろしく頼みます」
現在35歳。ルヴィナよりは15年、年長であるが、ルヴィナの前でキャリアや年齢を威張ることは一切ない。
非常に分かりやすい理由で、ペルシュワカはルヴィナに対しては恩義があり頭が上がらない。彼は第一次リヒラテラの戦いで、油断からレビェーデ隊に自軍を打ち破られるという失態を演じた。そのため、しばらくは肩身の狭い思いをしていたが、イルーゼン遠征でルヴィナとリムアーノの配慮によって功績を立てることができた。いわばルヴィナのおかげで失地挽回ができたという経緯があったからである
「オトゥケンイェルには偵察隊を派遣している。何もないなら、示威行動だけして下がる。万一迎え撃つのであれば、叩いて帰る」
「承知しています。いきなりの交代でびっくりしていますが、ホルカールの分も頑張ります」
「私に敬語はいらない。こそばゆい」
「はあ……」
「ひとまず、オトゥケンイェルに着くまでに軍の掌握を頼む。ホルカールとペルシュワカは仲がいい。問題ないと思っているが、よろしく頼む」
「はい。それは任せてください」
ペルシュワカが去っていくと、ルヴィナは大きく息を吐いた。
「音楽で指示を出せない者は面倒くさい。スーテルに代わってもらいたい」
クリスティーヌがいつも通りの呆れた顔で応対する。
「そういうわけにはいかないでしょ。あんたはいずれ大将軍になるんだろうし」
「大将軍?」
「現在のブローブ、ヴィシュワ体制が終わったら、ルーとリムアーノ・ニッキーウェイの時代でしょ。あんたが宰相をやるのは絶対に無理だろうから、リムアーノが宰相で、あんたが大将軍」
「……面倒くさい。レビェーデあたりをスカウトして、奴を大将軍に置けばいい。奴は私の上に行きたがっているし、ちょうどいい」
「それはあんたとレビェーデで話し合ってちょうだい」
「はぁ……」
そんなやりとりをしながら数日前進していると、リヒラテラ城が前に見えてきた。前回はその前方数十キロにホスフェ軍が掘を仕掛けて待機していたが、今回は堀もないし、兵士もいない。籠城している人数が多いということは、城内の旗や活気などから容易に想像できた。
各部隊がリヒラテラ城に到着し、城内の様子を警戒しながら布陣を開始した。
「よし、それでは行こう」
味方の布陣を確認し終えると、ルヴィナは騎兵隊を連れてリヒラテラの北側をそのまま西へと進み始めた。
その後ろをペルシュワカの部隊が追いかけてくる。
ホスフェ首都オトゥケンイェルへ向けての示威行動の開始であった。
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