第7話 死神の価値

 リヒラテラ城内にいるラドリエル・ビーリッツの目にも、迫るフェルディス軍の姿ははっきりと見える。


「七万の軍が広がっているのを見るのは中々壮観だな……」


 隣にいるフィンブリア・ラングロークに話しかける。フィンブリアも多少気圧されているような顔で眺めていた。


「明日から早速攻撃をしてくるかもしれないな。休憩を取るか」


 ラドリエルをはじめとしたホスフェ軍は、フェルディスが11月半ばという時期にリヒラテラに押しかけてきたという事実を消化しかねていた。


 そもそも、フェルディスがリヒラテラを攻撃するのは翌年の選挙に対して影響を及ぼしたいからである。となると、年をまたいで攻撃をしたいとは考えていないはずだ。


 とはいえ、今回ホスフェ軍はリヒラテラ城を徹底的に防御する構えである。不測の事態が起きない限り長期戦は必至である。


 仕掛けてきた時期に矛盾がある。ラドリエルはそういう認識を抱いている。



 これに対して、フィンブリアはフェルディスの選挙妨害の可能性も指摘していた。つまり、リヒラテラを通り越して、背後にあるオトゥケンイェル等に示威活動をするという方針である。


「城を包囲しつつ、オトゥケンイェルに何度も嫌がらせを仕掛けて、不眠状態にする。市民達は『メルテンスは首都も守れない最低の奴だ』と思うようになる。これで報復しようというわけだ」


「なるほどね」


 それだけのために七万もの軍勢を派遣するだろうかという疑問はあるが、理解はできる。また、仮にフェルディスの狙いがそこにあるのなら嫌がらせはさせてやってもいいのではないかとも感じていた。


 現状こそ、協力関係にあるが、それ以前はフグィもオトゥケンイェルの面々には攻撃を受けていた間柄である。


 できることならば、執政官バヤナ・エルグアバもメルテンス・クライラも落選してほしい。もちろん、ホスフェ軍が被害を受けるようなことは避けたいが嫌がらせだけならやってくれてもいいという思いもあった。



 そうした考えのある中で、フェルディス軍の動きを眺めている。


「おっ?」


 一部隊が街道を西に向かっていく様子が見えた。


「フィンブリア、おまえの言う通りのようだな」


「ああ、旗は何だ? あの盾に獅子があるのはホルカール家の軍だな。もう一方は、黄金地の旗に鎌をもった死神……、何だ、見たことも聞いたこともない旗だな?」


 フィンブリアの何気ない言葉にラドリエルが驚いた。


「金色の死神だと?」


「知っているのか?」


「……最初のリヒラテラの戦いで、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼがコーテス・クライラを討ち取った様を見て、フェルディスのブローブが『死神のようだ』と評したらしい。そして、ルヴィナの髪は見事な黄金だという。つまり、黄金の死神ということは……」


「ルヴィナ・ヴィルシュハーゼの隊、ということか……」


 二人は顔を見合わせる。


「どう思う?」


 少し時間を置いてフィンブリアが尋ねた。ラドリエルが「どう思うとは?」と返す。


「オトゥケンイェルを狙うとしても、嫌がらせ以上のものはないはずだと思っていた。歩兵を連れていくには距離がありすぎて兵站が続かない。騎兵なら到着することはできるだろうが、騎兵で城を落とすというのは常識では考えられない」


 フィンブリアが「そう。常識では考えられない」と繰り返し言い、腕を組む。


「だが、戦場を縦横に駆け巡り、コーテス・クライラを一撃で打ち砕いた部隊だ。常識外のことをやってのける可能性があるだろうか?」


「いや、それを私に聞くのは筋違いだろう」


 ラドリエルは苦笑した。フィンブリアのような問題児が指揮官を任せられているのは、軍事経験と知識を評価されているからである。軍事的なことを質問するというのは責任放棄ではないか。


「筋違いかもしれんが、あいつならやりかねんというのはあるぞ」


「しかし、そう思わせておいて、出てきたところを迎え撃つつもりかもしれない」


「ああ、その可能性も十分にありそうだ。となると」


 二人の意見は固まった。


 こういう時のための総大将である。意見を投げて、判断をさせてしまえばいいだろう。



 二人はメルテンス・クライラに面会を求め、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼとホルカール隊の騎兵が西に向かっていることを伝えた。


「騎兵で城塞を落とせるとは思えないのですが、念のため報告をと思いまして」


 ラドリエルが報告に来た理由を説明するが、メルテンスは心ここにあらずという様子で聞いている。


「間違いなくルヴィナ・ヴィルシュハーゼなのですか?」


「間違いなくとまでは言えませんが、黄金の死神といった旗を用意している部隊は前回いませんでした。これまでの情報と照合する限り、彼女である可能性が高いかと思います」


「となると、オトゥケンイェルまで行かせるのはまずいな」


「……?」


「……ラドリエル殿、リヒラテラは任せた」


「えっ? 一体、どういうことですか?」


 いきなりの事態にラドリエルは「しまった」と考えた。


「まさか、父親の仇を討ちたいと?」


 メルテンスは政治家としての才能が高いように見えたので、ルヴィナが彼の父コーテスを討ち取ったという実績については特に考えていなかった。しかし、素朴な親子の感情を有しているのであれば、父の仇が戦場を行き来しているのを良く思わないのは確かであろう。


「それももちろんあるが、仮に奴らが落とすつもりもなくオトゥケンイェルを攻撃した場合には最終的には逃げ帰るということであろう?」


「そうですな……」


 ラドリエルは再度「しまった」と思った。


「となると、執政官や我々のライバルがルヴィナ・ヴィルシュハーゼを追い払ったという虚名を得ることになる。それはまずい。攻撃をして引き上げてきたところを待ち伏せして叩くことにする」


 全軍をあげてリヒラテラに籠城をし、フェルディス軍全軍を追い払う。もちろん功績であるが、ホスフェ市民にとっては当たり前の出来事である。一方、少数の兵でオトゥケンイェルをフェルディス最大の名将から守り切ったとなると、その者の威勢が上がり、逆に素通りさせてしまったメルテンスらは「何なのだ」ということになってしまう。


 その仕組みはラドリエルも理解した。


 しかし、だからといってルヴィナ・ヴィルシュハーゼに野戦を挑むというのは危険極まりない。メルテンスが死ぬだけならどうでもいいのだが、そこにホスフェ兵が多く巻き込まれるとなると、今後のホスフェの維持にも関わってくる。


「……相手がそんな簡単な策に引っ掛かるとは思えないのですが」


 ラドリエルは止めようとするが、一度妄信にかかったメルテンスを変えることはできない。数分の押し問答の末、リヒラテラの責任を任されてしまうことになった。



 ルヴィナ・ヴィルシュハーゼを中心にフェルディス軍が立てた計算は概ね間違っていなかったが、一つだけ彼女達が見落としていた誤算があった。


 15歳にして、味方総大将の危機を救い、敵軍総大将を討ち取り、稀代の女将軍としてのルヴィナの名声である。


 勝敗とは別の、ルヴィナと交戦する価値。


 こればかりは、本人のいる陣営には気付く由もなかった。

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