第5話 リヒラテラを超えて
夕方、会議室に主要なメンバーが顔をそろえて軍議となった。
四年前は、おまけのような扱いであったので隅で座っていただけであったが、今回はリムアーノの隣とかなり目立つ位置に座らされる。
ただし、進行は前回と同じである。隣にいるリムアーノが起立して、秘書のファーナ・リバイストアと共に概要の説明から始める。
「今回、フェルディス軍は総勢六万八千という軍勢でリヒラテラを目指すことになります。お集まりいただきましてありがとうございました」
一礼をしている間にファーナが黒板に地図を書き加えている。
「ホスフェ側ですが、五万弱程度の兵が集まっていると聞いています。今回、救援に来る勢力はないようです」
リムアーノが言葉を切って、周囲を見渡す。特に話をする者はいない。
「恐らくホスフェは籠城に出て来るのではないかと思いますが、ヴィルシュハーゼ伯爵はいかがお考えでしょうか?」
「むっ?」
唐突に指差されて、ルヴィナは戸惑いつつも立ち上がる。
黒板を見ながら考える。とはいえ、考えているのは作戦のことではない。
(これを言ってしまって、いいものかどうか)
下手に言ってしまい、全面的に採用されるのは面倒である。正確には、軍での存在感が上がり、警戒されるのが面倒である。
とはいえ、不在期間中に相当待ち望まれていたことは理解している。今更自分が無能を装うのも、相手には分かっていることで無駄な労力という思いもある。
仕方ない、ルヴィナは自分の考えを説明することにした。
「ホスフェは選挙が近い。メルテンスが一番避けたいことは何か?」
ルヴィナの言葉に、一同が顔を見合わせた。
「自分が選挙で負けることですか?」
ブローブかリムアーノが答えるだろうと思っていたら、意外な方向から答えが飛んだ。声の主を見て、ルヴィナは首を傾げる。
「ホルカールか。どういうことか?」
というブローブの言葉で、彼がホルカール伯なのだと知る。ルヴィナの知っているホルカール伯爵マハルラは二年前に戦死したので、その弟シャーリーということなのであろう。
細身でやつれた顔をしている。活発で体格も良かった兄とは正反対であった。その細身の男が鈍い動きで立ち上がり、説明を始めた。
「メルテンスにとって一番大切なことは来年の選挙で勝つということです。そのために今回、きちんと守り切らなければいけません。また、ホスフェが負けていると思われることも避けたいと考えています」
リムアーノが頷いている。理解していたが、司会進行をしているので言葉を挟まなかったのであろう。
ブローブもその時点で理解したようだ。
「そうか。リヒラテラを無視して、一隊をオトゥケンイェルに派遣して焼き討ちでも仕掛ければいいわけだな」
「……と愚考いたしましたが、ヴィルシュハーゼ伯爵の答えはいかがでしょう?」
ルヴィナは大きく頷いた。
「騎兵を中心に素通りする。オトゥケンイェルが危険だと思わせる。領民はメルテンスを疑う。それが怖いから、メルテンスは出て来るしかない」
オトゥケンイェルの市民にとって、戦場はリヒラテラ等東部で行われているという認識である。自分達の近場には来ないと思っているから、他人事のようにナイヴァルに援軍を要請したり、反発したりとできる。
仮にフェルディス軍がオトゥケンイェルまで攻撃をできるとなれば、全く事情が変わってくる。メルテンス・クライラは首都を危機に陥れた危険な存在という認識に変わり、前回の戦いで勝ちえた名声は地に落ちることになる。
「従って、リヒラテラに籠城などしていられない。出て来るということになるわけですな」
「その通り」
ルヴィナはシャーリー・ホルカールを見た。見た目は頼りなさそうではあるが、それについては人のことを言えたものではない。
(兄はいい奴だが、正直、馬鹿だった)
ホルカール家は代々武人の家であるから、シャーリーのような虚弱体質は評価が低かったのかもしれない。しかし、このひ弱な弟は兄よりも頭を使えそうである。
「では、騎兵を指揮するヴィルシュハーゼ伯とホルカール伯にはリヒラテラを通過して、相手を呼び寄せる陽動行動を取ってもらいたい。いかかが?」
「私は構わない」
「了解しました」
ブローブの提案にルヴィナに続いて、シャーリー・ホルカールも了承をした。
「残りの部隊はリヒラテラを包囲しつつ、陽動に釣られた部隊を叩き潰すことにしよう」
方針が決定し、軍議は終了した。
ルヴィナはヴィルシュハーゼ隊の宿舎へと向かい、スーテルとクリスティーヌに説明をした。
「……自ら陽動作戦を買って出たわけ?」
「問題ない」
「いや、問題はないけれど、少し前まで目立ちたくないとか言ってなかった」
「言った」
「で、陽動部隊っていう目立つことを引き受けるわけでしょ?」
「陽動ではない」
「……?」
「大将軍は陽動と考えている。しかし、オトゥケンイェルまで行った方がいい。やるなら、とことんやる。陽動目的だと、メルテンスにばれるかもしれない」
「それは……ますます目立つわね」
「仕方ない」
「……二年半の間に、何か心境の変化があったようね?」
クリスティーヌが探るような目線を向ける。
「あった。世界は広い。ノルンは更に上を目指している。このままでは置いていかれる。姉のことを忘れたわけではないが、そこにばかりこだわってもいられない」
「ルーがそう言うなら仕方ないわね。だったら、ヴィルシュハーゼがいないとフェルディスは何もできないって言われるくらい徹底的に活躍してやりましょ」
クリスティーヌがニヤッと笑って、スーテルを見た。彼も気構えはできているらしい。自らの二の腕を大きな音を立てて叩く。
「オトゥケンイェルまで行きたいのはもう一つ理由がある。国のために戦う市民がどの程度強いのか、見てみたい」
「国のために戦う市民?」
「ホスフェの兵士は、同時に有権者。彼らは自分達のことを決める。だから必死で戦う。フェルディスの兵士は生まれながらの者もいるが、ほとんどは強制的に誘われたか、金。戦う理由は弱い」
「まあ、そういう風に見ることはできるわね」
「四年前の戦いで、ホスフェは全体的に強かった。オトゥケンイェルには指揮官はいない。そんな中で彼らがどれだけ抵抗できるのか見てみたい」
「でも、指揮官がいないわけだし、余裕で勝てるんじゃない? ああ、執政官とかは残っているか」
とはいえ、執政官バヤナ・エルグアバらは完全に文人と聞いている。まともな指揮ができるとは思えない。
ルヴィナは首を横に振った。
「私の想像は逆。メルテンスは弱い、オトゥケンイェルの連中よりも。彼の父もそうだった」
「確かにコーテス・クライラはたいしたことがなかったけれど」
クリスティーヌは分からないという様子でスーテルを見た。こちらも理由が分からないようで首を傾げている。
「今のところ私の推測。間違っているかもしれない」
「だから確認してみたいというわけね。推測が合っているか確認するためにわざわざ軍を派遣して、首都を攻撃するなんてつくづく奇特な存在よね。あたし達は」
と、呆れ果てたような声を出しながらも、クリスティーヌの表情は明るい。
主人が変人ぶりを発揮して、下が首を傾げつつも真面目に従って、相乗効果を出す。
ヴィルシュハーゼ家らしい回転が再び始まろうとしていた。
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