第4話 シェローナの動き
シェローナにアムグンが到着したのは十月末であった。
レビェーデはその日の夕方、訓練が終わってメイネル・クラーミア宮殿に戻ってきたところで出くわすこととなる。
「やあ、レビェーデ」
「おぉ? アムグンじゃないか。随分と久しぶりだが、おまえは全然変わらねえなあ」
レビェーデが驚くのも無理のない話ではある。アムグンは既に50に近いが、会った時とほとんど変わりがなく、はた目には三十前でも通用しそうな顔立ちのままだ。
「そうかな? 君もそれほど変わりがないように見えるが」
「いや、俺はまだ二十代だからそんなに変わることはねえよ。おまえは年齢的にはそろそろ爺さんになっても不思議はないのに、相変わらずだから驚いているんだよ」
「そう言われても私も特別何かしているわけではなかからなぁ」
本当に特に何もしていないらしく、アムグンはひたすら首を傾げている。
「まあ、外見も含めて元気そうで何よりだ。今回来たのはホスフェの件だろ?」
レビェーデの言葉に、アムグンの表情が沈む。
「ああ、既にディオワール市長と話をしていたが、厳しいという話だった」
「そうなるだろうな。正直、あと三年くらいは農地開発に労力を割くしかない。まだまだ農地開発中で兵糧の在庫もないからな。ホスフェが兵糧を用意してくれるというのなら別だが」
「それは厳しいな」
「となると、軍という形では動かせない。できるとすれば以前と同じく、何人か有志で助けに行くくらいになるが、前回メルテンス・クライラには大いに不愉快な思いをさせられたからな」
最初のリヒラテラで参謀として活躍していたノルベルファールン・クロアラントと、レビェーデらナイヴァルからの救援組は、メルテンス・クライラの政争の影響で激闘が全く報われなかったところは記憶にはっきり残っているところであった。
アムグンには協力したいが、メルテンスのために戦えるかと言われると、そんなつもりにはなれない。
「返す言葉もない」
「いっそ、こうすればどうだ? 確かフグィは北部部族と停戦していただろ? そいつらにフグィから見返りを出して、ちょっとした騎兵を出してもらうというのは。もちろん、俺達と比べたら頼りにならないだろうが、フェルディスからするとシェローナかもしれないと思うだけで警戒はすると思うが」
「……なるほど」
「俺が言えるのはそれくらいかねぇ」
「分かった。フグィに戻ったら、議員やグライベルさんと相談してみる」
「すぐ帰るのか?」
「断られたということも早めに言わないとまずいだろうからな。明日には戻ることとするよ」
「そうか。たまにはサラーヴィー達も交えてプロクブルの時の話でもしたいが、お互い立場もあることだし、仕方ないな。まあ、頑張ってくれ」
アムグンと握手をして、宮殿の中に入る。奥のディオワールの執務室に行くと、先程まで一緒に訓練にあたっていたサラーヴィーの姿もあった。
ディオワールは入ってきたレビェーデを見て、ニヤッと笑う。
「その顔を見ると、ホスフェの使節と話をしたようだな?」
「バレたか?」
「何か言いたそうな顔をしているからな」
「言いたいことはないぞ。俺だって、シェローナの現状は理解している。それにフグィの面々はともかく、ホスフェの連中は信用できないし、助けたいって気にもならないしな」
そう言って、サラーヴィーに「おまえも同じだろ?」と同意を求める。
「実はさっきまでそう思っていたし、ホスフェからの者にも同じ話をした。しかし、その後、少しエルウィンと話をしてな」
「エルウィンと?」
レビェーデは目を丸くした。
メルーサ家の二人の息子、カルーペとエルウィン。
二人はレビェーデの妻イリュリーテスの同郷の人物でもあり、前年には共にフェルディスの帝都カナージュに潜り込んだこともある。
目的達成の過程において商人としての有能さを目の当たりにしたレビェーデは、終わった後にレファール共々自勢力に誘ったのである。結果、兄のカルーペがレファールについていき、弟のエルウィンがシェローナに来た。
ディオワールも含めて、シェローナの上層には腕っぷしの強い者は多いが、頭脳作業が得意なものはいない。参謀や軍師というような立場ではないし、そうした思考は持っていないが相談役としてエルウィンは重宝されていた。
「エルウィンが言うには、シェローナが全力で協力するのはナンセンスであるが、今後のミベルサ東部の状況を見定めるうえでも、何人かの者を派遣して、戦闘はもちろん、前後の状況を観察しに行った方がいいのではということだ」
「なるほど……」
「ということで、サラーヴィーとガネボに行ってもらおうと思っている」
「おっ? 何で俺が除外なんだ?」
レビェーデがムッとなって答えると、サラーヴィーが笑いながら言う。
「子供が出来るまでは嫁さんの近くにいてやれよ」
「うむ。それは私も同感だ」
ディオワールも頷き、レビェーデはますます不機嫌な顔をする。
「それは関係ねえだろ。そういうことも含めて、戦場に出る男と結婚するんだとイリスには言い含めてあるわけだし」
「我儘を言わないでください」
後ろから声がした。振り返るとエルウィンの姿がある。
「シェローナの防衛も必要ですから、毎度毎度レビェーデ将軍とサラーヴィー将軍が揃って出て行かれても困ります」
「おまえ、カナージュに行く時は一緒だったくせに……」
「それはそれ、これはこれです。ホスフェに派遣する目的は人助けではなく、あくまでフェルディス、ホスフェ、ナイヴァルの今を見るということです」
「むっ……」
「レビェーデ将軍とサラーヴィー将軍が揃ったら、勝手に戦闘に参加しかねません。目的がパァになってしまう可能性があります。ですから、今回はバラバラに行動してください」
「……そういう事情なら仕方ねえか。じゃあ、サラーヴィーとガネボが行くのか?」
「私も行きますよ」
エルウィンが答える。レビェーデは首を傾げた。
「おまえが言っても、特に意味はないんじゃないのか?」
エルウィンの能力は商人的な差配などである。ただ、戦場を観察するだけならサラーヴィーやガネボ他数名で十分であるはずだ。
「ホスフェが負けるとは思いますが、万一勝ってマハティーラを処刑するとかなったら、私にとっても仇なので一撃くらいくれてやりたいんですよ」
しれっとした物言いに、レビェーデは思わず声を荒立てた。
「お前なぁ! 人には勝手に戦闘に出るかもしれないと拒否しておいて、自分はいざとなったら仇討ちするってどういう了見だ!」
「私にとって仇討ちは人生の全てです。レビェーデ将軍にとって今回の戦いが人生に占める比率はほんのちょっとですよね?」
「畜生……、相変わらず口だけは達者だな」
呻くように言い、レビェーデは悔しそうに右手を強く握りしめるのであった。
派遣される一行が準備に出て行き、部屋にディオワールと二人で残される。話題がないので自分も出ようとしたところで、伝令が入ってきた。ナイヴァルの枢機卿が来たという。
「何だろうか?」
ナイヴァルとの関係は、シェラビーやレファールを通じて良好である。そのうえで枢機卿を派遣してくるというとなると、ナイヴァルの支援があるのかもしれない。
通せ、と指示を出し、程なくして頭髪の薄い貧相な男が姿を現す。
「ナイヴァルの新枢機卿でネブ・ロバーツと申します」
「シェローナ市長ディオワール・フェルケンである。用件は?」
「実は……」
切り出した話はシェローナと関係のあるものではなかった。カタン王女レミリア・フィシィールが立ち寄っていないかという話である。
「シェラビー様が大層評価しておりまして、もしいるのであれば連れ帰ってほしいと言われています」
「ふむ……」
ディオワールは「いないよな?」と確認するような視線を向けてきた。レビェーデが頷いて答える。
「来ていたのかもしれないが、我々に会いにきたことはないな。シェローナも知恵のある人材を欲しているから、挨拶にでも来たのならすぐに協力を求めるが、残念ながらそのようなことはない」
「そうでしたか……」
ネブは明らかに落胆している。
レビェーデもまた考える。
(レミリア・フィシィールならエルウィンよりもっと説得力があることを言いそうだし、あいつの方がいいよなぁ。ただ、やりこめられる時はエルウィンよりもっと酷いか……)
頭のいい人間は対処が難しい。レビェーデはそう思った。
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