第13話 ブネー班の巡回

「お仕事、お仕事、楽しいな」


 呑気な鼻歌を歌いながら、クリスティーヌ・オクセルは領内の巡廻をしていた。


 盗賊の活動には容赦しないルヴィナ・ヴィルシュハーゼがいるうえに、軍内の規律がもっともしっかりしているブネーである。どうせ盗賊行為を働くなら他の地域に回った方が遥かにマシであるし、実際にそうした犯罪は全く起きていない。


 それでも現在は領主ルヴィナが不在である。いない時に何かが発生して、「やはり領主がいないとダメだ」などといわれたくはない。


 必然、領内の警備への意欲は高い。ために、管理するクリスティーヌとしては非常に楽な仕事であった。


 領内の南西あたりを回っていた時、部下の一人が駆け寄ってきた。


「クリス様、ブネー管轄の少し外を、南に向かっている馬車がいます」


「南に?」


 クリスティーヌは首を傾げた。


 ブネーから南に向かっても町はない。実はかなり細いルートで南のディンギアとつながっているという話を聞いたことはある。かつてレファール・セグメントとセウレラ・カムナノッシの二人を捕まえたこともある。


 とはいえ、実際に見たことはないので、本当にあるのか定かではない。


「……ブネーの管轄外なのね?」


「はい。管轄外です」


「ふうん」


 クリスティーヌは少し逡巡したが、「一応、確認してみましょう」と向かうことにした。




 怪しい馬車は目いっぱいで走っているようだが、それでも馬車である。馬で追いかける側が圧倒的に速い。二時間もしないうちに馬は馬車を前方に確認した。


「そこの馬車、止まりなさい!」


 クリスティーヌが叫んだ。馬車がすぐに速度を緩めて停止する。


 近づいてみると扉が開き、一人の男が出てきた。顔に見覚えがある。思わず「げっ」と声が出た。


「ナイヴァルの……、レファール・セグメント枢機卿」


「久しいな、クリスティーヌ・オクセル殿」


 レファールは武器は持っていないようである。


「……ここで何をしているわけ?」


 一体何のためにいるのか、クリスティーヌには全く想像がつかない。


「貴公の領主と同じことをしていた」


「同じこと?」


 クリスティーヌの顔が険しくなる。


「追放されたとでもいうわけ?」


 尋ねると、一転してレファールが驚いた。


「えっ? ヴィルシュハーゼ伯爵は追放されたのか? てっきり、他の領内を調査しているのかと思ったが」


「あぁ……」

 クリスティーヌは合点がいった。ルヴィナが領内に不在であるということは知られているが、その理由は公表していない。クリスティーヌの認識としては、領内の混乱の責任をとっての放浪であったが、他の者からは他国を内偵していると思われていたらしい。


「……ということは、またまた、密入国をしたというわけ?」


「そうなるな」


 レファールは悪びれる様子もなく答えた。


「ただ、貴殿の領内に踏み込んではいない。怖いからな」


「こいつ……」


 クリスティーヌは思わず笑みを浮かべた。


 実際に領内にいなかったという確証は何もない。しかし、もちろん、入ったという証拠もない。


 そのうえで、「貴殿の領内に入っていない」というのはブネーの管轄地域をきちんと把握していることが伺われた。すなわち、レファールはクリスティーヌがこの場で直接自分達を調査できないということを理解している。もちろん、この地の領主に知らせて、引き渡すことは可能であるが、この地域の領主はマハティーラ派の者である。ルヴィナが関わり合いになりたくない人間であり、それはクリスティーヌも同じだった。


「……悪人ばかりが知識を利用してのさばるわけね」


「内偵行為はどこの国だってやっていることではないか」


「でも、悪事であることには変わりはない」


「それは認めよう。で、どうするね?」


「残念ながら調査権がないわ」


 クリスティーヌはお手上げとばかりに両手を広げた。


「それでは、失礼させてもら……」


 馬車に戻ろうとしたところで、レファールは足を止める。


「ヴィルシュハーゼ伯はいつ戻ってくるのだ?」


「あたしが聞きたいわよ、それ」


 当たっても仕方ないことは百も承知だが、クリスティーヌは眼前のレファールに文句をいう。


「ルーがいないせいでリヒラテラでは散々なことになってしまったし、はよ戻せと上がうるさいし、こっちも早く戻ってきてほしいのよ。もし、どこかでほっつき歩いているのを見たら、みんな発狂しそうなくらい怒っていたって言ってもらえる?」


「……承知した」


 レファールはそう言って戻っていった。


 しばらく眺めていると、馬車は出発した。


「中身の確認くらいしておいた方がよかっただろうか?」


 とも考えたが、仮に不都合なものが入っていた場合、レファールと押し問答になっただけであろう。


「ルーのいないところで、あいつのブネーへの敵意を招くことをする必要はないかしらね」


 クリスティーヌは部隊と合流した。高らかに言う。


「今、見たことは全部忘れること。いいわね?」


 ブネーの部隊もバカではない。全員が即座に納得した顔で頷いた。



 夕方、ブネーに戻ったクリスティーヌは領主館で、スーテルに報告する。


 レファールの件をどうしようかと思っていたところで、スーテルから尋ねてきた。


「西の街道で派手な殺人事件があったらしい」


「へっ? 西で、ですか?」


「ああ、マハティーラ閣下の配下が何者かに襲撃を受け、皆殺しになったのだとか」


 クリスティーヌは思わずギョッとなったが、なるべく平静を装う。


「しかし領主グルタはマハティーラ閣下に近い人ではなかったですか?」


「そうなのだ。だから、不思議ではある」


「マハティーラが追放されて半年が経過しましたし、勢力下の連中が仲たがいしているということでしょうか? いっそ、同士討ちして全員死ねばフェルディスも平和になるんですけどね」


「言い過ぎだぞ」


 スーテルが呆れた顔でたしなめてきたので、クリスティーヌは申し訳ありませんと頭を下げた。


「ただ、マハティーラ閣下の下においても何らかの勢力争いはあるのかもしれない、というのは事実かもしれないな」


 スーテルは真面目に腕組みをして考えている。


(これはレファールに会ったことはますます言わないほうがいいわね)


 クリスティーヌはそう思った。


 下手人は高い確率でレファール達だ。クリスティーヌはそう確信していた。


 一方でこれを公表しない方が得だとも思った。スーテルがそう考えているように、他の貴族も「マハティーラ勢力の内部分裂だ」と考えるであろう。


 そうさせておいた方が自分たちにとっても、フェルディスにとっても得である。クリスティーヌはそう感じていた。


 もちろん、この時点で南方のディンギアの状況が絡んでいるということは、彼らには知りようがない。


(そろそろ話題を変えたいわね)


 クリスティーヌがそう感じたところで、グッジェンが駆け込んできた。


「エルミーズのメリスフェール・ファーロットから、伯爵の返事の写しが届きました」


「何だと!?」


 スーテルが立ち上がった。グッジェンに走りより、手にしている手紙をひったくる。


 これで先ほどまでの話は立ち消えになった。クリスティーヌはこの場にいないルヴィナと、タイミング良く手紙の写しを送ってきたメリスフェール・ファーロットに感謝をする。


 どんなことが書いてあるのだろうと、スーテルを見たとき、彼はその場にへたれこんでいた。手紙がひらひらと舞い降りているので、拾い上げる。



『手紙は読んだ。気になる人間がいる。半年後、ブネーに帰る。ルヴィナ』



「アハ、アハハ……」


 乾いた笑い声が漏れる。


 あまりにぶっきらぼうな内容である。


 メリスフェールもあんまりだと思ったのだろう。彼女の書いた「私達は何も編集していません。本当にこれしか書かれておりませんでした。本当です」という手紙もついていた。


 そんな言い訳がなくても、自分たちの主人の性格は分かっている。実際、これしか書いていないのであろう。


「半年後にブネーに戻るということは、戻ってくるのは10カ月後くらいかしら?」


 大将軍ブローブは一年以内に再戦をしたいと言っていたが、それには到底間に合いそうにない。とはいえ、今からアクルクアまで引っ立てに行ったとしても遭遇できる保証もないし時間としては変わりないだろう。


 スーテルは溜息をついた。


「また大将軍から小言を言われてしまう」


「それでも、帰ってくる時期が分かりましたし、帰ってくるつもりでもいることが分かった分、良かったのではないでしょうか?」


 クリスティーヌは苦笑しながらスーテルを元気づける。


「次の戦いでは、我々だけでホスフェ軍全員倒せといわれるかもしれんぞ」


「まあ、そうなったら、ルーにそうしてもらいましょう」


 そうなった時、ルヴィナがどういう顔をして、何をいうか。想像するだけで面白そうであった。

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