第14話 春の訪れ

 一行がシェローナに戻ったのは、七月に入ってのことであった。


 メイネル・クラーミアに戻り、カルーペ、エルウィン兄弟が犯行声明を書き綴り、そこに『ディンギアの盟主シェローナの後ろ盾を得て』という文字を書き連ねる。


 これにより。


 ① マハティーラの部下が殺害されたのはかつてのディンギアでの所業に対する報復であること

 ② 今後、マハティーラへの復讐を目指すこと

 ③ 報復にはシェローナも協力したこと

 ④ シェローナはディンギアの盟主を目指しており、各部族・勢力間の調整を行うこと


 これら四つの事項を明らかにしたのであった。


 また、これら一連の行動により、メルーサ兄弟を始めとする旧北部商人勢力は仇討ちをなすことができ、シェローナはディンギアの盟主を目指すことを明らかにし、レファールはそのシェローナに恩を売れたというメリットがあった。



「いやあ、万事めでたし、めでたし」


 メイネル・クラーミアの食堂でレビェーデが悦に入っている。


「そうだな。おまえさんにはもう一つめでたいことがあるし、な」


 ディオワールがニタりと笑って、ワインを勧める。レビェーデは目を丸くした。


「何のことだ?」


「ワハハ、明日になればはっきりするだろう」


 豪快に笑って、ディオワールは彼にしては珍しく二杯程度で切り上げた。


 レビェーデは「何のことだ?」という顔をしていたが、しばらくするとワインが回ってきて、別の話題で楽し気に盛り上がるのであった。



 その翌日。


 レビェーデは兵士の訓練を兼ねてメイネル・クラーミアの中庭に出た。


「レビェーデ様!」


 そこに甲高い声をかけられ、目線を向けたレビェーデが「ゲッ」という声をあげる。


「レビェーデ様、ご覧ください。私、ここまでうまくなりましたのよ!」


 と高らかに声をあげるのはイリュリーテス・アルセレア。その下には……


「ちょ、おまえ、人の馬を!」


 レビェーデの愛馬シュールガの姿があった。


 しかし、日ごろシュールガの手綱を管理しているワーヤンとホーリャが近くにいるということは、了解を取ってのことであるらしい。


「ハッ!」


 イリュリーテスが声をあげると、シュールガが颯爽と駆けだす。


「こら、おまえ! 俺以外の奴を乗せるな」


 とレビェーデが彼らしからぬ情けない抗議の声をあげるが、シュールガは全く素知らぬふりで走っていた。


「おまえら、何であいつをシュールガに乗せたんだ!?」


「えっ!? バシアンでレビェーデ様はイリス様に『俺の馬に乗れるようになれば結婚を認める』って言ったんでしょ? ディオワール様も間違いないって言っていたし」


「何ぃ?」


 確かに「馬に乗れないから論外」だ、とは言った。しかし、「馬に乗れたら結婚する」などとは一言も言った覚えがない。


「最初二か月くらいは苦労していたけれど、毎日乗ろうとしているうちにシュールガも理解したみたいだよね」


「レビェーデ様より軽いし、シュールガも楽しそうに走っているよ」


 ワーヤンとホーリャは互いに顔を見合わせて頷いている。


「ぐぬぬぅ」


 レビェーデが奥歯をかみしめていると、向こう側から数人の男がやってきた。


「ほほ~、これは、これは」


 レファールもニヤニヤしているし、サラーヴィーは会心の笑みを浮かべている。


「良かったなぁ。これでもう決まりってことだな」


「いや、俺は『乗れない奴は論外だ』と言ったが、『乗れればいい』なんて言っていないぞ」


「おいおい、レビェーデ・ジェーナスともあろうものが何を情けないことを言っているんだ」


「全くだ。人に対しては『振られた』だの余計なことを言っていたくせに、自分のことになると逃げ回るのは姑息極まりないな」


 サラーヴィーとレファールの攻勢が続く。


 更にカルーペとエルウィンのメルーサ兄弟も現れた。こちらもにこやかな顔をしている。


「私達の集落は酷いことも多かったので、イリスが結婚できるというのは久しぶりの朗報ですよ。老人たちも喜んでくれそうです」


「くぅ~」


 そこにイリュリーテスが戻ってきた。


「どうでしたか? レビェーデ様」


 シュールガから飛び降りるように降り、息を弾ませながら尋ねてくる。数か月前の馬に対して怖気づくような様子は微塵もない。馬といることが楽しくて仕方がない様子であった。


 レビェーデは溜息をついた。


「イリュリーテス、一応言っておくが、俺は『馬に乗れない女は論外だ』と言ったのであって、『馬に乗れるなら結婚する』と言ったわけではない」


「はい」


 少し落ち込んだ様子で答えるイリュリーテス。周りからは「まだ言っているよ」、「男らしくないねぇ」というヒソヒソ声が聞こえてくる。


「だからもう二つ条件をつける。これを守るのなら、俺も了承しよう」


「はい。何でしょうか?」


 周りからは、「一つじゃなくて二つ!」、「何かねぇ、人間としての器が小さいよな」とチクチク刺すような言葉が聞こえてくる。


(人の器が小さいと、ヒソヒソ声で話すお前達は何なんだ)


 そんな文句も言いたくなるが、真剣な顔のイリュリーテスを前に深呼吸をする。


「まず、シュールガも含めて、俺にとっては馬も家族のようなものだ。それを理解してもらわないと困る、というのが一つ」


「はい。もちろん分かっています。もう一つは何でしょうか?」


「俺より先に死ぬな。一日でも一分でも長く生きろ」


 唐突な言葉に、イリュリーテスだけではなく、周りで茶化していた面々も真顔になる。


「俺は戦場の世界に生きている。いつ死ぬか知れたものではない。おまえはそういう男の妻になることを望んでいる。そうであるなら俺より早く死ぬことは許さん。必ず、俺の死を見届けること。それでも構わないというのなら、引き受ける」


「……承知いたしました。戦場に生きる者の妻の心得、胸に刻んでおきます」


 イリュリーテスが真剣な顔で頷いた。


「分かった。こんな男だが、よろしく頼む」


「は、はい!」


 イリュリーテスは顔を手で覆った。レビェーデはその腰を抱えて高く抱え上げる。


「よし、それじゃ、こいつに乗って帰ってくれ」


 とシュールガの背にイリュリーテスを下ろす。イリュリーテスが首を傾げた。


「そうすると、レビェーデ様は?」


「俺は新しい馬を探す。こいつは俺という男を乗せながら、別の者に背中を許しやがった。英雄を乗せる馬だという気概が足りない」


 英雄を乗せる馬は、その者以外を決して乗せてはならない。例え妻となる女であったとしても、別人をホイホイと乗せるような浮気馬は英雄の馬ではない。


「だから、新しい馬を探す必要がある。式を挙げたら、しばらくは馬探しだな」


 レビェーデの言葉に、周囲が再び首を傾げている。


「そういうものなのか?」


「知らん。まあ、あいつの馬へのこだわりは独特だから……」


 時は七月。もうすぐ春になろうという季節であった。

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