第12話 決行
その後、30分ほどカルーペとエルウィンの自慢話が展開され、そこから本題に入る。
「貴様達は保証が欲しいと言っていたな」
「はい。金貨500枚ほどでお願いできますれば……」
カルーペが揉み手をしながら言うと、マハティーラが笑う。
「いらぬ。この者を連れていくがいい。何かあった時、この者がおれば間違いがない」
「おおお、商人ギルドの方を伴うことをお許しいただけるとは」
カルーペは仰々しい態度で有難がっている。
レファールは首を傾げたくなった。
(ちょっと気前が良すぎないか? というより、かえって怪しいような気がする)
チラリとレビェーデを見た。同じく怪訝な顔をしていた。
「代わりに、今後もどんどんハルメリカからの商人を呼んでくれい」
その間も話は続いている。メルーサ兄弟はマハティーラの要求をそのまま受け入れるようであった。
ともあれ、商人ギルドの者を一人連れていくということで、最終的に決着した。
王宮を出ると、カルーペがマハティーラから預けられた男、名前をアンガルというらしい、を伴って買い物に出かけた。
二人がいなくなると、エルウィンが囁いてくる。
「良かったです。こちらが何かする前に、向こうからやってきてくれますので」
「……やはり、あいつは罠か?」
「罠も罠、大罠ですよ。カナージュから国境に向かうまでの人の少ないところに兵士を集めて、商人皆殺し。有り金奪い果たすつもりでしょうね。私達をハルメリカの豪商と信じていますから、今後探しに来るハルメリカからの捜索隊もあわよくばって思っています」
「……なるほど。襲撃にどのくらい動員するかね?」
レファールにとって気になるのは相手の人数である。多少の差であれば、サラーヴィー、レビェーデ、メラザが引き受けてくれるが、それでも千人とか二千人で来られてはどうしようもない。
「百人くらいは動員するかもしれませんね。ただ、夜、寝入ったところを見計らって呼び寄せて闇討ちしてくるはずなので、逆に待ち伏せしてしまえば余裕だと思います」
「なるほど……」
「マハティーラはさすがに動かないと思いますが、あの三人はついてくるでしょうね。兵士達は任せますが、あの三人の処分は私に任せてもらえますか?」
「あ、あぁ……、程々にな」
マハティーラも厄介ではあるが、メルーサ兄弟が実行犯に対してどんな復讐をするのかということもまた厄介なことであった。
一行はアンガルを伴って更に二日間ほど買い物をし、カナージュを出発した。
「はぁ。私の枢機卿としての報酬がほとんど香辛料になってしまった」
今回の資金については、もちろん、アルセレア家をはじめとした面々からも出されていたが、半分はレファールがこれまで貯めていた資金であった。
それが今や馬車の荷台に溜まりに溜まった香辛料の山となっている。
覚悟はしていたが、実際にその有様を見ると溜息もつきたくなった。
「バシアンかサンウマで売れば末永い収入になりますよ」
「……どうやって持ち帰るんだ?」
襲撃されて、反撃した場合、相手が更に追撃してくることは確実である。香辛料など積み込んで逃げることなどできようもない。
「お金を払って先に持ち帰ってもらうことはできますよ」
「……面倒だ。元々捨てたつもりのものだし、気にしないことにする」
「ハハハ、この馬車分くらいは諦めてください。残りは全部手配していますので」
エルウィンの言葉にレファールが目を見張る。
「あいつらもまさか香辛料まで回収するつもりはないでしょう。手配して8割くらいは別のルートでサンウマに届くようにしています。もちろん、何割かは事故や悪意によって届かないでしょうけれど、半分以上は届くんじゃないかな。少し色をつけて売ればレファール様の出資分に損はないと思います」
「……手配がいいな」
強すぎる復讐心をもつ兄弟と認識していたが、マハティーラとのやり取りも含めて、メルーサ兄弟はかなり差配の能力が高い。
(後方支援役として、今後こういう人物が必要になってくるのかもしれないな……。復讐心だけは何とかしてほしいが)
この二人の名前はよく覚えておこう、レファールはそう思った。
カナージュを出発すると、馬車はホスフェ方面へと向かう。襲撃された場合に主力となる、レビェーデ、サラーヴィー、メラザは三交代制で休みを多めに取り、攻撃に備える。
レファールは地図を眺めながら、襲撃ポイントを想定する。
(カナージュからホスフェに向かう場合、まずブネー周辺はないだろう。ルヴィナ・ヴィルシュハーゼはいないらしいが、あの家はしっかり管理されているから領内で迂闊なことはできないはずだ。また、ジャングー砦近辺になるとホスフェの攻撃を警戒するフェルディス軍主力がいるから、ここもないはずだ。となると、攻撃がありうるのはブネーからジャングー砦までの間、恐らくはブネーを抜けた次の夜くらいだろう)
アンガルが寝ている間に、推測を共有し、相手の襲撃に備える。
馬車はブネーを抜け、南西へと進路を取った。
その夜、レファールが横になりながら意識を研ぎ澄ましていると、見張り番のメラザにアンガルが声をかける様子が聞こえた。
「精が出ますなぁ。どうです、一杯?」
アンガルは少し酔ったような様子で声をかける。
「おお、いいな。それは」
メラザは応じたふりをして馬車の中に入った。横になっているすぐそばに来たところで。
「ぐえっ!」
メラザがアンガルを押さえつけた。それを合図に全員が起き上がる。
アンガルの持ち物を調査すると、小型の松明が出てきた。エルウィンがすぐに手に取り、馬車の外に出ると、火をつけて左右に振る。ほぼ同じく、レビェーデが弓をつがえ、サラーヴィーが長剣を手にし、メラザは丸太を抱えて下に降りる。
足音が聞こえてきた。
「眠ったか?」
という声が聞こえ、一瞬して、「お、おまえ達は?」と驚愕するような叫び声が響き渡る。それが開戦の合図となった。レファールも剣を構えて外に飛び出す。馬車の前後はサラーヴィーとメラザがものすごい膂力で長剣と丸太を振り回している。その下には哀れな兵士達が何人も転がっていた。
遠くから狙っていそうな連中は、レビェーデが次々と射止めていく。
相手はこちらが眠りこけていると思い込んでいたから無警戒に近づいてきていた。そのため、サラーヴィーとメラザの最初の一撃で半分くらいの戦力を失っていたようだ。レファールは念のため、周りを歩いて、動く様子が見えると走り寄って攻撃をするのみである。
「逃げろ、こいつら強すぎる!」
数分もしないうちに攻撃失敗と判断したのだろう、生き残った面々が街道を逃げ始めた。
「逃がすかよ!」
レビェーデが弓をつがえて、二発、三発と放つ。時間差をおいて悲鳴があがり、何かが地面に落ちる音が響いた。
「あーあ、弓であっさり殺ってしまったんですねぇ」
エルウィンとカルーペが落胆したような声を出した。
「仕方ないだろ? 暗い夜に逃げている奴を捕まえるなんてそんな器用な真似ができるか?」
「……仕方ない。あいつで我慢するか」
兄弟はアンガルを起こした。
「久しぶりだねぇ。その節はどうも」
「……?」
アンガルは気絶している間に全てが終わっていたこともあり、自分の状況が理解できていないらしい。目を丸くして二人を見ている。
「おまえ達、以前、今回の連中を引き連れて、ディンギア北部で好き勝手してくれたよな。亀のために何人殺してくれたんだっけ?」
その言葉でようやく相手が何者か悟ったらしい。アンガルはその場で失禁して泣き叫ぶ。
「あ、あれは私がやったんじゃないんだ! マハティーラ様が!」
「マハティーラもいずれ殺るよ。今はお前に対する復讐を果たさないとな」
二人の様子を見て、サラーヴィーが中に声をかける。
「悪いが、できれば馬車の外でやってくれないか」
「了解」
二人は縛られたアンガルを外へと引っ張り出した。
メラザとレビェーデも中に戻り、顔を見合わせる。外から断続的な断末魔の叫びが上がり続けていた。
「……残りの連中、俺達にやられて幸せだと思ってほしいな」
レビェーデがポツリと言う。まさにその通りだと思った。
二時間後、二人が戻ってきた。馬車に入るなり、着替え始めている。
「南に向かってディンギアへと抜けましょう。馬車はどこかで置いて行くのが吉ですね」
エルウィンは着替えながら、淡々と言った。まるで何事もなかったかのように。
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