第11話 王宮にて
市場で買いに買いまくった一行は夜になると、カナージュでも最も高級と言われる宿屋下の食堂で騒いでいた。
「この先も安全に旅をするからには、有力者の保証が欲しいなぁ」
エルウィンが周囲に聞こえるような声で話す。
「有力者の保証?」
「そうとも。有力者の保証があれば、安全な旅ができる。もちろん、おまえ達の力は信用しているが、保証はいくらあっても困るものではないから、な」
「そうか、そういうものか」
そうした機微についてレファールは知らない。初めて聞く話であった。
(元々ディンギアで商人をしていたというし、そうしたことには詳しいわけか)
そう考えると、昼間の豪商ぶりも納得がいく。
と、入り口の方でこそこそと去っていく者の姿が見えた。
「これで明日には接触してきますよ……」
エルウィンとカルーペがニヤリと笑った。
翌朝、同じ食堂で食事をしていると、宿屋の主人が近づいてきた。
「すみません、あちらの方がお話をしたいと言っておりますが」
主人の示す方向を見ると、三人の商人風の男がいる。全員笑顔であるが、どこかニタニタとしているような嫌味な笑い方にも見えた。
「構わないよ。連れてきなさい。このパンは中々いい生地を使っているね」
カルーペが答えると、主人が「ありがとうございます」と頭を下げ、入り口の男達に近づいた。共に近づいてくる。
「我々はカナージュの商人ギルドの者でございます。昨日は随分と羽振りのいい買い物をされたとか」
「うむ? あの程度で羽振りのいいなんて言ってもらったら困るよ。我々がその気になれば、一月に金貨10万枚は余裕だ。昨日は僅か100枚だからね」
(10万枚って、私が以前コルネーにつけられた身代金額じゃないか。本当に調子のいいことを言うなあ)
それだけの金貨があれば、重すぎて持ち運ぶだけでも一苦労である。
とはいえ、相手は真に受けたらしい。
「それは、それは……。我々、カナージュの商人ギルド総出でも一月でそこまでの豪遊は不可能でございます」
「君達は知らないのだろうな、ハルメリカの繁栄ぶりを」
兄弟二人がペラペラと話している。嘘か本当か分からないが、全く根拠のないこととも思えなかった。
「とはいえ、君達は我々の羽振りを聞きに来たのではないだろう。何の用かね?」
「はい。昨日、有力者の保証を求めていたと聞きました」
来た。レファールは内心、身構える。
「おお、貴殿達商人ギルドが出してくれるのかな?」
「いいえ、我々には武力の保証ができませんもので、そのご紹介をさせていただければと思いまして参りました」
「おお、それは、何とも頼りになる話だ」
「とんでもありません。これだけの方、末永くお付き合いできればと思います」
そう言って、三人は自分の席に戻っていった。あとは食事を楽しんでくれという意思表示なのであろう。実際、カルーペとエルウィンも食事に戻る。
「……一人の顔には見覚えがあります」
エルウィンが呪うような声を、絞り出すように言う。
「ということは、目指す連中があいつらということか。どうする? 闇討ちするか?」
「いいえ、ここは私と兄に任せてもらえないでしょうか?」
「分かった」
ここは二人の商人ぶりに任せた方がいいだろう。レファールはそう判断した。
食事が終わると、六人は自称商人ギルドの者に連れられて、カナージュ市内を回る。
「ほう、こちらは王宮のようだが?」
エルウィンが言った。言われて初めてレファールはそうなのかと辺りを見渡す。
「よくご存じで」
「知っているわけではないが、周囲を歩く者の服装が公人のものになってきている」
(そうなのか……)
レファールには考えたこともないことである。改めて、二人の商人ぶりを感心した。
事実、歩いているうちに官舎と思しき建物が増えてきた。その更に先の方に、石造りの壮麗な建物が見えてくる。
「王宮ではないか。ということは、もしやフェルディス皇帝が我々を保証してくれるのか?」
兄弟が大仰に驚いたふりをするが、ギルドの者は首を左右に振った。
「残念ながら皇帝陛下ではございません」
しかし、と笑みを浮かべて付け加える。「それに限りなく近いお方であります」と。
王宮に入ってからがまた長い。中庭を通り抜け、正宮と思しき建物の裏側に向かっていく。
「一体どちらに向かっているのだ?」
「着きましたらお分かりになります」
ギルドの者がそう答える。
レファールは馬車を見た。馬車の中には残りの金貨1800枚近くがある。ひょっとすると、最終的には自分達だけを建物の中に連れ込み、馬車をひったくる作戦もあるかもしれないと思った。
(建物の中に入るとしたら、どうするかな……)
二手に分かれて、馬車を守る者も用意するべきかどうか。
その考えは杞憂に終わった。裏側の建物の更に中庭に回ったところに、宝石をちりばめた豪華なローブをまとう若者がいる。一目見ただけで、この男がその有力者なのだろうと理解した。
(こいつがマハティーラか……)
皇帝以外で王宮におり、皇帝並みの保証が与えられる者といえばそれしかいないであろう。
(皇妃モルファはかなりの美人だと聞くが、こいつはそこまででもないな。もちろん悪いわけではないが、何というか、顔立ちが少し嫌味な印象だ)
「マハティーラ・ファールフ閣下である」
商人ギルドの者達の言葉に、エルウィンがまたまた派手に驚く素振りをした。
「これは、これは……高名なフェルディス皇妃の弟君でございましたか」
「そうだ。そして、将来は大将軍と宰相を兼ねるお方でもある」
商人ギルドの者の紹介に、レファールは思わず「そうなのか?」と思った。
(それが本当なら、フェルディスを倒すにはその時まで待った方がいいかもしれないな)
レファールはそんなことを思いながら、二人とマハティーラの話を待つ。
「アクルクアから来たらしいな?」
マハティーラが尋ねた。エルウィンが「はい」と恭しく頭を下げる。
「私達はレルーヴ公領の首都ハルメリカから参りました。ハルメリカというのはアクルクアはもちろん、ミベルサとガルスクスを合わせても最も栄えている三大陸随一の港町であるところです。当然、そこの商人も世界中を旅しています。私達は今までナイヴァルを中心に交易をしていましたが、北東にフェルディスという強国があると知り、興味をもちました。そこで今回はフェルディスまで向かおうと資金を用意してここまで来た次第でございます」
「ハルメリカというところは、このカナージュよりも栄えているのか?」
マハティーラの問いかけに、レファールは内心で笑う。
(いや、大きさと人口はともかく、ここならサンウマの方が上だろう)
エルウィンも「はい。ハルメリカには世界中のものが集まります」と堂々と答えて、マハティーラの意見を退ける。
「私共は先程、彼らに月に10万枚の金貨を使うと申しましたが、こんなものはハルメリカでは中級も中級。多いものは月に5000万枚を使うのが普通です」
それは盛り過ぎだろう、レファールは思った。金貨5000万枚など想像もつかない。
(そんな金持ちが何人もいるなら、ハルメリカはアクルクアもミベルサも支配できるのではないか?)
とはいえ、マハティーラはこれもまた真に受けたようで、「凄いところだな」と口にした。
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