第10話 大盤振る舞い
翌日、一行はシェローナから船でフェルディスへと向かった。沿岸部を回り北東へと進む。
以前、レファールはここからディンギア北東部に上陸して、セウレラを探し出した。更にその後、セウレラとともに、件のルートを使ってフェルディスに入ったこともある。周辺の地理について詳しいとまでは言えないが、必要なことを把握しているという自信はあった。
「なるほどねぇ。地理を知っている奴がいるというのは潜入するには都合がいいわな。じゃ、ディンギア北部からフェルディスに忍び込むということだな」
「そのことだが……」
ただ、レファールは潜入ルートについて別の考えがあった。
「私は、いっそ船でフェルディス沿岸まで行ってしまい、直接上陸する方がいいのではと思っている」
全員が「フェルディスまで?」と驚いた。
「ああ。私はフェルディスにしばらくいて、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼとも話をしていて気づいたんだが、彼らには海を使うという概念がない。恐らく陸で全て賄えるからだと思うが、海から来られるという認識も少ないと思う」
「南はディンギアで船なんか作る連中はいなかったし、北も内戦ばかりやっていて現在はソセロン、確かに海から攻められる心配もなさそうだしな。よし、ここはレファールに従ってみるか」
ということで、船はディンギアを更に北に向かう。この近辺は南から北に向かっており、緩やかながら潮の後押しを受けて進んでいく。
向かうこと二日、川のほとりに街が見えてきた。
「あの川から上陸するか」
レファールの指示を受けて、船は川へと近づいて行く。何人か船を見る者もいたが、「こんなところで珍しいな」という顔をしているだけで警戒する者はいない。何の妨害も受けることなく、船は陸地へと到着した。
川から上陸した一行は、近くにいた漁師らしき男に自分達のプロフィールを告げる。
「大きな街へ行ければと思うんだが、どのあたりにあるかな?」
「西に向かえばカナージュっていう馬鹿でかい街がある。大体二〇日くらいかなぁ」
めいめい、思わず近くの者と顔を見合わせた。どうやら最適の場所に上陸したらしい。
漁師に礼を言うと、レファールは一行を連れて近くの酒場に入った。
既に船上で何度も打ち合わせをしているが、改めての確認である。
「カルーペとエルウィンはアクルクアから来た商人で残りの四人は護衛、船が漂流してここに流されてきたという設定で行く」
レファールの説明に一同が頷く。
「で、せっかく帝都カナージュまで来たのでということで、二人は派手に色々なものを買い付ける。そうしているとマハティーラの一味が必ず乗り出してくる。そこからが勝負だ」
「まずはカナージュまで向かうことになるが、馬車は用意できないものかね? この金貨2000枚をもってずっと歩くのはまずいだろう」
サラーヴィーが金貨の入った箱を見つめる。
「確かに。買い物もするとなると馬車は必要だな。まずはここで派手に買ってみるか」
翌日、首尾よく馬車を手に入れると一行は西へと向かう。
「豪勢に馬車を買ったから、ひょっとすると、あの町から盗賊が追いかけてくるかもしれないな」
「……盗賊が来たとしても正直問題はないが、返り討ちにしたという話が伝わるのは望ましくないな」
何といってもここにはサラーヴィー、レビェーデ、メラザの三人がいる。大陸で五本の指に入るだろう豪傑のうち過半数がいるのであるから、少々の盗賊には負けるはずがない。しかし、盗賊を返り討ちにしたという話が伝わり、警戒されるのはまずい。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ? 素直に取られておけというのか?」
「いや、もちろん、襲われた場合には返り討ちにするしかない」
サラーヴィーに不機嫌そうに聞かれ、レファールは苦笑しながら答えた。
幸い、途中の道程で盗賊などに出くわすことはなく、一行はカナージュへとついた。
「なるほど。確かに馬鹿でかいな」
一行も驚いているが、それはレファールも同じであった。過去、サンウマやコレアルといった大きな都市にいたことがあるが、大きさという点ではカナージュが群を抜いている。
「それでは早速」
カルーペとエルウィンの二人が、先頭切って市場へと向かう。恰幅のいい女が店先に立っている香辛料の店に向かい、エルウィンが声をかける。
「すみませんねぇ。我々はアクルクアから漂流してきた商人でして、せっかくここまで来たので、何か土産となるものを買いたいんですけれど、何を買えばいいですかねぇ」
「アクルクア? 聞いたこともないところだね。土産となるものと言われてもねぇ、この辺りは蒸し暑いから食べ物を買ってもすぐにダメになっちまうよ。ウチにある香辛料は日持ちするけどね」
「おお、香辛料! いいですね。ではここにあるものを全部ください」
「このコショウ……、何だって?」
女性の目が点になる。
「香辛料はあっても困りませんからな。全部買いましょう。いくらになります?」
女性が慌てて店にある香辛料の量と値段を計算しはじめる。しばらくして、「金貨16枚だよ」という回答を得ると。
「何と? たったの16枚とは」
エルウィンは大仰に驚いたフリをして馬車に手を伸ばす。レファールが木箱から16枚を取り出すと、「あと4枚」と20枚寄越すようなジェスチャーをする。
「……」
金貨20枚を渡すと、エルウィンは「16はアクルクアでは縁起の悪い数字でねぇ。20枚渡しましょう」とわざわざ大きな音をたてて女性に支払った。ぽかんとした顔をしている女性を後目にエルウィンは「君達、早く積み込んでくださいよ」とサラーヴィーとレビェーデに声をかける。
「……何で俺達がこんなことを」
護衛役である以上、逆らうわけにも文句を言うわけにもいかない。二人はブツブツと言いながら、香辛料を次々と馬車に積み込む。
「もう載りませんぜ」
サラーヴィーが答えると、エルウィンは「ふむ」と頷いて、「では、馬車をもう一つ買いますか」と辺りを見渡した。その時点では既に通りにかなりの人だかりができており、何人かが「ウチは馬車を取り扱っています!」と名乗り出る。
「さすがに馬車を余分に何台もというわけにはいきませんからね。では、貴方のところで買いましょう」
と、目立たない老人を指さした。老人は大喜びで、他の者が「いいなぁ」という羨望の視線を向ける。
「目立てとは言ったが、目立ちすぎだろ……」
レファールは頭を抱えた。事が終わった後は逃げ帰る必要がある。しかし、これだけ派手にやると、多くの者にエルウィンとカルーペの顔を覚えられてしまう可能性が高い。
逃げ帰る際の困難を想像し、レファールは思わず溜息をついた。
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