第9話 フェルディスへ

 船に乗ること一か月、レファールとメラザはシェローナへと到着した。


「以前に比べると、多少は拡張されているといったところか」


 シェローナに来るのは二年ぶりであるが、その間も着々と建設は進んでいるらしい。レビェーデが言っていたように、北の方の農地も広がっている。


「シェローナ周辺だけで一つの国として形成できそうだな」


 海運に適した場所があり、そこに農地もある。商業も農業も展開が可能な理想的な場所である。


(本格的に完成して、トップが変わればサンウマのライバルになるのかもしれないな)


 そんな予感も生じる。現在の建設責任者ディオワール・フェルケンやレビェーデ、サラーヴィーは軍政までは行えるだろうが、シェラビーのような野心は持ち合わせていない。しかし、仮にそうした人物が立てば、ミベルサ南部の制海権を巡り争いが生じるかもしれない。


(ま、そうは言っても10年くらい先の話だろうな)


 レファールは城というには質素な城へと向かった。


 いつの間にやら『メイネル・クラーミア』という大層な名前がつけられていた。しかし、華美さは全くなく、とりあえず住めて、会議などができてと機能性のみで作られている印象がある。


「私はナイヴァルのレファール・セグメントというが、ディオワールのおっさ……、おっと、ディオワール殿はおられるか?」


 レビェーデやサラーヴィーの日頃の会話が伝染ってしまっており、つい、「ディオワールのおっさん」と呼びそうになってしまい、レファールは慌てて訂正する。


「ああ、レファール様ですね。少しお待ちいただけますか」


 応対に出た者には見覚えはない。ということは、プロクブルでレビェーデ達と共にいた傭兵ではなく、このシェローナで採用された者であろう。それでも、レファールという名前で伝わるということは、レビェーデやサラーヴィーがよほど話題にしているに違いない。


 すぐにディオワールがやってきた。相変わらずの筋骨隆々とした体つきにメラザが「おぉ」と声をあげる。


「おお、これはレファール猊下ではありませんか」


「猊下はやめていただきたい」


 レファールは苦笑して答えた。ユマド神信仰について一般人とさほど変わらないレファールであるが、ディオワールの重々しい口調で「猊下」と言われると本当に自分が宗教の秘儀を行えるかのような錯覚を受ける。


「レビェーデとサラーヴィーとの間で、ここで落ち合う話をしていたのですが、まだ戻っておりませんかね?」


 レファールの質問にディオワールは「戻っていない」と答えた。


 となると……。レファールは北西の方に視線を向ける。ホスフェにいるという男子共を連れてくるのに手間取っているのか、あるいはフェルディスが動いたりして別の仕事ができてしまったのか。


「ホスフェ方面で動きはないですか?」


「ありませんな」


「それでは、しばらくは待つしかないですね」


 レファールの言葉に、メラザが「待ってました」とディオワールに話しかける。


「明日で構いませんので、一度手合わせ願いたいのですが、いかがでしょう?」


 ディオワールはにやりと笑う。


「明日だと? 随分と弱気な男だな。わしは今からでも全く構わんぞ」


 二人は意気揚々と外へ出て行った。一瞬、見に行こうかという気になったが。


(ま、あの様子なら明日もやるだろう。私は疲れた……)


 体を休めることを優先した。



 二時間後、城の応接室に呼ばれて食事に預かる。農地の更に北に行けば、牧畜も行われているし、南は海ということで肉も魚もふんだんに使われている。


(レビェーデは食料だ足りないと言っていたが、いずれは大食料貯蔵地になりそうだな……)


 田舎風の濃い目の味付けを堪能しながら、ディオワールの故郷について尋ねる。


「その後、本国の方はどうなのですか?」


「ええ、現在も交戦中ですが、あと五年も経てば勝利するでしょう」


「五年ですか。中々長期戦になっていますね。その後は以前言われていたように、こちらに来るということなのでしょうか?」


「そこまでは分かりませんねぇ。陛下は何をされるか、考えられるか分からないお方です。終わったころには全く違うことをやり始めるかもしれません」


「その場合、将軍はどうされるのですか?」


「そうなったら、ここはレビェーデかサラーヴィーに任せて帰国ということになるでしょうな」


「それはディオワール殿にとっては悲しい展開ですね」


 と答えるが、内心では「そうなってくれれば我々は楽なんだがな」という思いも抱く。


(ここは発展すれば厄介極まりない……)



 レビェーデとサラーヴィーがシェローナに到着したのは十日後のことであった。


「本当に疲れる連中だ……」


 レビェーデは船から降りるなり、げんなりとした様子で溜息をついた。滅多に見ない彼の様子にレファールは驚く。


「どうしたんだ?」


 と尋ねると、レビェーデは無言のまま後ろに視線を向けた。そこに険しい視線の男がいる。背丈も体格も目を引くものはないが、とにかく視線が険しい。


「あいつらがやばいんだよ」


「……おまえの方が強そうに見えるが」


「そういう意味ではなく、人間としてだ。フェルディス兵を皆殺しにしておけばよかったとか、無関係の奴まで復讐対象にしようとしているから、宥めるのに苦労した」


「はあ……」


「逃げ遅れた者は皆殺しにされたらしいし、同情すべき部分はあるのだが、あいつらはあいつらで行き過ぎている。疲れた……。久しぶりにのんびり寝たい」


 話している横を、サラーヴィーがフラフラと通り過ぎていった。一言も言葉を交わさないあたり、彼も相当疲労しているらしい。


「イリスは来ているのか?」


「この船には乗っていない。こちらにはフェルディスに行く連中が乗っている。といっても、俺達以外だと二人だがな」


「コルネーからも一人連れてきた。サラーヴィーとまあまあいい勝負をしていた奴だから、アテになるとは思う」


「ということは、総勢六人か。とりあえず、おまえはエルウィンとカルーペの面倒を見てやっておいてくれ。俺もサラーヴィーも疲れた」


 そう言い残すと、フラフラとした足取りで城へと向かっていく。


(そんなにひどいのか?)


 レファールは改めて視線の険しい男を見た。降りてしばらくは船の周りをきょろきょろと見回していたが、港の人間が船を引き上げると、その船体を入念に掃除している。


「随分と精が出るね」


 感心して声をかけると、弾んだ声が帰ってきた。


「ええ、一刻も早く、憎い連中を八つ裂きにしてやりたいんで!」


「……」


「フェルディスの連中が絡んでいたと知らなかったんで、リヒラテラで見過ごしてしまったんですよ。知っていれば皆殺しにしたのに……」


「……二人から聞いているかもしれないが、私はレファール・セグメントという。よろしく」


 レファールは頭をかいた。なるほど、ずっとこれだけ殺伐とした言葉ばかり聞かされているとレビェーデも疲れてくるだろう。


「私はエルウィン・メルーサといいます。裏にいるのが兄のカルーペです」


 確かに裏でも黙々と船体を掃除している若者がいた。外見は弟と非常によく似ているし、険しい顔つきもよく似ていた。


「レファール猊下。奴らを捕えたら、処分は私達兄弟に任せてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」


「……あまりやり過ぎないようにな」


 そんなことを言っても無駄だろうとは思ったが、レファールはそういうより他なかった。

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