第6話 シェローナの威信若しくは隠された愛

「レビェーデ様の想像通り、グルファド王国などという国は存在したことはありません」


 イリュリーテスはうつむいたまま、小声で話し始めた。


「下を向くんじゃない。馬が変に思う」


「あ、はい。私達はディンギア北部の山の麓にいた地域の商人でした」


「商人? ディンギアに商人がいたのか?」


「はい。ディンギアとフェルディスの間は険しい山間地域が続いておりますが、一か所だけ開けているところがありまして、そこからフェルディスと行き来できます。ディンギアでは珍しい食材が取れますので結構いい生活ができていたのです」


「そこまで聞くと、お姫様を装う必要性はなさそうだな」


 自分よりも幸せそうな生活をしていそうである。


「二年前、カナージュの商人達が神亀を欲しがってやってきました。神亀というのは、私達の地域における希少な亀なのですが、一部地域では精力剤として効果が高いという話があります。フェルディスの皇妃に中々子供ができないので、それが必要だと。金はいくらでも出すと」


「断ってトラブルになったわけか?」


 イリュリーテスが頷く。


「数か月後、近隣の盗賊達が大挙して私達の集落を襲撃しました。二、三千はいる大規模な攻撃で、逃げ遅れた者は皆殺しに遭いました。レビェーデ様が乗馬失格だと言っていた彼は馬車を引くには優秀で、どうにか海岸線まで逃げてくることができました」


「なるほど。で、あの一頭しかいないということは残りの馬は死んだわけだな。そうなると仲間が死んで神経質になるだろうから、いくら主人とはいえ振り落とすだろうな」


「当初、私達はディンギア内の敵対部族が集結したのかと思いました。ですので、町長の子供達は直接シェローナに援護を求めに行きました」


「ほう。そういう話があったのは聞いていないな」


 自分がシェローナにいる時に、北部の話は聞いたことがない。兵糧が足りなかったし、ディオワールは今動くことはできないと考えたのだろうか。


「兵糧がないという理由で断られたと聞いています。結局多くの者はホスフェに渡ってそこで兵士として志願しました。残った私達は付近に潜みつつ情報収集をしていたのですが」


「……カナージュの商人連中が周辺部族に金をばらまいたことが分かった」


 カナージュの商人の全員がそこまで悪徳だとは思わない。しかし、皇妃の要望ということはマハティーラ・ファールフが絡んでいる可能性が高い。彼が無茶苦茶であることは広く知れ渡っているし、恐らく襲撃にも関わっているのだろう。


「はい……」


「なるほどな。戦える連中はホスフェで兵士になってしまった。残った女、子供、老人と鈍くさい従者役の男では戦うことはできない。そこで、たまたま残っていた美人のあんたを姫様の末裔と仕立て上げて、有力者と結婚しようとしたわけか」


「はい。当初はシェローナで行うことも考えたのですが、ディンギアでやるとさすがにばれてしまうのではないかと考えました。ナイヴァルかコルネーならディンギアのことに詳しくないだろうからうまく知名度を得て、そこからシェローナに戻ろうと」


「で、バシアンまで来てシェラビーの大旦那の理解を得ることはできたわけだ。レファールが聞かされた三時間の口伝も効いたんだろうな。あれも考え出したのか?」


「はい。伝説の王国ぽい話にしよう、と」


「とかやっていると、シェローナと繋がりのある俺達がやってきた。これはチャンスだと思ったから、馬に乗れるよう頑張っていたということか」


「はい。あと、サラーヴィー様はシェローナの花を持ってくると言っていたのですが」


「ああ、お姫様なら花に詳しいだろうが、あんたはそこまで詳しくない。だからそこからもバレることを恐れてしまったということか」


「申し訳ありません……」


「だからそこは気にしなくてもいいさ。まあ、事情は分かった。うーん」


 レビェーデは考える。


 カナージュの商人に関してはともかく、シェローナはいずれディンギア全域を統一するつもりでいる。従って、直接手を出した他部族の者達についてはいずれ代わりに復讐を果たすことはできるだろう。


 とはいえ、それがすぐに出来るかというと無理である。


(食糧事情があるからなぁ)


 現在、シェローナの北側では多くの者が開墾作業などを行っている。シェローナ北部は川も流れており地味もいい。農地を拡大すればかなりの収穫が見込める。


 とはいえ、それは来年再来年で叶う話ではないだろう。


「正直、五年くらいはかかるだろうな。でも、ホスフェの兵士になってもディンギアまで攻めることはないだろうから、俺達についてこれば時間はかかるが確実に復讐は果たせる」


「……」


「それ以上はさすがに無理だろうな。もちろん、シェローナで働きかけたら復讐というか、そいつらがあんた達の集落にやった報いを受けさせることはできるのだろうけれど」


 そう答えはしつつ、レビェーデは腕組みをして考える。


 相手が歯向かう場合は、復讐が叶う可能性は大きい。


 しかし、素直に恭順してきた場合はどうなるだろうか。


(ディオワールのおっさんにしても、シェローナの大半の人間にしても、特に恨みもない連中だ。恭順してきたら受け入れる可能性は高いだろうなぁ)


 そうなると、イリュリーテスらの望みは叶わないことになりうる。


「そのホスフェに行った連中か? そいつらをシェローナに連れてくることはできるのか?」


「えっ? は、はい。連絡を取ればできるとは思います」


「どうしても復讐がしたいのなら、そいつらをシェローナに入れてしばらく待つしかないだろうな。そうすれば、相手が恭順姿勢を示したとしても報いを受けさせることはできる。ただ、その場合にはシェローナの軍法違反にはなるだろうことを覚悟してもらわなければならないが」


「は、はあ……」


「俺にできる助言はそんなところだ」


 レビェーデはイリュリーテスの背中を軽く叩いた。


「慣れるまでは下を向かない程度に話をするのがいいのかもしれないな。変に力が入らず、人馬ともにリラックスできている。俺はそこで様子を見ているから、しばらく一人で頑張ってくれ」


 そう言って、近くのベンチに腰掛けた。




 近くの木に向かって声をかける。


「いつまで隠れてんだよ。馬鹿馬鹿しい」


 と、「気づいていたのか」とサラーヴィーとレファールが姿を現した。


「大の男がそんなところでコソコソ見ているんじゃねえよ」


「で、結局何者なんだ?」


 レファールの問いかけに、レビェーデはイリュリーテスの話をそのまま説明した。


「なるほど。カナージュの商人と、ディンギアの周辺部族への復讐ねぇ」


「ディンギアの他部族は将来的には仇討ちできるのだろうが、カナージュの連中は難しそうだ」


「確かにねぇ。で、彼女はどうするの?」


「どうするのって、復讐に関してはそういう方向性しかない。俺達の誰かと結婚したとして変わるわけでもないからな。今後、シェローナに行ってもらって地道に活動してもらうのがベストだろう」


「いや、まあ、そうかもしれんが」


 レファールは何か言いたそうな顔をしたが、「言っても無駄そうだな」と呆れたように肩をすくめる。


「それにしても、ディンギアにフェルディスの連中が影響を及ぼしてくるというのは予想外の展開だったな。山があるから油断していた」


「私もセウレラの爺さんと超えたことはあるからな。少人数の出入りは不可能ではない」


「おまえ、本当にあちこち回っているものなぁ」


「余計なお世話だ。で、マハティーラは二年間追放中だ。ひょっとしたら、カナージュに入り込んで商人達を暗殺するということはできるかもしれない」


 レファールの言葉に、サラーヴィーが「おいおい」と割って入る。


「いくら何でもそこまでやるのはやりすぎじゃないか?」


「いや、そうとも言えんかもしれない」


「何だよ、レビェーデまで」


「シェローナは近いうちに全ディンギアを支配するという立場だ。となると、俺達の領土で余計な事をしたら報いを受けるということをフェルディスに教えるというのは決して無意味なことではない。しかも、レファールの言うように相手商人のバックにいるだろうマハティーラは失脚中だ」


「ふうむ」


 サラーヴィーも腕を組む。


「もちろん、俺達だけだと見間違えて普通の商人を殺してしまうという最低のことをしでかす可能性もあるから、ホスフェにいるという仲間のうち優秀なのを連れていきたいというのはあるが、ね」


「乗り気だねぇ。まあ、おまえがイリス姫のためにそこまでやるというのであれば、俺も大暴れしてみたいし別に構わんぞ」


「あの女は関係ない。シェローナから見た観点だ」


「はいはい、そういうことにしておくわ」


 サラーヴィーが笑いながら言う。頭に来る物言いではあるが、さすがにフェルディス潜入は一人でできることではない。


 しばらくからかわれるのは耐えるしかない。


 レビェーデは目を閉じ、羊を思い浮かべた。

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