第5話 レビェーデとイリュリーテス
レビェーデはシェラビーに報告だけをすると、その日も次の日も市場で情報を集めていた。ホスフェ、ディンギア方面の情報を集めたかったのであるが。
「やれやれ、数日前にいたサンウマの方が、遥かに情報が早いな。サラーヴィーはしばらく口説くことになるんだろうし、俺だけサンウマに舞い戻らせてもらおうかな」
バシアンにいると、どうしても以前のことも思い出す。あまりいい気分ではないので、サンウマに行こうかと思ったところで。
「お、いたか、レビェーデ」
声をかけられた。振り返るまでもなく、声をかけてきたのがレファールであると分かっている。振り返ることもなく尋ねた。
「何だ? 俺を探していたのか?」
「ああ、ちょっと事情が変わったみたいでな」
「事情が?」
そこで初めて振り返り、レビェーデは嫌な予感を感じた。
(何だ、このレファールの笑いをかみ殺したような顔は……?)
「レビェーデ、おまえ、良かったな。イリス姫は、おまえとどうしても馬に乗りたいそうだ」
「はあ?」
「ただ、本人は馬に乗れる段階ではない。だから、おまえが教えてやるべきだろう」
「おいおい、冗談じゃないぜ。何であんな貧相な姫様を」
手を振って「ないない」と主張するが、レファールが「おんや~?」とニヤニヤ笑いながら言う。
「おまえ、指揮官や戦闘力はトップクラスだが、馬にかけては誰にも負けないんだよな? それほどの馬マスターなら、全く乗れない女の子でもすぐに乗せられるんじゃないのか? 馬マスターというのは看板に偽りありだったのかな? そうなんだな?」
「……くぅぅ、この野郎」
握りしめた右手に力が入る。
「人に教えられてこそ達人という。レビェーデの馬術というのは達人の域には達していなかったということだ。まあ仕方ない。達人というのは難しいものだからな」
一転して真面目な顔をして、しかし、どこかにやけているレファールの顔を見ているだけで腹が立ってくる。レファールの言葉が真理であり言い返せないのが更に頭に来ることであった。
「分かったよ! やってやるよ! その代わり、馬を買う金はそちら持ちだぞ」
「何? 大人しい馬を買うのか……、それはズルなんではないか?」
「うるせえ。俺も暇ではないんだ」
「まあいいや。それは外交費用ということでシェラビー様に何とかしてもらおう」
レファールが財布を取り出した。
レビェーデは仕方ないと溜息をついて、馬商人の店へと向かうことにした。
翌日、レビェーデは一頭の乗馬と馬具を引き連れて、屋敷へ向かう。
「何でお前達もついてくるんだよ?」
後ろにはレファールとサラーヴィーがいる。二人ともニヤニヤ笑っており、あからさまに気色悪い。
「いや、馬術の名手レビェーデがどう教えるのか、後学のために見ておきたくてな」
「全くだ。一体、どんな教え方をするのか楽しみで仕方がない」
(この二人のところに突っ込ませてやろうか……)
とも考えないでもない。二人はどうなってもいいが、馬が怪我をすると困るので実際にそんなことはしないが。
屋敷に入ると、レファールがイリュリーテスを呼んできた。
「えっ、レビェーデ様?」
「こいつはミベルサでも一番の馬の使い手だからな。どんな下手でも、三日でうまくなる」
「こらレファール、勝手なことを言うな」
レビェーデは連れてきた乗馬を前に押し出した。
「今日はこいつに乗ってもらう」
従者がけげんな顔をして質問してきた。
「あの……、差し出がましいことを申すようですが、当家の馬ではダメなのでしょうか?」
レビェーデがダメだ、と手を交差する。
「おまえな、馬だって得意なことと不得意なことがあるんだ。こいつは馬車として引いてきた馬だろう。直接乗せた経験はほとんどないのに、いきなり乗っかられるとびっくりするに決まっている」
「……」
「俺が連れてきたこいつは13歳で、乗馬用の馬として稼働していたから、経験がある。おっかなびっくりの人間が多いということも理解しているはずだからな。だから、まずはこいつでチャレンジだ」
「わ、分かりました」
「で、この辺りの馬具も全部取り付ける。当たり前だが、馬具は人間が落ちないように作られているものだからな」
「ですが、そういうものを使うのは邪道なのでは?」
イリュリーテスの質問にレビェーデは「全くその通り」と頷く。
「本来なら何回か落として、落ちても大丈夫なように練習させたいが、さすがにお姫様を落っことすわけにもいかんだろう。だったら、落ちないようにするしかない。落とす馬も嬉しくて落としているわけではないし、運動音痴のお姫様の場合、予期せぬ落ち方をして馬まで酷い目に遭うかもしれんからな」
馬具をつけていると、後ろから「おー、手慣れたものだ」、「さすが馬マスター」という冷やかしの声が聞こえてくる。
「外野は出ていってくれるか? お前達は口伝の筆記とかもあるんだろうが」
そう言って、レファールとサラーヴィーを屋敷の外に追い出す。更に。
「おまえも、だ。人が多いほど馬は落ち着きをなくすからな。俺のことが信用できないなら二階から見ていろ」
従者も追い出した。
「さて、とりあえず乗ってみようか?」
「は、はい」
台を用意し、イリュリーテスを乗せる。
「とりあえず余計なことはしなくていい。まずは慣れろ。乗っていることが当たり前と思うようになることが大切だ」
「分かりました」
「よし、歩こうか」
レビェーデが馬を歩かせる。緊張した面持ちのイリュリーテスであるが、指示通りに特に何もするところはない。
「そんな感じだ。もうしばらくしたら、一回降りて、再度乗って練習だな」
そう話して、しばらく前を見る。イリュリーテスは馬に慣れてきてリラックスしてきた。
(頃合いか……)
レビェーデは思った。
「乗りながらでいいから、聞いてくれるか?」
「はい」
「あんた達は一体何者なんだ?」
問いかけに、イリュリーテスが一瞬「えっ?」という顔になり、次いで露骨に慌てた様子を見せた。
「あんた達はディンギアから落ち延びてきたと言っていた。落ち延びてきた面々であれば護衛なり何なりに気を遣うはずだし、姫様の従者も最低限の戦闘知識や経験があるはずだ。ところがあんたの従者はそんなものが全くなかった。レファールほどとはいかないまでも、せめて馬に乗った姫様が痛まずに済む方法くらい考えられるものだろうし、姫様のあんたも何度も敢無く落馬して黙っていられるはずがない。ところがそうでないということは、あんたが姫様というのはどうも怪しい話になってくる」
「わ、私は……」
「そう怖がらなくてもいい。別に騙されたと怒っているわけではない。多分レファールとサラーヴィーも気づいているだろうし。ただ、シェラビーの大旦那を騙してまで、あんた達が何をしたいのか、それは気になるね」
レビェーデがイリュリーテスを見上げる。わなわなと震えていたイリュリーテスであるが、やがてがっくりとうなだれ、話をし始めた。
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