第17話 舌禍再び

 二月十五日、フグィの宿屋に居座っているレミリアはバグダ・テシフォンから呼び出され、その屋敷へと向かった。


「レミリア・フィシィール、参りました」


 部屋に入ると、バグダが渋い顔で書類を読んでいる。


「リヒラテラの戦いの詳報が届いた。読んでみてほしい」


「分かりました」


 書類に目を通しているうち、レミリアの表情が険しくなる。


「戦闘のことはよく分かりませんが、どちらもまずい戦いをしてしまった印象はありますね」


「うむ。それもあって、聞きたいことが二つある」


「何でしょうか?」


「オトゥケンイェルはどうなると思う?」


 メルテンス・クライラは、執政官バヤナ・エルグアバを出し抜くような形で主戦論に打って出た。その結果として、多数の地域の賛同を得たが、肝心の戦闘はというと期待したほどのものではなかった。


 となると、出し抜かれた形のバヤナ・エルグアバが反撃に出る可能性がある。


「戦果が期待外れだったことは事実ですが、リヒラテラをホスフェが単独で守ることができたというのは事実です。当分はメルテンス側がその事実をもって優勢に立つのではないでしょうか?」


「しかし、フェルディスも黙ってはいないだろうというのがレミリア殿の意見だった。それはどうなると思う?」


「いずれは再侵攻をしてくると思いますが、三か月半年で攻めてくることもないでしょう。次の選挙までには攻めてくるとは思いますが」


 フェルディスとしてみると、親フェルディス政権を築き上げたいという目標が継続して存在している。そのためには、引き続き攻撃を仕掛けてくるだろう。


「今回の件でフェルディスは完全に実力で打倒する方針になるでしょう。ですので、オトゥケンイェルの執政官サイドへの支援は少ないと思います。となると、劣勢を強いられるのは否めませんね」


「私もそう思う。それだけを取れば、我々フグィの方針であるナイヴァルと連携してフェルディスに当たるという方針が取りやすいことにはなる」


 バグダは露骨に含みを持たせるような言い方をした。あまり簡単に応じるのも面白くないが、レミリアは素直に尋ねることにした。


「それだけを、と留保するからには、何かしら気になることがあるのですね?」


「メルテンスの真意だ。ラドリエルからも来ているが、今後も引き続き反フェルディスで動くのか、時機を見て別の動きをするのか気にかかる」


「ああ、執政官サイドを裏切ったように、今度はフグィやセンギラの人達を裏切るかもしれないということですね。ないとは言えませんが、私はあまり心配しなくてもいいと思います。仮に今回の戦いがホスフェ軍の圧勝であれば、自らの才覚を担保にフェルディスに接近する可能性もありますが、辛勝ですからね」


 フェルディスにとってのメルテンスは、卑劣な裏切り者という評価である。捕まえた場合、ただ死刑にするだけでは飽き足らないだろう、八つ裂きにしたいくらい思っていても不思議はない。


 それでも破格の才能を持っているのなら取り込むメリットもあるが、そこまでの存在ではなさそうであった。


 そうであるなら、フェルディスが恨みを水に流して接近するとは思いづらい。


「それに、そうした打算を乗り越えて接近したとしても、それはそれで今までと同じ状態に戻るだけです。これまで以上にフグィの立場が悪くなるわけでもないので、好き勝手させておけばいいのではないですか?」


「なるほど。そうだな」


 バグダは安心したらしく、安堵の笑みを浮かべた。



「個人的にはメルテンスの動向よりも、シェローナの動向に気をつけた方がいいのではないかと思います」


「シェローナ?」


 その名前は全く予想していなかったらしい。バグダは目を大きく見開き、首を傾げた。


「はい。最近の情報ですと、海岸線沿いにかけてフグィの付近まで勢力を伸ばしているそうです。元々、隣の大陸から流れてきた者が建設した国ですし、海岸線へのこだわりは強いでしょう」


「ここまで来る可能性もあると?」


「可能性があるというより、いずれ確実に来るでしょう。時間の問題です」


 海岸線に沿って伸びているということは、海洋交易に関する色気があるということに他ならない。ということは、フグィはシェローナにとってライバルということになる。


「三年前に来た部族がどこだったかは忘れましたが、略奪対象として考えていたはずですので、あまり深く考えることはありませんでした。結果、ノルンの仕掛けで呆気なく撤退しました。しかしシェローナはフグィをライバルとして考えているのでそこまであっさりとはいかないでしょう。それに有為な人材も多く揃っています」


 バグダが辟易とした顔になったが、レミリアは更に話を続ける。


「フグィはディンギアとの間で停戦協定を更新していますが、それは北の方の面々だけであり、シェローナと停戦しているわけではありません。必要だと考えれば、侵入してくることでしょう。更に」


「まだ何かあるのか?」


 聞きたくないことを聞かされているためであろう。バグダの表情がうんざりとしたものになっていた。


 レミリアも相手の表情には気づいている。しかし、そのまま続けた。


「シェローナには有為の人材が揃っていると言いました。つまり、外交もやりうるということです」


「ディンギアの地方政権と外交関係を結ぶところなどないだろう」


「フェルディスはホスフェを倒すためには何でもやるでしょう。規模の大きさならイルーゼンですが、彼らは分裂状態で言うことを実践できません。それなら、多少規模は小さくても動くことのできるシェローナの方がいいでしょう」


「……」


「更にナイヴァルも、シェローナに価値を見出す可能性があります。シェラビー・カルーグはアクルクアとの交易で力をつけました。シェローナも同じアクルクア系ですから、実勢以上に評価しているかもしれません。それに、海岸沿いに拡張の野望を持っているシェローナは、きちんと交渉しなければならない相手でございます」


「ホスフェよりもシェローナだというのか?」


 信じられないという顔をしているバグダに、レミリアは最後の一撃を加える。


「そう評価する可能性もございます。ホスフェはただ存在しているだけですが、シェローナは明確な意思があると考えても不思議はありません」


「……分かった。他の者とも話があるので、下がってもらえるか?」


「分かりました」


 レミリアは一礼して部屋を出た。そのまま屋敷の外まで向かおうとしたが、他の者が誰もいない。


「……」


 レミリアは立ち止まり、そろそろと扉の前で聞き耳を立てた。中からバグダの不満一杯の声が聞こえてくる。


「ホスフェがただそこに存在しているだけだと? 名前も知らんような国から来た小娘がよく言いおるわ!」


 レミリアは髪をかいた。


(あ~、今度こそフグィから追い出されそうな感じね。さすがに言いすぎてしまったかしら)


 レミリアは溜息をついて、今度こそ屋敷の外へと向かった。その間考えていることは「言いすぎてしまった」という後悔ではなく、エレワにどう言い訳しようかということであった。

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