第16話 マハティーラの処分②

 二月八日、一足早く戦場を離脱したマハティーラがカナージュへと逃れてきた。


 王の間に呼び出されたマハティーラは、その場で皇帝アルマバートから二年間のソセロン大使就任を言い渡される。


「何とかしてやりたいが、これ以上譲歩してしまうと軍が反乱を起こしてしまうかもしれない。ナイヴァルと同じような愚を犯すことは避けたいゆえ、しばらくラインザースで、のんびりしているがいい」


「とんでもございません。そのようなことでは奴らは納得しないでしょう」


「……? では、どうしたいのだ」


「二年間、ディガール塔に幽閉でよろしゅうございます」


「……真か?」


 アルマバートが仰天した。


 ディガール塔はフェルディスにおける政治犯を収容する場所であった。もちろん、マハティーラほどの待遇を受ける者であれば、色々な便宜を受けることは可能であるが、外に出ることはできない。多くの者の立ち入りも可能な場所であるため、こっそり抜け出すということも難しい場所であった。


 自ら望んでそのような場所に入ることを希望するとは。アルマバートは信じられないという様子で真意を問いただす。


「……私に対する不満が高まっているとなれば、最悪、反乱などが起きるかもしれません。私の陛下に対する忠誠には一点の曇りもなく、陛下のお手を煩わせるようなことは避けたいと考えております」


「……いや、しかし、おまえと二年も会えないとなると皇妃が何と言うか不安なのだが」


「気にする必要はございません。それでよろしゅうございます」


「そうか。では、二年間、ディカール塔に入るがよい」


 アルマバートは首を傾げながらも、処分の内容を変えることにした。




 三日後、カナージュに戻ってきたブローブは皇帝に会う前に、宰相ヴィシュワと面会した。


「マハティーラ閣下がディカール塔に二年間幽閉?」


 ブローブは素直に驚いた。何やかんやと難癖をつけてもっと緩い処分にすると思っていたからだ。


「そうだ。私はソセロンに二年追放を進言したが、マハティーラが自ら処分を重くするように言ったらしい」


「意外だな。それだけ殊勝な態度もできるのなら、戦争の前に見せてほしかったが」


「……」


「マハティーラに対して言いたいことは山ほどあるが、彼が皇帝の義弟であることも確かだ。素直に幽閉されているというのなら、これ以上文句を言うこともできまい。この点は解決ということで、我々軍は次に備えなければなるまいな」


「次か」


「今度は妥協するわけにはいかん。コディージにもはっきり言っておくつもりだ」


「妥協しないというが、どの程度を出すつもりだ?」


「九万だ」


「待て、待て」


 ヴィシュワの予想を超える数字だったらしい。慌ててブローブを制する。


「それだけの大人数であればホスフェはリヒラテラに籠城するだろう。そうなると、長期戦となりそうでなくても大量にいる兵糧が飛躍的に膨れ上がることになるではないか」


「消耗が大きいのは分かっている。しかし、リヒラテラに関しては一度目も二度目も失敗し、特に今回は惨め極まりない結果となった。一言で言えば沽券にかかわる状態であり、ホスフェに対してフェルディスの威勢を示さなければならないのだ。それができぬというのであれば、フェルディスは強国の地位を保つことができぬ」


 時には、損を覚悟で動かなければならないこともある。ブローブは言葉に力をこめる。その様子を見て、ヴィシュワは諦めたように頷いた。


「……分かった。私からもコディージに伝えておこう」


「もちろん、すぐに攻め込むわけではないぞ。一年以内には行うつもりであるが。あと、できればホルカールの葬儀をカナージュで行いたいのだが」


「ああ、それについては問題ない。陛下もこれはすぐに裁可するだろう。ホルカールの領地はどうなるのだ?」


 28歳のマハルラ・ホルカールには妻はいたが、子供はいない。


「確か弟がいたはずだが、病気がちで一度も戦場では見たこともない」


「それは頼りないな。ホルカール家の軍は切り込み隊長の役割も担っていたのではなかったか?」


「うむ。ただ……、他に血縁の者はいないはずだ。もう少し壮健な者であればという思いはあるが、ヴィルシュハーゼの娘のこともある。意外な才能を秘めていることを期待するしかないだろう」


 ブローブは、自分にも言い聞かせるようなゆっくりとした口調で言った。




 ブローブに遅れること五日。


 リムアーノ・ニッキーウェイもカナージュへと戻ってきた。その時点ではマハティーラの処分も、ホルカールの国葬についても決まっており、リムアーノはただ参加するだけの立場となる。


「ホルカールは色々と足りない奴だったが」


「リムアーノ様、故人なのですから、あまりそのような言い方をなさるのは」


 ファーナが表情を曇らせる。


「事実なのだから仕方ないではないか。問題も多い奴であったが、戦場でそれなりに計算できる奴でもあった。弟のハリファは若いうえに物足りない奴だ。そういう点でも非常に残念だ」


「……そうですね。ますます、リムアーノ様とヴィルシュハーゼ伯爵にかかる期待が大きくなるのではないかと思います」


「全くだな。前回は好き勝手して一番手柄を取り、今回は参加せずに不在の大きさをまざまざと見せつける。何とも頭のいい娘よ」


「狙ってやっているのでしょうかね?」


「全部狙ってはいないだろうが、自分がいないことでマハティーラが失敗することは期待していたのではないか?」


「確かにそうですね……」


 そこで一旦、話が途切れる。こうした場合、ファーナは別の話題にスムースに切り替えることが多いが、今は何か言おうとして逡巡しているようであった。


「何だ? もごもごして、おまえらしくないな」


 もちろん、リムアーノもそれに気づかないはずがない。


「ちょっと、明るみにしていいものかどうか迷っておりまして」


「判断は俺がする。気にするな」


「後宮に、私の旧知の者がおりまして、その者が密かに教えてくれたのですが……」


「ふむ……」


 後宮という言葉だけで、リムアーノにはピンとくるものがあったらしい。口の端が歪み、冷笑が浮かぶ。


「後宮にマハティーラらしき者が出入りしているのか?」


 ファーナが「えっ」と声をあげる。


「よくお分かりになりましたね……」


「いや、後宮と聞いて、俺に聞かせる価値のある話となれば、それくらいしかないだろう。王宮の誰と誰の仲がいいとか、女の争いがあるかないかなんてことは、俺には全く関係のない話だし」


「はい。ただ、ディカール塔に入ったというのは宰相様が確認しているらしいですし、不思議な話だなと思いまして」


「特に不思議な話でもないさ。恐らくマハティーラは自分によく似た男を用意していたのだろう。そいつをディカール塔に閉じ込めて、自分は後宮で好き勝手やっているというわけだ。皇帝は皇妃にぞっこんだから、他の女には出番がない。ということは、マハティーラが好き勝手できる状況が生まれるわけだな」


「はい。どうします? ブローブ様に伝えますか?」


「おおっぴらに伝えると、何かあった時に誰が広めたかという話になるかもしれないな。まあ、今はいいだろう。マハティーラも当分は大人しくしているだろうし。ただ、半年くらいすれば警戒心も解けて問題行動を起こすかもしれん。そうなった時だな、広めるとするならば」


「懲りない人ですよね」


「懲りるという感情がないのだろう。元々ないのだから、どうしようもない」


 リムアーノは呆れた様子で、椅子にもたれ、宙を見上げた。


 思わず浮かんでしまう笑みを隠すかのように。

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