第14話 戦果はなく

 怒涛の如く数時間が経過し、両軍とも疲労が顕著になってきた。


 とはいえ、目の前では両軍共に死力を振り絞って戦闘を続けている。




「大将軍!」


 リムアーノ・ニッキーウェイがブローブのそばに現れる。


「大将軍、冷静になりましょう。ここで両軍が全滅するまで殺し合いをするつもりですか?」


 リムアーノの言葉を受け、ブローブが心外そうな顔をした。


「リムアーノ? おまえは私が殺し合いをしていると?」


「今の状況をそうでないとしたら、どういう状況が殺し合いになるのか、お教えいただきたいものです」


「……ホルカールが死んだ」


「知っております」


 リムアーノは殊更大袈裟に頷いて、奥を指さした。


「しかし、ホルカールが望むのはここでホスフェの木っ端を何万人と捧げることではないでしょう。リヒラテラの中央に奴の墓標を立ててやることこそ最大の供養ではないでしょうか?」


 大きく息をつく。


「残念ながら、現状リヒラテラを占領できる状況ではございません。ここは一回退いて、後日再起を図るべきでございましょう」


 ブローブはしばらく無言であった。一分ほど経ったであろうか。


「くそっ!」


 自らの剣を振り上げると、激しく地面にたたきつけた。どれほどの力がかかっていたのか、鞘にひびが入る。再度叩きつけると、鞘ごと剣が乾いた音を響かせて中折れを起こした。


「……すまん、どうやら色々と疲れてしまったらしい。後のことを任せて構わんか?」


 武器を壊して、鬱憤を少しは晴らしたのか、やや落ち着いた表情に戻る。


「承知いたしました」


 リムアーノは指揮を引き継ぐと、ただちに後退の指示を出す。


「……大将軍、随分と感情的でしたね」


 ファーナが隣に寄ってきた。凄惨な状況を目の当たりにしているせいもあるだろう、その表情が青ざめている。


「仕方ないところだ。ホルカールは足りないところが沢山ある奴だったが、愛すべき男でもあった。それがやむをえない戦闘によるものならともかく、こんな形で死んだとあっては、な。しかも、精魂込めた戦闘計画によるものでもない、一人の愚かしい暴走によるためとあっては、更に鬱屈した感情になるのもやむをえない」


「そうですね」


「……目の前の惨状とこの局面による被害は避けえたものではある。ただ、鬱屈した思いは全員が抱えているのも事実だ。そういう点では大将軍のこの采配は褒められたものではないが、兵達の想いを代弁したものとも言える。私が今後上を目指すうえでは、こういう行動を慎重に評価しなければならない」


 仮にブローブがバラーフ共々撤退していたとすれば、兵士達はその弱腰を批判しただろう。結果的に被害を増やしたが、ホルカールと戦死した兵士の仇討ちのために戦ったことで、「大将軍閣下は我々の心情を理解してくれている」と兵士達が次回以降もブローブを信じて戦えるのである。


 数字の損得だけでは測れない。兵士達の心情の機微に触れるものが、ブローブの采配にはあった。


(もし……)


 リムアーノはこの場にいない部隊のことを考える。


(もし、あの娘がこの戦場にいたらどうなっていただろうか?)


 ホルカールのように救援のことなど考えずに、ホスフェ軍の後方まで回り込んで貫きにかかったのだろうか、あるいはこれ幸いとマハティーラの部隊含めて突き抜けていたのだろうか。



 ヴィルシュハーゼ伯爵家の部隊は軍の最後方を進んでいた。その動きはお世辞にも機敏とは言い難い。有体に言えば『チンタラしている』という表現が最適である。


「前方でマハティーラ隊が包囲されたらしい」


 という報告はもちろん受けていた。それを救援すべく急いでいる部隊があるということも聞いていた。


 それを受けて何をしたかというと、何もしていない。


 更に言うと、それについて誰からも何も言われていない。


「追いかけた方がいいのではないか?」


 ヴィルシュハーゼ隊の突撃隊長グッジェン・ベルウッダが尋ねるが、指揮官のスーテル・ヴィルシュハーゼは必要がないだろうとばかりに頬杖をつく。


「マハティーラ閣下は他の部隊を置いて我先にと進んで行ったのだ、前方の部隊は救援に向かうべきだろうが、後方にいる我々まで前に殺到することもないのではないか?」


「そうすれば、我々は何をすればいいのだろう?」


「退却路の確保くらいではないか?」


 二人は顔を見合わせる。


「ルヴィナがいない以上、下手に余計な動きをして損耗することは避けたい」


 スーテルは本音を口にする。もちろん、スーテルの指揮でも十分以上の働きはするが、ヴィルシュハーゼ隊はルヴィナが指揮をとってこその代物である。


「恐らく、ブローブ大将軍もそのことは承知しているのだろう」


 切り札が切り札として使えないのに、無理に使う必要はない。


 次回、使える時に使えればよいのだと。


「確かに、そうですな……」


「おっ、前の方から誰か向かってくる」


 二人は前方からこちらに向かってくる小隊に気が付いた。しばらく目を凝らしているうちに、それがマハティーラと近衛隊であることに気が付く。


「……どうしましょう?」


「特に指示もないのだ。道を開けて通しておけばいいだろう」


 スーテルは初めて指示らしい指示を出す。道を開けてしばらく待機していろというものであった。


 一時間後、待機している部隊の前をマハティーラ達が通り過ぎていく。


「何をチンタラしているのだ!」


 通り際、罵声のようなものが聞こえてきた。


「勝手に先に向かっていったのは、閣下では?」


 グッジェンが聞こえないような小声でつぶやいたのが聞こえ、スーテルは思わず苦笑いを浮かべる。


 結局、ヴィルシュハーゼ隊は戦場に到着することもなく、リムアーノ隊の指示を受けてジャングー砦へと退却を始める。




 リムアーノ隊の指示を受けて、フェルディス軍は全面的に後退を開始した。


 メルテンス・クライラをはじめ、ホスフェ指揮官は攻撃の続行を唱えようとしたが、兵士達は疲労しきっている。セルピ隊のように半分近くが損傷している部隊もあり、とてもではないが追撃の余力はない。


 やむなく、リヒラテラへの退却を命令し、ホスフェ軍も後退を開始した。


 第二次リヒラテラの戦いは半日も経たずに終了した。


 フェルディス軍は九千の死傷者を出し、指揮官の一人マハルラ・ホルカールの戦死という大損害を受けた。一方のホスフェはフェルディスより被害は少なかったが、それでも七千の死傷者を出し、当初の目的であったジャングー砦まで反撃することも不可能な状態であった。


 すなわち、フェルディス、ホスフェともに大きな不満を残す結果となったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る