第13話 死闘
戦闘開始から30分。
既にマハティーラ隊は後方への退却を開始していたが、その動きが顕著になった。
それはつまり、正面から攻撃を受けていたラドリエル隊にとっては負担が軽くなるということを示していた。
「ムルシルとセリピの二人に、マハティーラの向こうの隊を叩くように指示を出してくれ」
ラドリエルの言葉に、アムグンがけげんな顔をする。
「ムルシルとセリピに、ですか?」
「ああ」
「しかし、あの二人、それほど手腕に秀でているとは思えませんが」
フトア・ムルシルとムガリト・セリピはラドリエルの左右に配置されているが、アムグンの言う通りその働きぶりは芳しいとは言い難い。前回のリヒラテラでもっとも役に立たなかったコーテス・クライラよりマシな要素はひたむきに指揮をしているくらいである。
「だから正面を任せるのは不安だろう。執政官も今回メルテンスに一人勝ちされると悔しいだろうから、奴らに多少手柄を立てさせて牽制されるのも悪くないはずだ」
「それなら我々自身であげたいものですが」
「それも分かってはいるが、な」
ラドリエルは苦笑する。
「手柄を求めて、あの二人がこちらを突破されても困るからな。私はどうやら手柄をがっつり立てることができる性格ではないらしい」
「……承知いたしました」
苦労性ですねぇ、と付け加えて、アムグンはラドリエルの指示に従った。
ラドリエルの指示を受けた両側の部隊は、指示通りにマハティーラの一つ奥にいるホルカール隊へと向かっていった。
この動きがマハティーラ隊の残存部隊と、ホルカールへの痛烈な一撃となった。特に前方のマハティーラ救出に邁進していたホルカール隊には致命傷となる。
セリピ隊の前進はホルカール隊の側面を切り崩し、程なく指揮官のマハルラ・ホルカールへと迫る。練度の低いセリピ隊の兵士達にも敵指揮官と思しき人物が眼前に見えてきて意気上がる。
更にホルカールにとっては不運なことにようやく隊列を抜け出してきたマハティーラ隊が近くを後ろに下がっていった。マハティーラ隊の安全を確保するためにはホルカールが下がるわけにはいかない状況が生まれる。
その場にとどまった数秒が生死を分ける。セルピ隊の兵士達が一斉に弓矢を放ち、そのうちの一本がホルカールの左目に刺さった。「ガッ」という雄叫びのような声をあげると、ホルカールは馬上から転落し、兵士達の渦の中に消えて行った。
「ホルカール様!?」
指揮官の姿が消えたことでホルカール隊が混乱した。右往左往する中に後れてきたマハティーラ隊の兵士達と正面衝突をする。味方同士が衝突し、パニック状態の数千の兵士達にムルシル隊も合流する。
戦慣れしていないセルピ、ムルシルには難しい役割より、単純な攻勢の方がいいだろうというラドリエルの配慮は一面では正しかった。ラドリエル隊と向かい合うマハティーラ隊の残存組は後退する味方を支えるための決死兵である。その意気は高く、不慣れな二人には対処しきれなかった可能性が高い。
しかし、結果的にはラドリエルの選択は災いとなった。
両隊は不慣れなゆえに一度始まった血の宴を制御するだけの術をもたない。
第二次リヒラテラの戦いにおいて、フトア・ムルシルとムガリト・セリピは驚くべき残虐さを発揮したことで名前を残すことになるが、実際の二人は温厚な男達である。
ただ、無秩序であり、ただ、無制御なだけであっただけであった。
ホルカール隊の次に到着したサージュラウ・バラーフが認識したのは三点であった。
まず、マハルラ・ホルカールが戦死したということ。
次いで、ホルカール隊とマハティーラ隊の半分くらいについては手の打ちようのない状況にあること、彼らについては見捨てる以外の選択肢が存在しない。
最後にマハティーラ・ファールフについてはどうにか激戦地を脱出したらしいということである。
「将軍! ホルカール隊を救援しましょう」
という呼びかけがあちこちから起こる。
バラーフは既にそれが不可能であることを判断している。怒りに我を忘れて突き進むことによって、自分達まで狂乱の宴に巻き込まれてしまうことを恐れた。
「残念だが彼らを救う手立てはない」
「しかし……!」
「この悔しさを忘れるな。復讐の時は必ずやすぐに来る! 閣下を救援すれば、防戦しながら後退をするのだ。大将軍にも報告をせよ」
「……は、ははっ」
バラーフ隊は防御陣形を取りながらゆっくりと後退していく。
ホスフェの部隊は挟撃と側面攻撃で殺戮に興じており、バラーフ隊の隙を突くような動きをとることができない。バラーフの余裕ある動きがフェルディス軍に落ち着きをもたらし、最前線の不運な二部隊以外の被害をほとんど出さない結果へと繋がった。
程なくブローブ隊のところまでマハティーラが逃れてきた。
「ブローブ! 後は任せた!」
憤懣やるかたない表情で命令を下すと、マハティーラはそのまま戦場を離脱する。周囲の近衛兵が一斉に「何だ、あいつは。偉そうに」という顔をする。
ブローブもそういう思いがないわけではない。既にホルカールが死んだという報告を聞いている。マハティーラを逃すための名誉の戦死といえば響きはいいが、マハティーラの無策のせいで犬死したようなものである。マハティーラ隊とホルカール隊の多くの兵士もそれに付き合う羽目となった。
それが不満でないはずがない。
しかし、一方でマハティーラが離脱したことによって、いつもの役割、フェルディス軍指揮官という立場に戻り、すっきりしたことも事実である。
「手始めに……」
ブローブの正面には、殺戮に疲れ果てたらしいセルピ、ムルシル隊がいる。
「ホルカールの仇討ちをせよ!」
バラーフの「仇討ちの機会は必ずやすぐに来る」という言葉が現実のものになろうとしていた。
そうした様子を、リムアーノ・ニッキーウェイは北の方から眺めていた。
「信じられんな。敵も味方も酷いことになっている」
先ほどまで敵がマハティーラ、ホルカール隊を一方的に殺戮している光景が広がっていたが、今度は一転して味方が敵の部隊を殺戮している。
「全くだな……」
意外のところから声をかけられ、リムアーノが驚いて前を向いた。敵の将軍らしい男が同じ方向を向いて、「ありえない」とばかりに首を左右に振っている。
「俺達は冷静で良かったが、どうするね? あの様子でいつまでもやり続けさせるのかね?」
ホスフェ軍は攻勢を受けているが、最後方にいるラドリエル隊と、メルテンス隊が反撃体制に入りつつあった。
お互いがバランスを失し、目の前の敵に対する怒りを制御できない状況のまま、ひたすらに殴り合っている。
「……一番死んでほしい奴が生き残り、死ななくていい奴が死んでいる。甚だ腹立たしい事態だ」
リムアーノは周りの兵士達を制して、目の前の敵に話しかける。
「止めるしかないだろう」
「……了解。じゃ、一足先に行かせてもらうわ」
相手はリムアーノを信頼しているのか、あるいは別の理由があるのか、驚くほど無防備に背中を向けて、自軍に指示を出し始めた。
「それにしても、品行方正な僕ちゃんたちがパニックになって殺しまくっていて、札付きものの俺が止めに入るっていうのも笑える話だな。な、エルウィン」
「私に振らないでくださいよ」
敵将と副官はそんなやりとりをしつつ、消えて行った。
それを見て、リムアーノもファーナに「止めに行くぞ」と指示を出した。
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