第12話 攻防 ~Atack and Defence~

 他の部隊ともどもリムアーノがジャングー砦を出て、西に向かうこと二日。


 強行軍を強いているのであるが、マハティーラの部隊に追いつくことはない。


「一体、どうなっているんだ? マハティーラ閣下も強行軍で動いているのか?」


 リムアーノは何故追いつけないのか理解ができなかった。マハティーラの部隊は歩兵と騎兵の混合軍であるから通常であれば追いついているはずだ。


 実際のところ、追いかける側とはいえ、普通の部隊は相手の奇襲などを恐れて警戒をしながら進軍をしている。一方のマハティーラは攻撃されるという発想がなかったので哨戒活動も無しにひたすら前進を続けていた。その分の差が追撃しきれない結果となっていたのであるが、もちろんリムアーノにはそこまでのことは分からない。


「我々が先に追います!」


 と、ホルカール隊が騎兵だけの編成にして先を急いだ。


 反対はしないものの、リムアーノの頭の中には「そこまでする必要があるのか?」という思いもある。


「……むしろ、閣下の部隊と後続隊、それぞれが各個撃破を食らう危険性もあるかもしれないのだが」


「警戒してみましょう」


 ファーナがリムアーノの独り言のような言葉を受けて、すぐに警戒要員を放った。


 数時間後して「リヒラテラの北東にホスフェ軍の部隊と思しきものがおります」と報告がかえってくる。リムアーノはさもありなんと頷いた。


「……となると、何も考えずに閣下の救援に向かうと、我々も側面から攻撃を受けるかもしれないな。よし、大将軍に報告のうえで、我々はその別動隊を牽制しよう」


「分かりました」


 ファーナ他、リムアーノの旗下が従い、進路を北の方に変更する。


「……我々が閣下と運命を共にする必要はどこにもあるまい」


 リムアーノは冷めた視線を西の方に向けた。




 その東方、フェルディス軍にとっては後方で、ブローブ・リザーニもまた冷めた視線を西に向けていた。


「全く、リヒラテラはつくづく我々に祟っている場所のようだ」


 三十年に渡る軍歴、特に指揮官となってからの二十年弱において結果が出なかったことの方が少ないが、リヒラテラでの戦いについては二度連続で結果が出ていない。前回は予想外に相手の作戦が良かったということもあるが、今回は味方の自滅である。


「今更の話になるが、どこか小さな戦いを経験させておくべきだったのかもしれんな」


 マハティーラの失態を恐れるあまり、彼の希望を退けて軍に関与させないようにさせてきたが、結果としてマハティーラが更に不満を溜めてしまい、重要な戦闘であるにも関わらずどうにもならない状況を招いてしまった。もちろん、主犯はマハティーラであり、それを推した皇帝アルマバートに大きな責任があるのだが、もう少しうまいやりようがあったのではないか。ブローブはそう考えてしまう。


「今後、どうやって閣下と関わり合いを続けていけばいいのだろうか」


 考えるブローブの顔が渋いものになる。


 今回が失敗になるとして、それでホスフェから手を引くわけにもいかない。再戦の機会が必ずあるはずである。その際に再度マハティーラが指揮をとるとなると先行きはどうしても暗くなる。


 もちろん、これを反省して次回以降に改善されるのであれば、死んだ兵士達も浮かばれるのであるが、これまでのマハティーラの所業と皇帝の義弟に対する寵愛を考えるとそれも期待しづらい。


(そもそも、今回にしても我々に責任を被せられてしまうかもしれんし……。我々を一掃して、ヴィルシュハーゼの娘あたりを据えることだってできると考えれば……)


 と、この場にいないルヴィナに対してまで文句を言いたくなってくる。


「大将軍、ニッキーウェイ侯が敵の別動隊を発見したので、そちらを牽制しに行くと報告がありました」


 そこにリムアーノからの報告が届いた。


「む、リムアーノの奴、閣下とやり取りするのを嫌がって、別の場所に行きおったな」


 ブローブはそう言って溜息をついた。できることなら自分だって別のホスフェの部隊を探して、マハティーラの関わり合いを避けたいくらいであるがもちろんそういうわけにはいかない。




 先行していたマハルラ・ホルカールの隊の先に、ホスフェ軍の姿が見えてきた。その先にマハティーラ隊の旗が微かに見える。


 ホスフェ軍の包囲はほぼ完了しそうであるが、北と南から包囲する部隊間の連携が不十分なのだろう。一部に綻びがある。


「敵の包囲はまだ完成していない! 閣下を救うぞ!」


 ホルカールの命令を受け、兵士達も意気高くホスフェ軍に襲い掛かる。だが、ホスフェ軍も攻撃される予想はしていたようで、大勢の兵が反転して一斉に矢を放ってきた。


「ひるむな! 相手も前後に敵がいる状態だ。押し切ればまだ目はある!」


 ホルカールは懸命に督戦し、自らも剣を振るった。




「相手が追いついてきましたよ。後ろから突っつきますか?」


 北の高台にいるフィンブリア隊の中で、エルウィンがフィンブリアに尋ねる。


「まだだ。あいつらは一部だけだ。もっと合流させた方がいい。パンに挟む具は沢山あった方がいいだろう?」


「でも、あまり多すぎると一口で食べられなくなりますよ」


 エルウィンの軽口を聞いてフィンブリアは笑う。


「そいつもそうだが、一部隊は少ないな。もう少し様子見だ」


 と、待ちを決めていると、伝令がかけつけてくる。


「申し上げます。敵の一部隊がこちらに気づいて、向かってきているようです」


 エルウィンは「それ見たことか」とばかりに呆れた溜息をついた。


「欲張り過ぎるから、得物を背後から襲うことができなくなったじゃないですか」


 フィンブリアは再度笑う。


「それは違うぞ。あの部隊に食いついていたら、フェルディスの別動隊に尻を掘られるところだったからな。残っていたから正面から対峙できるのさ」


「物は言いようですね」


「残念だが、手柄は今度ということになりそうだな」


「その割にはあまり悔しくなさそうですが」


 フィンブリアは三度目の、ひと際豪快な笑い声をあげた。


「こういうものは博打の大当たり狙いと同じだからな。そうそういつもうまくいくことはねえってことさ」


「で、賭けに負けて雑用をさせられるということですね」


「分かっているじゃねえか」


 二人は武器をとって、前線へと上がっていった。


戦況図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817139557931624765

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