第11話 包囲完成
マハティーラの部隊は前回の戦場を超え、リヒラテラ城の西数キロの地点まで迫ってきていた。
目印はないものの、前回以上に進軍したらしいということはマハティーラも分かっている。それが彼の過剰な自信を更に肥大化させた。
「もうすぐ城が見えるぞ!」
そう叫ぶマハティーラの眼前にホスフェ軍の姿が見えてきた。
「おっ。敵がいるのか?」
と思ったが、兵力としては多くない。八千程度であろう。
これなら突破できる。マハティーラは根拠もなくそう考えた。
「よし! 突撃だ!」
マハティーラの命令に、兵士達が一斉に付き従った。
正面で相対するのはラドリエル・ビーリッツの三千に、オトゥケンイェルの執政官バヤナ・エルグアバの代理人であるフトア・ムルシルとムガリト・セリピの二人であった。
ムルシルとセリピの二人は前回のリヒラテラには出ていないため、大きな戦闘に参加するのは初めてである。ために、緊張と恐怖で震えあがっていた。
遠巻きに眺めながら、その情けない有様にラドリエルは苦笑する。
「勢力争いに負けた者は気の毒だなぁ」
と他人事のように呟いてしまう。
執政官バヤナ・エルグアバをはじめとするオトゥケンイェル勢はどうやらメルテンスの抜け駆けに全く気付いていなかったらしい。ここリヒラテラにたどり着いてから急な事態の変遷についていけていない。
いきなりフグィやセンギラをはじめとする多数派とメルテンスが組んでしまい、少数派となったことでラドリエルと同様の貧乏くじを引かされることになっていた。
「……まあ、苦しい戦いにはなるだろうが、メルテンスとナスホルン殿がすぐに包囲してくれるだろう。それまでの辛抱だ」
我慢する戦いは前回のリヒラテラでも経験済みである。余裕はあった。
「それにしても、フィンブリアはどこに行ったのだ……?」
自軍よりも気になるのは勝手に別動隊を指揮してリヒラテラから出て行ったフィンブリアのことである。彼が勝手な行動をしてしまったせいで自分達が貧乏くじを引き受けざるを得なくなったのであるから、苛立ちも倍増していた。
「……あいつもいませんね」
アムグンの言葉に、ラドリエルが「あいつ?」と応じる。
「あのディンギアから来ていた復讐に燃える少年達です」
「ああ、確かエルウィン・メルーサと言ったかな……」
エルウィンはディンギア北部の小さい部族だったらしいが、別の部族の襲撃を受けてフグィまで逃げてきていた。戦功を立てて軍を揃えて復讐を果たすのが目標らしく、「あの連中、いつか八つ裂きにしてやる」を毎日のように口にしながら訓練に励んでいる。
「……あれだけ物騒な連中がいては規律に問題が生じるかもしれんからな。フィンブリアの方が性格も合いそうだし、向こうの方がいいだろう」
「それはそうですが、やりすぎませんかね?」
「……その場合はその場合だ。仕方がない」
それに。ラドリエルはレミリアの言葉を思い出す。
今回の勝利は、次回の敗戦の原因になるという。その実現を少しでも遠ざけるためには、荒っぽい連中を前に出して、相手に徹底的な損害を与えた方がいいのかもしれない、とも。
溢れんばかりの自信とともにラドリエル隊に突撃したマハティーラ隊であるが、その感触は芳しくない。勢いと兵力差がある分、若干押してはいるが、ラドリエル隊は全く動じる様子はない。むしろ、計算して下がっているようにも見える。
「何を悠長にやっておるのだ!? 早く突破してリヒラテラ城を占領するぞ!」
マハティーラは馬上でひたすら怒鳴っているが、事態は変わらない。
「押せ! 押さんか!」
更に怒鳴っているところに、参謀のジュール・ミースラーが近づいてくる。
「このままでは城のそばにいては、敵軍の別動隊に包囲されてしまう可能性がございます。閣下、ここは一回下がりましょう」
「馬鹿者! ここまでリヒラテラに近づいて、下がるなどあってなるものか! 敵はもう少しで諦める! 根性で押すのだ!」
マハティーラが更に激励したところで後方から伝令が走ってくる。
「閣下! 背後にホスフェ軍が!」
「何だと!?」
マハティーラは仰天した。
そのまま、唖然とした顔で後方を向いた。既に頭が真っ白になっているらしいことは誰の目にも明らかであった。
リヒラテラの北東に陣取っているフィンブリアにもその様子はよく見て取られた。
「おいおい、呆れるくらいあっさりと背後を取ってしまったみたいだなぁ」
その傍らに険しい顔つきの若者がいた。エルウィン・メルーサである。
「私達はどうするんですか?」
「恐らくだ、もうすぐフェルディスの援軍が後方に到着する」
「そうですね。それまでには敵の指揮官を討ち取っていそうですが」
「そんなことはどうだっていい。敵の援軍が、今、包囲しているメルテンスとガイツの後ろから攻撃を開始するだろう。そうすれば、俺達はその背後から更に攻撃する。敵指揮官マハティーラ・ファールフ、ホスフェ指揮官メルテンス・クライラ、その間のフェルディス軍……ブローブ・リザーニとかがいるのかな。全員セットして万力にかけちまおうってわけさ」
エルウィンが「えぇっ」と声をあげた。
「味方も巻き込むんですか?」
「エルウィン、戦場には不幸な事故ってものがあるものだ。それにフェルディス軍とオトゥケンイェルの連中をまとめて始末できれば、おまえの目標である部族の再興も早くなるぞ」
「……それはそうですが」
さすがにやりすぎではないか、そうした表情が浮かんでいた。
「閣下、閣下!」
ジュールは再三呼びかけるが、思考停止してしまったマハティーラは魂の抜けたような顔でぼんやりと後方を眺めている。
「このままでは前後から押しつぶされて全滅してしまいますぞ! せめて閣下だけでもお逃げください」
逃げるという言葉に、マハティーラが反応する。
「そうだ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかぬ」
「左様でございます。早くお逃げください。包囲が完了する前に後ろに素早く移動するのです」
「よし、分かった」
マハティーラが急いで後方へと下がっていった。
「やれやれ、これで多少は楽にできるか」
ジュールは溜息をついて、呼びかける。
「踏ん張るのだ、今を耐えていれば、味方が助けに来る!」
動転していたマハティーラ隊がその言葉で多少落ち着きを取り戻した。
「とはいっても、後続部隊が助けたいのは我々ではなくて、あの馬鹿閣下であろうが」
ジュールの言葉に近侍の者が笑う。
この戦いを生き残った者を中心に、以降、マハティーラのことを『馬鹿閣下』とか『ばかっか』と陰口をたたくことが定番となってくるが、それはまだ先の話である。
戦況図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817139557888642818
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