第10話 自信過剰な二人

 マハティーラ・ファールフの取り柄は、10歳上の美しい姉がいるということと、破格の自信を持ち合わせているということであった。


 姉が皇帝アルマバートに見初められた後、9歳にして何不自由のない生活を送れるようになった。それが彼をして「自分は選ばれた存在だ」と認識させるに至った。自分は何でもできる、自分より優れた者は存在しない。幸か不幸か、皇帝アルマバートの寵愛も受けて、現実を認識する機会が与えられることがなかった。


 そんなマハティーラであるから、『ホスフェ総督としての地位を保証してくれれば、リヒラテラ城まで案内する』というメルテンスからの手紙を疑いなく信じるに至った。


「よし、リヒラテラまで直行するぞ!」


 マハティーラが指示を出し、兵士達が従う。マハティーラ直属の兵士達の主人に対する忠誠心は高いものであった。常に自信満々に振る舞うマハティーラを頼もしい存在と認識していたのである。


「ジャングー砦の諸将には?」


 さすがに参謀のジュール・ミースラーがマハティーラに確認をする。


「放っておけ」


「ほ、放っておくのですか?」


「善は急げという。このような好機を見逃すわけにはいくまい」


「し、しかし、相手の罠ということも……」


「罠? 誰がこの俺を罠にかけるというのか?」


 マハティーラが自信満々に言う。軽率や注意不足というわけではない。そんな発想がないのである。自分を他人が騙すことなど、あるはずがない。本気でそう考えている。


 マハティーラの自信満々の姿勢は、付き添う者の疑念をかき消した。ここまで指揮官が自信満々なのである。まず間違いないと考えていた。


 かくして、マハティーラの部隊12000は何の疑いもなくリヒラテラへの街道を進んでいた。




 ホスフェ東部・リヒラテラでは、フグィ勢の指揮官代理ラドリエル・ビーリッツが報告を受けて呆れていた。


 呆れているのはラドリエルだけではない。フィンブリア・ラングロークも同様に唖然とした顔をしている。


「敵の指揮官が真っ先にやってきたのか? 皇弟というのはそれほど愚か者なのか?」


「同感だが、何度も犯罪者として収容されているおまえに愚か者と言われるのはマハティーラも心外だろう」


 ラドリエルが笑いをかみ殺す。フィンブリアは右手を握りしめ「殴られたいのか」と凄んでいるが、気にせず笑い続けた。


「しかし、敵の指揮官にそこまで信じさせるというのは、メルテンス・クライラは父親とは似ても似つかぬ有能な男なのかもしれん」


 数日前、オトゥケンイェルでメルテンスから「敵軍を誘い出し、包囲殲滅する」という方針を聞かされた時には半信半疑であった。作戦としては適当だが、あまりにも非現実的な話と思えたからである。包囲殲滅というのは確実かつ美しい勝利への形であるが、味方が完璧に動くか、あるいは敵が余程大きな失策をするかしない限り、実現しないものである。


 リヒラテラに誘い出すと言っても、少数のフェルディス軍がそんな簡単に乗ってくるはずがない。誰もがそう思っていた。


 しかし、実際に誘い出されたという情報を目の当たりにすると、認識を改めるしかない。もちろん、相手が阿呆なのも間違いないのであろうが、戦いというのは結果が全てである。


「できれば敵の総大将マハティーラを討ち取りたいところだな。俺の隊は勝手に動いていいか?」


 フィンブリアの問いかけにラドリエルがムッとなる。


「いいわけないだろう」


「ただ、メルテンスは主導的な役割を果たしてはいるが、別に指揮官として認めたというわけでもないだろ? だったら、俺が好き勝手に動いてもいいんじゃねえの?」


「ダメだ。それで失敗したらどうするんだ?」


 ラドリエルの言い分に、フィンブリアが不機嫌を露わにする。


「失敗したらどうするだぁ!? おまえなぁ、命のやりとりをする場所で失敗なんて恐れていたら、勝てるものも勝てなくなるだろうが。失敗して死ぬのが怖いんだったら戦場に来るな。フグィに戻って、恋人のおっぱいでも吸っていろ。俺は好きにやる」


「こら、待て」


 ラドリエルの制止を全く聞くことなく、フィンブリアは出て行った。



 入れ替わりにメルテンスが入ってきた。以前は父親の名声だけが頼みの頼りない若者という雰囲気であったが、ここまで順調に進んでいるせいか表情にも張りがあるし、身長も10センチ以上伸びたように見える。


「先ほど、指揮官らしき者が出て行ったようですが?」


 メルテンスが後ろを振り返りながら尋ねる。


「……あれは気にしないでください」


「左様ですか。それはそれとして、敵軍の一部が突出して向かってきているという情報が来ています。これを最大限に生かしたいと思いまして、包囲網の位置取りを考えたのですが、フグィの面々はこちらに陣取っていただきたく」


 メルテンスがリヒラテラ付近の地図を広げた。そこには矢印が数本書かれてある。


 フグィの部隊はリヒラテラの街道沿いに進んで攻撃するという指示があった。


(ふむ……。正面から受け止める形か)


 露骨だな、ラドリエルはそう思った。


 マハティーラの部隊は猪突猛進で突っ込んでくる。もちろん勝てる公算は高いが、正面で受け止めるのは被害が出る可能性が高い。一番の貧乏くじであるといってもいい。


「……いかがですかな?」


 どうしたものか。ラドリエルは思案する。


 先ほどのフィンブリアの言葉ではないが、フグィはオトゥケンイェルの配下ではないから、顎で使われる根拠はない。


(とはいえ、フィンブリアの奴がなぁ)


 仮に自分だけなら文句の言いようもあったが、フィンブリアが勝手な行動をしているという状況もある。これで更に反対した場合、「フグィは勝手な行動ばかりではないか」と文句を言われる可能性もある。


「……承知しました。正面で受け止める役割はきちんとこなしますので、別動隊が出ることは寛恕願いたく」


「別動隊? まあ、正面で受け止めてくれる分には構いません」


 メルテンスは一瞬不思議そうな顔をしたが、目的は果たせたということですぐに笑顔になる。


「これでフェルディスを一気に倒し、そのままジャングー砦まで制圧してしまいましょう。そうすれば、次の選挙は我々が勝利します」


「……左様ですな。しかし、メルテンス殿が突然方針転換をしたことには驚きました」


「とんでもない。フグィやセンギラには迷惑をかけたかもしれませんが、私は元々愛国心の強い男でございます。ホスフェがフェルディスの言いなりになるなど、耐えられるはずもありません」


「左様でございましたか」


 ラドリエルは敢えて反論することなく、話を流した。


 目的を終えたメルテンスが戻っていくと、ラドリエルは漁業ギルドの者を一人呼び寄せる。


「今からフグィに戻って、レミリア王女に一つ頼み事をしてきてくれないか? 彼女も例の件で居心地の悪い思いをしているだろうし」


「何でしょうか?」


「オトゥケンイェルで、メルテンスのことについて調べてほしい。特に根拠があるわけではないが、ひょっとしたら、オトゥケンイェル一派の中で不祥事を起こして、抜け駆けをする必要がでてきたのかも、と思ったのでな」


「分かりました。ただ、仮に不祥事があったとしても、今回勝てば打ち消されるのではないでしょうか?」


「それはそうだが、中長期的にはどうなるか分からん。メルテンスの脛に疵があるのならば知っておいて損はないだろう」


 メルテンスに一人勝ちはさせられない。


 仮にバグダがいたとしても、そうするであろう。調べられるものは調べておいた方がいい。それに適した人材もいるのだから。

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