第9話 フェルディス軍出撃

 フェルディスの西、ジャングー砦でリムアーノ・ニッキーウェイが武器や兵糧の確認をしていた。


 十日もすれば、マハティーラ、ブローブらも直属兵を連れてくることになり、その後、リヒラテラに向かって出撃することになる。


「リムアーノ様」 


 副官のファーナ・リバイストアが声をかけてきた。


「ちょっと気になる報告が……」


「気になる報告? 何だ?」


 武器を軽く磨きながらリムアーノが尋ねる。


「マハティーラ閣下が、どうやらオトゥケンイェルの議員と連絡をとって奇襲計画を練っているという情報がありまして……」


「どこからの情報だ? 大将軍は知っているのか?」


「大将軍がご存じかどうかは分かりません。ただ、閣下は表向きにはしていない情報のようです」


 リムアーノは「フン」と鼻を鳴らした。


「自分の手柄にしたいので、黙っておこうというわけか。しかし、オトゥケンイェルの連中と計画して奇襲計画だと? おまえはどう思う?」


「少々疑わしいように思います。確かにオトゥケンイェル派とセンギラ・フグィ派が争っているという話はございますが、仮にも元老院議員として選ばれた者がそこまで背信行為を行うものかどうかは……」


「とすると、どういう意図があると思う?」


 その問いかけは予想していなかったらしく、ファーナはしばらく考えている。リムアーノの頭の中には既に答えが見えてきているが、敢えて副官の返事を待つ。


「マハティーラ閣下が手柄を急ぐように、オトゥケンイェルにも手柄を急いでいる者がいるのではないかと」


「そうだろうな……」


「大将軍に伝えますか?」


「それをしたことがマハティーラ閣下に伝わると、俺がいらない詮索をされることになる。放置しておこう」


「左様でございますか」


「ただ、我が隊には、進軍に細心の注意を払うよう伝えておかなければならないな」


 リムアーノの言葉にファーナはけげんな顔をした。しかし、特に疑問を呈することなく「分かりました」と頭を下げた。



 1月16日、先にブローブ・リザーニの部隊が到着した。常時万を超す軍を指揮するが、今回は総勢四千。珍しいくらい少ない。


「閣下はまだか?」


「はい。何分、強襲すると息巻いておりましたので、その方法が分からず、遅れている名目で今頃必死に考えているのかもしれません」


「こいつ……」


 リムアーノの嫌味にブローブが苦笑する。


「閣下は経験が浅いが、優れた参謀が何人かついている。それなりのものは仕上げてくるだろう」


「左様ですな」


 リムアーノは薄い笑いを浮かべて答えた。


 それから三日の間に、ホルカール、ペルシュワカ、バラーフらが続々と集結してくる。これで総勢は17000。残りはマハティーラが連れてくる12000と城兵のうちから千を派遣することとなっている。



 更に二日が経過したが、依然としてマハティーラは到着しないし、兵士達が来ることもない。


「ひょっとすると、閣下はまたぞろどこかの村娘にでもちょっかいを出したりしているのではないだろうか?」


 遅すぎるマハティーラに、諸将から不安そうな声があがった。


 ありえないではない。マハティーラの狼藉については、糾弾こそされていないが誰もが知っている。他の軍を任せて、自分を優先するだろうことも理解されていた。


「……どうしますか?」


 リムアーノがブローブに問いかける。マハティーラを置いて進軍するべきか、あるいはホスフェ進攻自体を取りやめるべきかどうか。


「総指揮官がおらぬのに勝手に動くわけにもいくまい」


 ブローブは渋い顔で答えた。「どこをほっつき歩いておるのか」という小さな愚痴も聞こえてくる。


「大将軍の言う通りではございますが、さすがにいつまでも待っているわけにはいかないでしょう。期限を示さないと兵士の規律が乱れてしまいます」


 進攻を中止するのなら、それはそれで一つの方法かもしれない。如何せん、今回の作戦は無茶がありすぎる。一度仕切り直して、今年の収穫後に改めて準備して攻め込むのも手ではないか。


「そうだな。あと二日待って、何の連絡もなければ、退却することとしよう」


 ブローブの言葉に一同から安堵の空気が漏れた。



 その夕方、リムアーノは砦内の自室で待機していた。


 と、外から慌ただしい足音が聞こえてくる。


「どうかしたのか?」


 ようやくマハティーラが着いたのだろうか、そう思いながら部屋から出る。


「おお、リムアーノ!」


 ホルカールが足をもつれさせんばかりの勢いで走り寄ってきた。


「大変だ! 閣下は」


「閣下は?」


「閣下は、このジャングー砦に立ち寄らずに直接リヒラテラへと向かっているらしい」


「何だと!?」


 リムアーノは仰天した。


「どうやって!? 兵糧はどうするつもりなのだ?」


 マハティーラの性格からすれば、抜け駆けすること自体は不思議ではない。


 しかし、彼は一万二千の兵士を連れている。それらの食糧はジャングー砦で管理されている。


「いくら閣下が阿呆であっても、食べ物抜きで戦うことができないことくらいは理解されているだろう」


「恐らく、どこかの村で調達したのではないか?」


「……なるほど」


「早く追わなければならない。準備をしてくれ」


「もう放っておけばいいのではないか?」


 傍若無人も度が過ぎる。友軍を差し置いて自らの手柄を求めるなど、およそ総指揮官のやることではない。


「それができるのなら、俺もそうしたいが、陛下の不興を買うことは必至であるし」


「……どのくらい先を進んでいるのだ?」


「二日前にジャングー砦の北を進んでいたらしい。偵察隊が辺りに聞き込みをして発覚した」


「二日か……」


 厄介な事になった。リムアーノは率直にそう思った。


 続いて、そのまま放置してしまっても構わないのではないかという思いが再度浮かぶ。


(陛下の不興を買うとは言っても、誰を処分するというのだ? 我々全員を処分すれば、フェルディス軍は完全解体だぞ。それでも処分したいというのなら、いっそ好き勝手に処分してもらっていいのではないか?)


 そうなれば、皇帝もタダでは済まないだろう。何なら自分が反乱を起こしてしまっても構わない。マハティーラと違って皇帝には敬意を払っているつもりであるが、ないがしろにされてまで仕え続けたいと思っているわけではない。


(それにしても、マハティーラは一万二千でリヒラテラを落とせると思っているのか?)


 歩いているうちに少し冷静さを取り戻す。


 抜け駆けしようという発想も理解しがたいが、一万二千でリヒラテラを落とそうという考えはもっと理解しがたい。


(ファーナが言っていたオトゥケンイェル派の手引きというものを本気で信じているのだろうか。本気で裏切ると思っているのだろうか?)


 また、仮に本気で裏切る議員が一人や二人したとしても、残りの面々はホスフェのために奮戦するはずである。一万二千の軍でリヒラテラを落とせるとも思えない。


(本気でそう思っているのだろうな。そうだとすれば、我々には好都合かもしれん)


 仮に内通を信じているのであれば、ジャングー砦の面々が追いかけたとしても追いつくことはないだろう。後続部隊は当たり前のように哨戒活動をしながら進むが、マハティーラは警戒などせずに全速力で進むからだ。


(我々が追いつく頃には既に壊滅していることだろう。それはそれで悪くないか)


 そう考え、リムアーノは内心でほくそ笑んだ。

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