第8話 レミリアの葛藤
周りが驚いているが、他ならぬレミリア自身も自分の発言に驚いていた。
(うっわぁ……、皆に合わせようと思っていたんだけど……)
今回は場の空気に合わせようと思っていた。反対しても何の意味もないし、どれだけ強く反対しても事態が変わることは決してない。わざわざ場の空気を乱して、不愉快な思いにさせることもない。
と決めていたはずであるが、無意識的に本心が口をついてしまったらしい。
一同の奇異な視線が集まってくる。どうやら昨晩の話をエレワから聞いて参考にしていた者もいたらしい。「貴女の話を参考にしたのに、自分だけ反対するというのはおかしいないか」という非難めいた視線をひしひしと感じる。
「反対とのことで、どのような理由か伺えれば有難いのですが」
バグダの言葉もどこか詰問するような響きがある。
(ま、仕方ないか……)
今まではっきり言ってきた自分である。今回だけ逃げるのも卑怯だと自分の中の何かが働きかけたのだろう。
「今回だけであれば、この方針は良いと思います。しかし、メルテンス・クライラの方針を採用した場合、後に禍根を残す可能性がございます」
「禍根?」
「メルテンスはフェルディス側の情報を元に奇襲をするとしていますが、奇襲をされた側はどう捉えるでしょう?」
「……それは、やられた側は卑怯だと思うでしょうね」
バグダはそう答えるが、解せないという顔をしていた。
騙し騙されるのは外交世界の常道である。それにフェルディスとオトゥケンイェル側の議員との関係は公式な外交によるものではない。秘密裏にやりとりしているものを利用したとして、何が悪いのか。
レミリアもそれは理解している。
「謀略で勝つということ自体は必要です。しかし、やられた側が恨みをもつのは間違いありません。ですので、その対処策が必要になりますが、メルテンス・クライラの考えにはその対策がありません。むしろ、自己の政治的野心も含めて挙国一致体制を作り上げたいと言っており、逆の方向を向いています。これは非常に問題です」
メルテンスの立場からすると、これは千載一遇の好機で、ここにホスフェの多くの人間を関わらせることで、将来的な自分の立場を強化したいという気持ちがある。
それ自体は上昇志向の強い人間として不思議なことではないのであるが。
「ホスフェという国は、元老院が国の方針を決定します。議員を決めているのは民衆です。もちろん、民衆全員ではありませんが、ある程度包括的な民衆と捉えていいと思います。すなわち、元老院が挙国一致であるということはホスフェの全員が、フェルディスを謀略にかけることを意味します。フェルディスはホスフェの全員に復讐心を抱くことになり、ホスフェは逃げ道がなくなります」
そこまでして、得るものはジャングー砦までの支配である。しかも、それが永続的に続く保証もない。
「二、三年であればいいかもしれませんが、五年、十年で見た場合、今回の件は必ず尾を引くと思います。以上から、メルテンスの提案に従えば、目先の勝利を得ることはできますが、後々それ以上のマイナスとなる公算が極めて高いと考えます。そうである以上、この提案に乗ることには反対いたします」
「ふむ……」
バグダは露骨に困惑した顔をした。ラドリエルも「うーん」と小さく唸って下を向く。
「レミリア王女の危惧は理解できますが、正直、西部のセンギラをはじめとした多くの者もメルテンスに乗ると思います。心情的に多くの者がフェルディスに対する敵愾心を持っている現状もありますので、フグィがこれを主張しても受け入れられるかどうか……」
「そうですね。反対したとすると、フグィのみが孤立するかもしれませんし」
アムグンもラドリエルに同意する。
(ま、そうなるわよね……)
レミリアもそれは分かっている。数年後にどうなってもいいのか、ということを強弁するつもりもない。
「……レミリア王女の意見も警告として受け取っておくべきものとは思いますが、今回、さしあたりメルテンス・クライラの方針に乗るということで、いきましょう」
バグダが一応配慮を示す結論を出したが、実際には何もしないだろうことはレミリアも理解していた。
その日の夕方、戻り際にエレワが渋い顔で近づいてくる。
「レミリア様~、何も最後に一人だけ反対することはないじゃないですか? しかも、昨夜は全く違うことを仰っていたのに」
「昨夜の段階では、第一印象としてそうなるだろうと思ったのよ。ただ、しばらくしたら数年後には絶対まずい方向に行く未来しか見えなくなってさ」
レミリアの返事に、エレワが「はあ」と溜息をついた。
「それを仰ってくれれば、他の人に聞かれた時に別の答え方ができたのに」
「……というか、何で他の連中は、私の考えをエレワに聞くわけなのよ?」
「そんなの決まっているじゃないですか。レミリア様に直接聞くのは怖いんですよ。フォクゼーレでもコルネーでも好き放題言っていたじゃないですか」
「……」
「あと、ホスフェが数年後負けるような口ぶりで話されたのもよくないと思いますよ」
「仕方ないじゃない。負けるとしか思えないんだから」
エレワの母親みたいな苦言に、レミリアは思わず唇を尖らせて反論する。
「そうですか? 今回は勝つんですよね?」
「今回は、ね。今回はフェルディスの側に問題があるらしい。だから、オトゥケンイェル代表のメルテンスが何かしてきたら、それに乗る可能性が高い。だから引っ掛かりやすいのは間違いないわね。ただ、昼間も言ったけど、それでやられたらフェルディスは必ず本気になる。他を差し置いて最優先してホスフェに対する雪辱を果たそうとする」
現在、フェルディスはイルーゼンやソセロンも含めたバランスのうえでホスフェに相対している。しかし、ホスフェに騙し討ちで負けた場合には、両国に譲歩してでも、全力を回してくるだろう。
「うーん、そうなるとホスフェは確かに勝てないですかねぇ。でも、その準備もしておけばいいんじゃないですか?」
「二年後に選挙があるのに?」
「あ、そうか」
「メルテンスはじめ、主要な面々はフェルディス相手の戦果を高らかに主張して再選される。ホスフェの人達も勝利は誇らしいものだから、多分大喜びしてメルテンスを選ぶでしょう。ただ、それっていうのはフェルディスに対して騙し討ちした勝利なわけで、フェルディスからすると恥の上塗りになる」
「あ~、ホスフェはフェルディスの反撃に備えなければいけないのに、タイミングと制度の関係でそれができないわけですね。しかも、更にフェルディスを怒らせる可能性が高いと」
「そう。ホスフェとフェルディスが互角なら、大勝すればそのままの勢いで押し切れるかもしれないけれど、フェルディスの方が上なのよ。だから、一回勝っただけではダメなんだけれど、選挙がある以上、そこから攻勢を続けるよりは、一回止まって戦果を誇張する方に回るはずなのよね」
レミリアは溜息をついた。
「ここまで言わないと負ける理由が理解できないのだけど、ここまで言うと、ホスフェに対する批判になるのよね……」
仮にここまで言っていたとすれば、バグダやラドリエルの反感が更に大きくなっていたであろう。
「それでもナイヴァルが助けてくれるのなら最低限大負けはないだろうけれど、ナイヴァルにしてもこの二年は綱引きと思っているわけでしょ。シェラビー・カルーグも当面は国内改革を徹底するだろうし。その間にホスフェ側から仕掛けて不利な方向にもっていく展開は予想していないはず」
「シェラビーに伝えて、ホスフェを制止してもらうというのはどうでしょう?」
「ホスフェは今回に関しては多分勝つのよ? 勝つ戦いを止めさせることができると思う?」
「どうしようもないですね」
「ま、あくまで予測だから外れることを願うしかないわね。例えば、ホスフェ軍がフェルディスの主要な将帥を全員戦死させるくらい勝てばそのまま押し切れるかもしれない」
もちろん、レミリアはフェルディスの指揮官が誰であるかを知ることはない。今回に限り、マハティーラ・ファールフであるということも。
「だからといって『敵軍を皆殺しにしろ』とも言えないですよね」
「……そういう条件ならそういう条件なりにきっちりやってくれそうな奴が一人いるけれど、そいつに頼むようになったら人生おしまいだから、しばらくは周囲の白い視線に耐えるしかないわ」
「ああ、あれならやってくれるかもしれませんねぇ」
自分同様に紫の目の少年の顔を思い浮かべたのであろう、エレワは乾いた笑みを浮かべ、深い溜息をついた。
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