第4話 フェルディスの進軍事情
フェルディス帝国の帝都カナージュ。
その王の間で八人の者が議論をしていた。
皇帝アルマバート・バフラージ
皇帝の義弟マハティーラ・ファールフ
宰相ヴィシュワ・スランヘーン
外務大臣トルペラ・ブラシオーヌ
農務大臣コディージ・メハルガル
大将軍ブローブ・リザーニ
ニッキーウェイ侯リムアーノ
サンジスカ伯タバル
という顔ぶれである。
議題は年明けすぐジャングー砦からリヒラテラへと攻め込むことであり、既に一時間ほど話をしていても合意点が中々見いだせない。
出兵そのものに反対している者はいない。問題は規模及び目的である。
目的という点に関しては、皇帝の義弟マハティーラが本格的な出兵を望んでいた。
「示威行動などという生ぬるいことをする必要はない。リヒラテラを占領して、ホスフェ首都オトゥケンイェルを伺う気配を見せれば、奴らは嫌でも屈服するだろう」
と威勢がいい。
しかし、はっきり否定しない皇帝アルマバート以外の全員が本格的な出兵には反対していた。
「二年前のリヒラテラでの最大の収穫は、オトゥケンイェルのバヤナ・エルグアバ執政官やメルテンス・クライラらがフェルディスに近い立場を取るようになったことである。仮にリヒラテラを占領までしてしまえば、彼らが逆に反発する可能性がある。段階的に圧力をかけていくべきだ」
という方向性が主であり、この方針が受け入れられる。
問題は示威行動としての出兵をどの程度で行うかであった。農務大臣コディージ・メハルガルは「この前、ソセロンにもかなりの供給をしたし、多くは出したくない。三万程度でどうだろう」と主張しているが、ブローブ、リムアーノ、タバルら軍は大反対をしている。
「前回五万以上を出したのだ。三万ではかえってフェルディスが舐められてしまう。最低ラインは六万だ」
「しかし、昨年はそれほど収穫も多くなかったうえにソセロンにがっぽり取られてしまったので、それだけの備蓄を出せば今年の収穫如何によっては市井への供給量に影響するのではないかと」
この両者の板挟み的な立場に立つのが宰相ヴィシュワと外務大臣トルペラとなる。
「コディージよ、ここ二年が重大な勝負になりそうなのだから、今回に限ってブローブの意見を容れてやってくれぬか」
ヴィシュワがそう宥めようとするが、コディージは納得しない。
「宰相はそうおっしゃられますが、毎年毎年、今度こそ勝負だ、今こそ全てを賭ける時だという話を聞かされる側にもなってください。二年後には、来年こそナイヴァルとの決戦だという話になるのではないですか?」
「う、うむ……」
「食糧は絞れば出るものではないのです。毎年毎年、農地から限られた量しか取れぬものなのです。皆様方は農業というものを舐めているのではないか?」
ここでマハティーラが反撃に出た。
「それならば、三万の兵を率いて電撃的にリヒラテラを占領するというのはどうだろう? そのうえで、条件をつけてリヒラテラを返還する。これならば兵士の数も抑えられるし、期間も短くて済む」
「おお、それはいいのではないか」
皇帝アルマバートがこれに賛成する。
残りの者の顔色が変わった。規模の問題でもめていたはずが、いきなり目的を変えられてしまうのだから当然だ。
「三万でリヒラテラを占領できる保証はありません。もし負けようものなら、再度の遠征を強要されてかえって負担が大きいことになります」
リムアーノがこう主張するも、マハティーラが「私がやると言っているのだ」と強弁して譲らない。
「このところ、全てうまくいっているのだ。その方向性で良いではないか」
皇帝アルマバートがこう結論づけてしまい、三万の軍勢でリヒラテラを急襲するという方向性で話が決まってしまった。
「何ということだ!」
会議の後、皇帝とマハティーラ以外の六人は応接室に移動した。部屋に入るなり、ブローブが憤懣やるかたない様子で椅子を蹴り上げる。
「……どうやら、マハティーラは相当陛下に売り込みをしていたようだな。いつもに増して陛下のマハティーラ擁護が凄かった。まあ、今更分かったとして後の祭りだが……」
トルペラが首を振りながら言う。
「私としては、実際に食糧供給が少なくて済むのなら、それに越したことはないですがね」
「農務大臣よ、そんなに食糧事情が厳しいのか?」
「厳しくしてしまったのはどこの誰ですか。イルーゼンへの介入を口実に、ソセロンに向こう三年分の食糧を前渡ししてしまったのは」
「うっ……。それは、奴ら、農地改革をするためにも必要だと言っておったからな」
推進していたヴィシュワとトルペラが言葉に詰まる。
「余剰分としては本来なら二万くらいです。三万にしても防衛用の食糧を拠出することになるわけですからな」
「……分かった。ブローブ、タバル。どうしたものか? リヒラテラを三万で落とせるか?」
ヴィシュワの問いかけにブローブは渋い顔をする。
「前回、その倍を連れて行って負けに近い引き分けだったからな。油断はあったにしても、その半分でリヒラテラを陥落させるというのはどうにも……」
「おまけに彼女もおりませんしね」
リムアーノがポツリと呟き、ブローブとタバルも渋い顔をする。彼女というのがヴィルシュハーゼ伯ルヴィナであることは言うまでもない。
「しかもマハティーラ様が総大将だ。率直に申しまして非常に厳しいところです。とはいえ、物事には表裏があるわけでして、総大将がマハティーラだということは相手が舐めてくれる可能性があります。ヴィルシュハーゼ伯がいないというのも相手にとっては、怖い存在がいないということになりますし」
リムアーノの言葉に、全員が息を呑んだ。そのまま彼の答えの続きを待つ。
「反オトゥケンイェルの側にこの情報を流しまくり、反フェルディス派を扇動するというのはどうでしょう?」
フグィやセンギラなどのナイヴァルに近い側は、フェルディスに対する反発が強い。そこに「フェルディスが愚将マハティーラを総指揮官にして軍を出してきた。しかも前回の半分の兵力である」となれば意気揚々と乗ってくる可能性が高い。相手がこちらを舐めてかかってくれれば、策略などを用いる余地が出て来る。
「仮にも皇帝陛下の義弟を愚将として売り込むのはどうかと思うが……」
ブローブが苦笑したが、全員、「それしかないだろう」ということで一致した。
「分かった。リムアーノ、情報をばらまくのはお前に任せてもいいだろうか?」
「承知しました。お任せください」
「それでは年明け一か月程度を目途でカナージュから出撃する。向こう三か月分の食料の準備を頼むぞ」
「……仕方ありませんね。攻め込まれた場合やら、天候不順になったらどうしようか気が気でなりません」
コディージは「やれやれ」と溜息をつきながらも頷いた。
どうにか合意が成立し、六人は任地へと戻り、それぞれの仕事を急ピッチで進めていった。
フェルディスが年明け程なくリヒラテラへと進軍する。総指揮官はマハティーラ、という情報は、短期間でホスフェはもちろん、イルーゼンやナイヴァルにも伝わっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます