第3話 レミリア、エルミーズにて
シェラビーからの誘いを受けたレミリアは、翌日早速馬車を手配した。
「まさか本当に釣りに行くんですか?」
エレワが呆れ半分驚き半分という顔で聞いてきた。
「行ってもいいんだけど、もう一つやることを思い出したわ」
「やること?」
「エルミーズが近くにあるというから、メリスフェール・ファーロットにも直接言っておいた方がいいと思って、ね」
「ああ、そうですね」
レミリアは直接メリスフェールに伝えるために、東へと向かった。
二日後、エルミーズについた二人は、その意外な発展ぶりに驚く。
「建設して二年か三年でここまで街になるんだ」
何といっても全ての建物が新しいというのが目を引く。これだけ新しいものばかりだと人にやる気を起こさせるのであろう、街全体にも活気がある。
もちろん、「思ったよりは」という留保がつくのも事実であり、サンウマやコルネーの町々とは比較にならないほど小さいのも事実である。街としての体裁は整っているが、生産力がどこまであるかも疑問であり、今後、苦労する可能性も大いにある。
それでも、身寄りもない子供や女性が少なからず希望を持っている。そんな空気が感じられる場所であった。
「とりあえずメリスフェールに会いに行きましょう」
二人は街の中心へと向かっていく。
二人はエルミーズの中心にある修道院の前に着いた。
「この修道院が実質的な政庁みたいなものらしいわね。教育や医療もここで行われているみたいだし」
少なくない数の女性兵士が訓練をしているのもこの場所であった。
「とりあえず行ってみましょう」
レミリアは中に入り、修道女に自己紹介をしてメリスフェールに会いたい旨を伝えた。
「お嬢様ですか? 多分、政務室におられると思いますが」
「政務室?」
レミリアは驚いた。14歳のメリスフェールが政務室にいるということは、彼女が街のことを決めているのであろうか?
「スレトロー様やレウチェ様、イニオルド様と話をしながら決めている感じですね」
シルヴィア・ファーロットが決めていた指導者的立場にある女性が五人いたらしい。彼女達がサリュフネーテやメリスフェールに助言をしているという。
「もちろん、大元の部分ではサンウマの監督も受けていますけれども」
さもありなん。レミリアは思った。
(もし、エルミーズの女性達だけでここまで出来るのなら、コルネーは王宮そのものが不要な存在になるわよね)
政務室に案内されて中に入った。机に一人の少女が向かっており、本を読んでいる。
「メリスフェール様、サンウマからお客様が来られました」
「サンウマから?」
メリスフェールが顔をあげた。レミリアは「ほお」と嘆声を漏らす。
(あ~、シェラビー・カルーグが『相手には困らない』と自信満々なのも分かるわね。これは確かに美人だ。クンファ陛下も悪くはないけど、この子と並ぶと不釣り合いになってしまうかもなぁ……)
「あの……?」
メリスフェールがけげんそうな声をあげた。思わずまじまじと眺めてしまっていたことに気づき、レミリアは咳払いをする。
「レミリア・フィシィールと申します。コルネーからやって参りまして、サンウマでシェラビー様にお会いしたうえでやってきました」
「はぁ……。私に何か用でしょうか?」
「はい。実は私……」
コルネー王クンファとナイヴァル前総主教ミーシャとの間の婚姻をとりもったことを説明し、頭を下げる。
「既に決まっていた話を覆すことになってしまったのは、申し訳なく思っております」
メリスフェールはしばらくぽかんとした様子で聞いていたが。
「つまり、私はコルネー王妃になる必要がないということですね」
「はい。その通りでございます」
レミリアの答えにメリスフェールは少し考え、照れ笑いを浮かべた。
「分かりました。別に嫌だったというわけではないのですが、正直重荷が取れた思いです。あ、ミーシャ様はどうだったのでしょうか?」
「特には。そういうものなんだと従容と受け入れられていたと思います」
「それなら良かったです」
メリスフェールはニッコリと笑う。
「ミーシャ様が困っているのなら、私としても受け入れづらい話でしたが、受け入れているのなら問題ありません。私も当面はエルミーズにいたいし」
レミリアはメリスフェールの読んでいた本に視線を移す。メリスフェールが視線に気づいて、本を開く。
「50年程前のフディ・バーシメ枢機卿の著書で『ナイヴァル国』というものです。政治のありかたとか、ナイヴァルの信仰の在り方とか書かれている本なんですよ」
「かなり本格的ですね。ひょっとすると、今後もエルミーズの経営を行うおつもりなのでしょうか?」
そうなると、ミベルサの若い貴公子にとっては悲劇である。そんなことを考えながら尋ねたところ、メリスフェールは首を二回傾ける。
「……正直なところ、迷っています。ここは母がどうしてもやりたいと言っていたところなので、その思いを引き継ぎたいという気持ちもありますが、同じところにじっとしていられない性分でもありますから、しばらくしたら外を回りたいと思うかもしれませんし」
「私は部外者ですから、賛成も反対もできませんが、外に出る場合には護衛はしっかりつけていった方がいいと思います」
そうでなくても、女性の旅というのは危ない。レミリアにしても、エレワ一人で大丈夫かという不安もないとは言えないし、人通りの少ない道などは不安が大きい。メリスフェールのような美人となると尚更である。
その後、二、三、世間話をして、レミリアは修道院を出た。
サンウマへの戻り際、エレワが尋ねてくる。
「それで、シェラビー枢機卿の件はどうしますか?」
まずは二年間、シェラビーの腹心として活動するのか、あるいは断るのか。
「結論としては、半分半分かな。私としては、今までずっとコルネーにいたし、ナイヴァルとコルネーは同盟国だから、フェルディスとナイヴァル、どちらにつくかと言ったらナイヴァルになるわよね」
「では、二年間従うということではないですか?」
「ただ、私は当初の予定通りホスフェに行くわ。そこからシェラビーに状況の報告をすることになるわけ。問題ない範囲ではナイヴァルやコルネーのために行動をしてもいいけど」
サンウマには残らず、ホスフェでできる限りの協力をしたい。そうしたレミリアの答えに、エレワは露骨に不思議そうな顔となった。何か引っかかっていることは明らかだ。
「何かまずい?」
「いいえ。ただ、何となく、レミリア様らしくないなぁと思って。百かゼロかがレミリア様のモットーではないですか」
エレワの指摘に、レミリアは「なるほどねぇ」と納得し、頷く。
「百かゼロをモットーにした覚えはないけれど、確かに中途半端な感じよね。ただ、私ねぇ、シェラビーはちょっと不安なのよ」
「また乱心するかもしれないということですか?」
「それは大丈夫だと思うけど、何というかね、急ぎ過ぎな気がするのよね。やっていることに間違いはないし、当面うまくいくと思う。ただ、うまくいきすぎて過信して更に急ぎそうな気がする」
「その時は、はっきりと言えばいいのではないですか?」
「そうなると、二年過ぎるでしょ。つまり、シェラビーの行く末を見るとかなると、どうしても恒久的になるのよ」
「そういうことですか。分かりました。レミリア様がそう言われる限りは従います。ところで」
唐突にエレワが話題をメリスフェールのことに変える。
「あの人を見て、唐突にノルベルファールン・クロアラントのことを思い出しました」
「えっ、何で?」
レミリアにとってはあまり聞きたくない名前である。エレワもかつて騙されそうになったことがあるだけに、進んでその名前を出すとは思わなかった。
「だって、結婚の約束破棄を何となくくらいで考えていましたよ。ノルベルファールンもそんな感覚で女性を次々変えていたじゃないですか。だから、彼女も男性を次々と変えるんじゃないかなって」
「えぇー、そんなことはないと思うけどなぁ」
レミリアは恋愛遍歴などの話は弱い。この面ではエレワの方が知識も見極める力もあるだろう。また、メリスフェールの容姿に惑わされる者は大勢いるかもしれない。
それでも、ノルベルファールンのようにホイホイと声をかけるメリスフェールの姿は想像し難い。親密な関係ではないが、メリスフェールにはノルンのようにはならないでほしい、レミリアはそう思った。
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