第2話 レミリアとシェラビー②
シェラビーが予想以上に自分のことを把握していることに驚いたレミリアである。
まず本来の目的であるコルネー王妃に関する件について説明を開始した。
「……ということですので、来年頭にはクンファ王とミーシャ・サーディヤとの結婚式も開催されると思います。種々を考え良かれと思って提案したことでしたが、メリスフェール様との婚姻が決まっていた手前、それを翻してしまった点に関しては非常に申し訳なく思います」
シェラビーは少し考えて、「ふむ」と口を開く。
「率直に言えば、一言欲しかったというのはありますな。ただ、コルネーの事情は、我々ナイヴァルの状況とも含めて理解はしております。ミーシャ総主教の退位の顛末については心を痛めていておりましたし、その行く先に不安を抱いていたのも事実でございます。従いましてコルネー王妃として迎え入れられるのはミーシャ様に仕える枢機卿の一人としては非常に喜ばしいことです」
「そう言ってもらえれば幸いです。メリスフェール様のことを無視した決定ではございましたので」
「そこは気に病まれることはありません。貴殿もご存じだと思いますが、メリスフェールは三人の姉妹の中で一番美形かつ利発であるので、相手には困らないと思いますので」
「左様でございますか」
レミリアは「有難い」とばかりに頭を下げたが、シェラビーの言葉には引っ掛かるところもあった。言外には「一番の良品であるのでクンファは勿体ない」ということも含まれていそうに思えたからである。
「何より、レミリア王女はその時点ではコルネー王の教育係です。なので、コルネーのために進言をするのは当然でしょう。さて」
「……」
レミリアは「来た」と思った。
「今後はその才能を、ナイヴァルで生かしてもらうことを考えてもらえませんか?」
「ご冗談を。私より先にセウレラ・カムナノッシ翁を取り入れるべきでは?」
「もちろん、彼も取り入れたいと思っています。しかし、私は欲張りでして、ね」
シェラビーが地図を広げた。
「このミベルサに優れた軍師候補というのが何人いるでしょうか? トップは恐らくミーツェン・スブロナでしょう。彼は別格ですが、残念ながらシルキフカルから離れることはないでしょう。では、その次は? 私が思いますに、先程名前の出たセウレラ・カムナノッシに並ぶ存在としてレミリア・フィシィールがいるのではと思っております」
「高い評価をいただきまして、光栄でございます」
面倒な評価だ、とも思った。
「とはいえ、レミリア王女のこれまでの経緯を振り返りますと、カタン国のこともあるのかあまり特定の主を持つことに抵抗があるようにも伺えます。従って、もし可能であれば二年間という期間、私に協力してもらえないでしょうか?」
(行動パターンまで把握されちゃっているわけか……)
シェラビーの情報力と分析力に舌を巻く。
「二年間ですか……」
「そうです。もちろん延長してくれると有難いのですが、それは二年後に考えてもらえればということで。当方にとって、この二年というのは非常に重要なものになりますので、その間だけでも助けていただきたい」
「それはつまり、この二年間でナイヴァル国内をしっかりと固めたいということでしょうか?」
総主教ミーシャがいなくなり、シェラビーは遠慮する相手がいなくなって大規模な改革に乗り出している。これが軌道に乗るまでの二年間、補佐が必要ということだろうか。レミリアはそう考えた。
「そうではありません。ホスフェのことです」
「ホスフェの?」
期せずして自らの目的地が出て来たことで、レミリアは関心を惹かれた。
シェラビーはミベルサ大陸の地図に引き続いて、今度はホスフェの地図を開いた。
「これからの二年、ホスフェは大いに荒れます。何故だか分かりますか?」
「……」
レミリアは地図をしばらく眺めていたが、ピンとこない。
(荒れるというのはナイヴァルとフェルディスがこの二年間、綱引きをするだろう、ということだと思うけど、それは二年間に限らないはず)
いくらシェラビーが辣腕といえども、二年の間にナイヴァル国内を掌握しつつ、かつホスフェの件を片付けるとも思えない。そうなると、二年と時間を区切った理由が不明である。
(同様に、フェルディスが二年間で勝負を決めに行けるとも思えない。となると、ホスフェがこの二年の間で考えを決めるということかしら? あっ)
レミリアはようやく理解した。
「二年後、正確には三年後の春に元老院選挙が行われるということですか」
シェラビーがにんまりと笑って、「その通りです」と頷く。
「これまで、ホスフェは王国を嫌うということがありましたので全体的にナイヴァル寄りだったのですが、リヒラテラの戦い以降、首都オトゥケンイェル近郊もフェルディス寄りとなりました」
「今のところ、他の地域はナイヴァル寄りですね」
「はい。ただ、南部のフグィ周辺や西部のセンギリ周辺は特に何もしなくてもナイヴァル寄りでしょうが、その他の地域については怪しいところがあります。彼らを動かすためにフェルディス派はあの手この手を使っていくだろうと思います。手始めにフェルディス本国が近いうちに再度リヒラテラ方面に侵攻しそうだという話が入っております」
「……侵攻すれば反発しそうなものですが、オトゥケンイェルや東部はそう考えないわけですね」
東部地域からすれば、「フェルディスに反対的なものがいるから、攻め込まれるのだという理屈になるのであろう。一事が万事そういう方向に進んでしまった場合、放任しているとホスフェが二分されてしまう恐れもある。
「その通りです」
「場合によっては、ナイヴァルも西部に攻め込むということがありえるのですか?」
「絶対にない、とは言えませんね。そうさせないために、レミリア王女の力を借りることができればと考えています」
「……今すぐの回答は無理です。少し考えさせてもらえないでしょうか?」
「構いません。その間のサンウマでの滞在費用は回答にかかわらず、こちらの方で出しましょう」
「いいえ、仮にお世話になる場合でもそうした費用は私の方で出します。恩義を受けて、意見を変えるようなことはしたくないですので」
「これは私としたことが」
シェラビーがしてやられたと苦笑した。
馬車で屋敷まで戻る間に、エレワが尋ねてくる。
「引き受けるんですか?」
「ホスフェには元々行くつもりだったからね。あと、ホスフェの政治体制は他所にはないものだし、大国二つに囲まれてそれがないがしろにされるのは忍びないところもあるわ」
「ということは、引き受ける方向性ではある、と?」
「一応は、ね。ただ、一日、二日置くと違うものが見えてくるかもしれないし、明日明後日と釣りでもしながら考えるわ」
「国王陛下なら、もう少し社交場とかそういうところで日を過ごしてくれと言われるでしょうね」
「エレワがお金を出してくれるなら社交場で二日過ごしてから、二日間釣りをして考えてもいいけど」
レミリアが笑いながら回答すると、エレワも「駄目だ、これは」とばかりに苦笑いを浮かべた。
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