19.第二次リヒラテラ
第1話 シェラビーとレミリア①
十二月、カタン王女レミリア・フィシィールはコルネー国王クンファの教師役を辞任すると、護衛役のエレワとともに東へと旅に出た。
最終目的地はホスフェの南端にあるフグィであるが、そこまでの距離は長い。まずはコルネーからナイヴァルに入り、サンウマに入った。
シェラビーの義理の娘メリスフェール・ファーロットとコルネー王クンファとの縁談を自分の提案で覆してしまったことの報告をしなければならない。そう思っていたのである。
そういう話がある、ではなく、すでになくなりましたという報告なので相当な怒りを買う恐れもある。シェラビーにとっても決してマイナスではないと考えているが、当人がどう受け止めるかは言ってみないことには分からない。
(私がやらないとコルネーに対して怒りが向くかもしれないしねぇ)
と考えると、自ら報告するしかない。そういう思いがあった。
「レミリア様、人材募集とかありますよ」
エレワの発言を聞くまでもなく、サンウマの街のいたるところに人材募集を呼びかけるものがあった。
「人材募集自体は以前からやっていたのだろうけれど」
レミリアの視線は下の方を向いた。
「ユマド神信仰のお墨付きその他一切不要というのが、変わったところなのでしょうね」
ナイヴァルで生まれた子供は通常二、三歳くらいで教会に行き、その信仰などを確認して登録されることになる。もっとも、信仰の確認というのは名目に過ぎない。教会の目当ては支払われる登録料であり、それが特に地域の教会にとっては大きな収入源となっていた。
とはいえ、全員が全員登録料を支払えるわけではない。子供が多い家や貧民家庭では登録されない者も多くいた。成長してうまく行けば改めて登録することも可能ではあるが、その場合遅延料金を加算されるため、一生を登録しないまま過ごす者も少なからずいる。
そうした中にも有為の人間がいるかもしれない。また、登録されていない者達が信仰の意思を示すためにやたらと建造物を作るという問題もあり、その解決も目指す意図もあった。
「レミリア様でもナイヴァルの要人になれそうですし、ついでに応募してみてはいかがでしょうか?」
「うーん、それもまあ、絶対ないとは言えないけど」
シェラビーが有能な人間を求めているということは明らかである。ひょっとしたら自分でも採用してくれるかもしれないし、それで縁談の件を多少水に流してくれることもあるかもしれない。
しかし。
「ま、ひとまず話をしてからよ。話ができるかどうかも分からないしね」
ナイヴァルにとってカタンなど聞いたこともないような場所である。門前払いを食う可能性も否定できなかった。
カルーグ邸に向かうと長蛇の列であった。レミリアも列に並んで一時間ほど待ち、面会要請を出して宿に戻る。
「レファール・セグメントかミーシャ様に紹介状でも書いてもらえば良かったのに」
面会希望者は相当多いらしい。どうやら時間がかかりそうだとエレワが愚痴をこぼしている。
「ああ、あるわよ」
「えっ?」
「ミーシャ王妃は忙しそうだったから貰ってないけど、クンファ陛下、レファール枢機卿、フェザート大臣からは貰ってきたわ」
「何でそれを出さないのですか?」
それならそれを出せば一発ではないか。紹介状を出さなければそれこそ、「どこの誰かも知らん奴に割く時間はない」となりかねないし、会ってくれるにしてもいつになるか分からない可能性もある。
「うーん、私の価値は紹介状で決まるものじゃないと思うのよ。逆の立場でさ、紹介状ある人に自分が飛ばされたら嫌じゃない。どちらかというと会って話をして、相手が怒った時に出したいのよね」
「レミリア様らしいと言えばそうかもしれませんが、私には理解できかねます」
精一杯の不満を表して、エレワが水を飲み干す。
と、その時、扉がノックされた。
「レミリア・フィシィール様のお部屋でよろしいでしょうか?」
外からの声に、レミリアはエレワの顔を見た。
「……エレワ。私、今日、この街で人から恨みを買うようなことをしたっけ?」
「ここに来てからはしていないですね。来るまでにはしていますけれど」
「……何かしら?」
お礼参りには早すぎるが、それ以外に思い当たる理由もない。仕方なくエレワが短剣を構え、レミリアも警戒しつつ扉を開く。
外にサンウマの市章をつけた女が立っていた。
「夜分恐れ入ります。シェラビー様の使いとして参りました」
「あ、それはどうも」
レミリアはエレワの顔を見た。「随分早いですねぇ」という顔をしているが、レミリアも全く同感である。
「シェラビー様からの伝言です。ご高名は伺っている。可能ならば今夜でも会いたいとのことですが、いかがでしょうか?」
「今夜ということは、今からですか?」
エレワの驚きに、使いは頷いている。エレワは困惑して「どうしましょう?」と聞いてくるが、その時点でレミリアの意思は決まっていた。
「もちろん行くわよ。わざわざ私のために時間を作ってくれているのに行かないなんて、失礼じゃない」
とはいえ、高名という言葉は引っかかる。
(私って、サンウマにまで知られるようなことをしたっけ)
馬車に乗ってカルーグ邸に向かった。
外を見ると、門の近くには何人かの人間が座り込んでいる。明日の朝いちばんに行きたいということなのだろうか?
「基本的にはスメドア様やラミューレ様が応対しているのですが、ね」
使いの女が列を見ながら溜息をつく。
「人事に改革を起こすつもりではいますが、それをさせるだけの人材がゴロゴロと転がっているわけではありませんので」
という言葉の外には、「貴方はそうかもしれませんので、特別です」という含みを感じさせられた。特別扱いは引っかかるが。
(まあ、紹介状出したわけでもないし、既に知られてそうされるのなら文句言われる筋合いはないか……)
正門から入るとややこしいことになるのだろう、馬車は裏門から入り、屋敷へと案内される。
応接室に案内されると、背の高い男が座っていた。その傍らに評判となっているやたらと大きな枢機卿の帽子がある。
立ち上がったところで、先に挨拶をする。
「レミリア・フィシィールと申します。夜分わざわざお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
「ナイヴァル枢機卿シェラビー・カルーグです。カタン王女レミリア殿をお招きできて真にうれしい」
「私のことをご存じということですが、一体どういう形で伝わっているのか、甚だ不安でございます」
レミリアの牽制に対して、シェラビーが「おや」と声を出す。
「ある程度、国外の情報を求めているのなら、王女のことを存じないことが難しいでしょう。フォクゼーレで起きた暴動にも携わり、コルネーではフェザート・クリュゲールの参謀のような役割も務めていたようですし」
(あらま、これは予想以上に調べられているわけね)
コルネーでのことはともかく、フォクゼーレのことまで知られているのは予想外であった。
(さすがにレファールやミーシャがミベルサ統一に一番近い男と認めるだけのことはあるわけか。この様子だと、婚姻の件が大問題になる可能性は低そうなのはありがたいけど……)
どうやらシェラビーはかなり本気で自陣営に加えたいという意向をもっている。最初のやりとりからそれを感じた。
果たして自分はどう応じるべきか。レミリアも真剣に考えざるを得なかった。
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