第19話 ミーシャとレミリア②
レミリアの言葉に、レファールは一瞬絶句した。
「そういうことか……」
しかし、考えてみれば、確かに理には適うことである。
コルネー国王クンファはメリスフェールと二年半後には結婚する予定ではある。しかし、これが成立した当時はミーシャが総主教として君臨している状態であり、その妹という名目であった。
今、ミーシャは総主教の地位にはいない。ということは、メリスフェールがミーシャの妹を名乗る必要性はない。むしろ、ナイヴァル第一の実力者シェラビーの養女であるというそのままの事情で乗り込めばいい。
となると、ミーシャにとってメリスフェールとクンファの結婚は何のプラスにもならない。
しかし、総主教位を失ったのであるから、自身の結婚に対する制約はなくなった。となると、本人がそのままクンファと結婚した方がミーシャにとっては都合がいい。
コルネーにとってはどうか。
シェラビーとの関係性を考えれば、一見するとメリスフェールの方がいい。
しかし、ミーシャの存在はシェラビーにとって厄介なものではある。彼に反対する者がミーシャを担ぎ上げる可能性があるからだ。
となると、彼女を引き取るというのは、シェラビーに対して有効打になる。メリスフェールの存在が宙に浮くことになるが、別の相手に嫁がせることで有効な味方をもう一人作ることができる。
シェラビーがクンファとメリスフェールの婚姻にこだわる理由は実はそれほど大きくない。
「もちろん、当人達がどういうかは分かりませんが」
「確かにねぇ」
レファールも唸るしかない。ある程度のことはミーシャも聞き入れるだろうとは思うが、さすがに自身の結婚については考えていないだろう。
「更にその場合、コルネーにはもう一つのメリットがあります。これも本人の前で言うことではないかもしれませんが、レファール殿をコルネーに繋ぎ止めやすくなるということです」
「なるほどね」
これもレファールにはそれほど難しいことではない。
ミーシャとレファールはナイヴァル時代にも非常に近い関係にあった。仮にミーシャがコルネー王妃になれば、それに応じてレファールにも相応の役職が与えられることになる。
「……その理由だけでも、海軍としては『その婚姻策はアリ』ということになるか」
フェザートが笑いながら、レファールを見た。
レファールも腕組みをして考える。
(シェラビー様にもミーシャにも恩はあるから、どちらの下でも構わないといえば構わない。ただ、シェラビー様はナイヴァルを統治する段階では私は不要だろう。万一の後に後継するというのも、ナイヴァルでは難しいだろうしなぁ。となると、この機会にコルネーに移ることも悪くはないのか。両方に対応できる形にするしかないだろうな)
いずれにしても、レファール一人の考えでどうなるものではない。ひとまずミーシャとレビェーデをコレアルに呼び寄せるべく伝令を派遣することにした。
そのうえで、コルネー王クンファの意向を確認することになる。
善は急げとばかりに、フェザート、レミリアに付き添う形で王宮までやってきた。
「どうすんだ?」
サラーヴィーに問いかけられ、レファールは両手を開く。
「部外者だから直接言うことは何もないさ。聞かれれば答えるだけだ」
「ああ、まあ、確かに、コルネーの面々にとっては総主教は人間で、女で、年齢が19歳という以外の情報は知れ渡っていないわな」
「ハハハ」
レファールとしては苦笑するしかない。仮にその条件だけ出されて、「この人と結婚してください」と言われれば悩むことは必至である。
(もっとも、サリュフネーテともメリスフェールとも顔を会わせていたけど、結局決断できていないから、ひょっとするとそのくらい強引な話の方が決めやすいのかもしれないな)
そんなことも考えながら、まずは王の間ではなく、側近達の部屋へと向かう。
側近達三人はレミリアの顔を見るなりげんなりとした表情を見せた。どのような関係か知らないレファールも、その様子を見ただけでレミリアが彼らを相当やりこめているらしいと理解する。
「今回はどんな無理難題ですか?」
「陛下の縁談話でございます」
「縁談? しかし、ナイヴァルのメリスフェール・ファーロットとの縁談が決まっていたのでは?」
「メリスフェール・ファーロットとの話はまだ三年かかります。それまでの間、無為に待つだけでよろしいのでしょうか? 貴方方は陛下がそうすると言えば、ただ唯々諾々と従うだけでよろしいのでしょうか?」
「ぐぬぬ……」
側近達が顔を赤くしている。
「ナイヴァル総主教ミーシャ・サーディヤがバシアンを追放されて、コルネーに来ているということでございます」
どよめきの声があがった。しかし、ミーシャの退位までは知らないにしても、シェラビー乱心からナイヴァルが混乱状態にあるということは皆が知っていることであるので、ミーシャがコルネーに来ていることについては疑いの声はあがらない。
側近達を代表してタルハン・ミュラゴが立ち上がる。
「まさか、ミーシャ・サーディヤを?」
「仮にメリスフェール・ファーロットを迎えた場合、クンファ陛下とシェラビーとの間は義父の関係になります。すなわち、ナイヴァルが父、コルネーが子という関係になり、望ましくありません。その点、ミーシャ様を王妃として迎え入れれば、コルネーはナイヴァルと兄弟というような関係になります。どちらがいいかは自明でありましょう」
「しかし、陛下はメリスフェール嬢を相当お気に入りのようですし」
「君主が我儘を言う場合に、その理非を正すこともできぬ側近など存在する価値があるでしょうか?」
レミリアが上から見下ろすような冷然とした表情で言い放つ。横でフェザートが楽しそうな顔で眺めており、サラーヴィーも「この女はやばいな」という顔で両者を見比べている。
「……分かりました。話をしてまいります」
渋々と言う様子で側近は立ち上がる。
「では、レファール・セグメント殿を連れていってください。彼はミーシャ様の人となりをよくご存じのはずですので」
「うん? どういうことなんだ?」
レファールがレミリアに尋ねる。国王のところに行くことは覚悟していたが、今の話しようだとレミリアは来ないかのような言い方である。
「行きませんよ。コルネー王の婚姻に対して、カタンの王女が直接説得したなんていうのはまずいですし」
レミリアはあっさりとついて行かない旨を言う。
(あそこまで言っていたら、事実上説得したのと同じなのでは……?)
と思うが、レミリアにとっては違うものらしい。
「……何をしているのだ? 置いていくぞ」
「あ、失礼。今、行きます」
考えているうちに置いてけぼりを食らいそうになっていた。
ミュラゴの声に反応して、レファールは王の部屋への歩を速めた。
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