第18話 ミーシャとレミリア①

 レファールとサラーヴィーは、しばらくの間ウニレイバに滞在していた。


 乗船の経験のないフィエス・グライセフトを無理矢理にでも海賊に仕立て上げようという動きであったのであるが、程なくプロクブルから来た情報で計画は頓挫する。


「総主教がバシアンから退却した、だと……?」


 絶句するレファールに対し、サラーヴィーは「おいおい」と両手を広げた。


「レビェーデがいたのにか? シェラビー・カルーグは一応味方側だったんだろ?」


「それはそうなんだが……」


 考えもしなかった出来事ではあるが、いざ起きたとなると原因らしいものも分からないではない。


「ルジアン・ベッドーはミャグーとアヒンジには便乗しなかったが、その兵力についてははっきりしていなかった。恐らくはバシアンに隠していたんだろう。大聖堂に三人が揃ったところに兵を動かしたらクーデターが成り立つ可能性はある」


「それなら、おまえがいた時にも出来たんじゃないのか?」


「それはありえない」


 レファールがはっきりと答えたため、サラーヴィーがけげんな顔で「何故?」と問いかけてくる。


「私がいる場合には、シェラビー様はもう少し警戒をする。レビェーデを舐めていたということはないだろうが、彼はナイヴァルの人間ではない。そこに油断が生じたんだろう」


「なるほど……。しかし、これからナイヴァルはどうなるんだ?」


「全員逃げ切ったという以上、シェラビー様が反撃をしてバシアンを取り返すことになるだろう。問題はその後だ」


「シェラビーの勲功が更に増す。総主教の立場が更に厳しくなるということだな」


「それだけで済めば御の字で、追放もしくは譲位というような事態があるかもしれない」


 かつてミーシャに「私は死ぬまでバシアンを出ることはない」と言われたことがある。自らに対するちょっとした反発もあったのかもしれないが、総主教としてそれだけの覚悟を有していたのだということもまた知っている。


 結果的にバシアンを落ち延びることになり、シェラビーに回復される事態となった場合、ミーシャが自らの責任を問う可能性は十分にある。レファールはそう認識していた。


「でも、シェラビーが完全に掌握する方がナイヴァルにとってはすっきりして、いいことかもしれないな」


 乱心騒動があったとはいえ、ナイヴァル国内ではシェラビーが圧倒的に強い。ならば、いっそのことシェラビーが完全にナイヴァルを掌握した方が風通しは良くなる。それがいい方向に転がった場合、ナイヴァルの強化に繋がる。


 サラーヴィーの何気ない言葉は、確かにレファールも頷けるところであった。



 いずれにせよ、しばらくはナイヴァルの推移を確認しなければならず、続報を待つ必要があった。


 二日後、今度はミーシャとレビェーデからの伝令がやってくる。


「……やはり総主教はシェラビー様に任せたわけか。しかも、コルネーに向かうらしい」


「二人が来るということは、とりあえず俺達は待てばいいわけか」


 となり、二人はメラザやフィエスを鍛錬しつつ、両者がやってくるのを待つ。逆に行く船はないので、毎日、プロクブルからの船が着く度に港へと出て、様子を待つことになるが。


 それが報われたのは三日目であった。


「あら、レファール」


 港に出たところで甲板から声をかけられた。珍しくフードをかぶったミーシャと、レビェーデの姿がある。


「海ってのは日光がきついわねぇ。フードがないと真っ黒になりそう」


 港へと降り立ったミーシャがフードを外す。確かに少し日焼けしていた。


「……結果としては期待に沿うことはできなかった。すまんな」


 後から降りてきたレビェーデが二人に頭を下げる。


「いや、おまえが無理なら世界中の誰だって無理だろう」


「そうだな。フェルディスのヴィルシュハーゼ伯にしても、部隊がいなければどうしようもできないからな」


 二人の慰めにもレビェーデは表情を緩めない。内心、忸怩たる思いを抱いているのであろう。


「謝罪という点では、あたしもしておかないといけないかしらね。色々頑張らせておきながらこういう結果になったのはあたしの無力に帰するところよ。ごめんなさい」


 ミーシャが頭を下げ、三人が一様に渋い顔をする。


 何を言えばいいものか。レファールの頭の中には色々な言葉が浮かぶが、どれも適切な答えになっていないような気がして躊躇われた。


 代わりにサラーヴィーが口を開く。


「まあ、終わったことはどうしようもできない。とりあえずコレアルに行ってフェザート大臣と今後どうするか話しておいた方がいいんじゃないか?」


「……そうだな」


 レファールも異論はない。


 ミーシャがナイヴァルに残ることに前向きでない理由は分かるが、それはミーシャの理屈である。


 コルネーが退任した総主教の存在をどう思うのか。まさか危害を加えることはないだろうが、厄介者として捉える可能性は否定できない。早めにフェザートの意向を確認しておく必要があった。



 その日のうちにレファールとサラーヴィーはメラザと共にコレアル行の船に乗り、西へと向かった。


 ほぼ一か月ぶりとなるコレアルに着くと、二人は早速海軍事務所を訪ねて、フェザートに事情を説明した。


「ナイヴァルの元総主教か。果たしてどういう立場で預かったものかな……」


 フェザートが腕組みをする。


「もちろん、カードは多ければいいと思っているから、保護しないという選択肢はない。あ、カードという言い方はレファールには面白くないかもしれんがな」


「いえ、分かっていますよ」


 フェザートの考え方はいつもそういうものであるし、自分もカードとして評価されているのだろうと理解しているから、いい加減腹も立たなくなってきている。


 そのまま、フェザートは更に数分考えているが、中々これだという答えは出てこないようでうんうんと唸っている。


 そこに部屋にグラエンとレミリアが別の報告に現れた。


「ああ、レミリア王女。ちょっと相談してもいいかな?」


 フェザートがちょうどいいところに来てくれたとばかりにレミリアに状況の説明をし、助言を求める。


 黙って聞いていたレミリアは「一つ、方法が浮かびましたが……」と答える。


「ほう。さすがに王女、話が早い」


「あ、ただ、あくまでこういう方法もある、くらいの話です」


 わざわざ付け加える。常に竹を割ったかのように明快なレミリアにしては珍しく言い訳めいた言葉に、フェザートがより関心を向ける。


「一体、どのような方法でしょうか?」


 問われたレミリアは、やはり言いづらそうにしつつ、ぼそっと答えた。


「クンファ陛下のお妃なら、話はすっきりします……」

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