第17話 シェラビーの改革
およそ4時間で、ムーレイ・ミャグー、アヒンジ・アラマトの軍を壊滅させた後、シェラビーはバシアンに入城した。
迎える市民の様子は芳しくはない。歓呼の声をあげている者もいるが、「一体何回目だよ」というような表情をしているものも少なくない。シェラビーへの期待よりも、ここ数か月の混乱による疲れの方が大きい、そういう印象を受ける迎え方であった。
市内に入ると、シェラビーはまず大聖堂の焼失状態を調査させた。その結果が出るまでの間、幸いにして類焼を免れたカルーグ邸で指揮をとる。
「大聖堂についてはバシアンのシンボルともいえるものであるから、これは絶対に改築しなければならない。しかし、その他については全部戻すのも現実的ではないし、この機に色々改めるのもありだろう」
この機に色々改める、というのが行き過ぎたユマド信仰であることは言うまでもない。翌日に市内に出された立札に早速その意向をにじませる。
当然、その反発も少なくない。その日のうちに大司教の一人が陳情に来た。
「カルーグ枢機卿、二か月後に公職に就くものに試験を課すというのは真でございますか?」
「真だ。バシアンの状況を見ただろう? これを短期間で立て直すには従来までのものとは異なる形で人事を行う必要がある。さしあたり必要なのは簿記・計算の能力となるな」
「それはこれまでのバシアンの在り方を覆すものです。神がどのように思われるか?」
「シマシン大司教、神の在り方をもって治めるのは総主教のやり方だ。しかし、私は総主教ではない。その私がさしあたりバシアン人民を治めなければならない以上、人間の政治をしなければならないのだよ。それにだ」
シェラビーはもっともらしい顔をして、いかにもシェラビーらしい言葉を吐く。
「私は試験を課すが、回答の方法までああしろと言うつもりはない。ある者は勉学に励んで正しい答えを見出すだろうし、別の者は神に問うて、その教示を受けるかもしれない。回答が正しければ過程については差がないものと考えている。だから、敬虔なる信仰をもつ者については、今まで通り信心を高め、神の手助けを受けるというのも大いにありだろう」
「……それは詭弁というものではないか?」
神が都合よく簿記や計算の回答を教えてくれるはずがない。大司教の言い分はもっともであるが、シェラビーは全く取り合わない。
「何が詭弁なのだ? 神は正しい道を示す。私はそのことをよく分かっている。しかし、それが実現されるのは次の総主教が成人になってからであろう。また、賢明なる前総主教の道筋に従わなかった者が多くいたこともよく知っている」
「……くっ」
総主教の名前を出されると弱い。
「前総主教は何故退任したのか。ミャグー、アヒンジ、ベッドー各枢機卿が権力争いを行ったからである。枢機卿という立場にありながら俗世間の力を行使してバシアンを荒廃させたのである。これは同時に神の道は遠いことを示された。だから、私はまずは俗世間の力によって荒れ果てたものを直さなければならない。それは神の道によってではなく、ひとまず人間の力によってなされるべきであろう。ただし」
シェラビーがニヤリと笑う。
「それは私の考える道筋である。もし、神が何者かの敬虔なる者の信仰を受け入れて、大聖堂を一夜にして直したのであれば、私はすぐに自分の過ちを認め、敬虔なる者を新しい総主教代理として奉ることになるだろう」
こう言って、大司教を追い払った。
このようにして反発に挑発で対抗したシェラビーであったが、当然、「我が信仰で大聖堂を直してくれるわ」と努力する者が一人もいなかったことは言うまでもない。
とはいえ、信仰に関することを何もしないというわけにはいかない。
手始めに、ミーシャが退任を宣言したので新しい総主教を決める必要があった。
シェラビー配下の中からは、「実質的な支配者となったのですし、シェラビー様が総主教となられては?」という声もあったが。
「総主教になると、起きたこと全ての責任を直接的に負うことになる。枢機卿位そのままで、新しい総主教を決めた方がいいのではないか。誰を選んだとしても総主教として活動するまでには10年以上かかるし、親に恩を売ることができる」
というスメドアの意見を採用して、新しい総主教を決める手続を行った。
新しい総主教の所在についてはシェラビーは何も口出ししない。ここでは従来通りの流星が落下した方向に新しい総主教候補がいるという話になった。
数日待ち、場所が西部のマタリ付近と決まった。
この時点でシェラビーは選定者として決定したラミューレ・ヌガロとジェカ・スルートの二人に小声で指示を出す。
「付近の村々で評判の高い親がいるなら報告しろ」
指示を受けた二人は、マタリへと出向いていき、一か月後には報告書が作成されてきた。
報告書には総主教となる子供に関する記載はほとんどない。男女どちらかくらいの違いしかない。0歳児である以上、それほど大きな差もないのであるから当然と言えば当然であろう。
シェラビーもまた子供の情報などは一切見ない。ただ、親の情報だけを見ているだけである。
「スメドア、こいつで決まりだと思うが、どうだ?」
一通り調査した後、シェラビーはスメドアを呼んで最後の確認をした。
「……そうですね。私もロバーツがいいと思います」
「よし。二人に伝えよう」
「理由はどうするのですか?」
「そんなもの……」
シェラビーは呆れた顔を見せる。
「俺の知ったところではない。向こうで二人が適当に考えればいいさ」
「そうですね」
スメドアも苦笑した。
翌月、ワグ・ロバーツが総主教として選ばれた。
この決定に多くの者が仰天する。というのも、ワグの父親ネブ・ロバーツは神学生だった13年前に当時の大司教に対して論争を挑み、恨みを買って投獄された経緯がある人物だったからである。釈放された後も、風車の設置など改革的な主張を繰り返していた問題児とも言える人物であった。
その人物が総主教の父親として枢機卿にまで一気に駆け上がったのである。地域の司教に対する衝撃は大きかった。
新しい枢機卿が選ばれる一方で、排除される枢機卿も出てくる。
ムーレイ・ミャグーとアヒンジ・アラマトの二人については大聖堂焼失の責任を取らせて処刑することになった。ミーシャ在任の時には「両者共敗者にしてしまうと、不満分子同士結びついて厄介なことになるかもしれない」と進言していたが、大聖堂焼失という事態まで行った以上そんな悠長なことは言っていられない。
もちろん、実質的に火をつけたのはルジアン・ベッドーの手の者であるということは分かっているが、ベッドーが二人の責任にすべく手を打っていたこともあって間接的な証拠は山ほどある。それを揉みつぶして生かしておくだけの価値があるわけでもない。
「ま、せいぜい神の世界で俺のことを呪っていてくれ。いずれ行くことは間違いないからな」
シェラビーはそう嘯いて執行命令書にサインをし、771年の12月31日すなわち古い年の最終日に処刑がなされた。
「ロクでもないことばかりだったが、何とか新しい年は良い方向に進んでほしいものだ」
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