第16話 カウンター②

 バシアンの町を遠目に眺めて、シェラビーは顔を歪めた。


「大聖堂が見るも無残に……。まともなものは何一つ創れぬ連中が破壊だけは喜んでやりたがるのだから世も末だな」


「あいつらも、同じユマド神の信徒でございますが?」


 スメドアが可笑しそうに笑いながら尋ねてくる。


「そうだ。残念ながら、同じ人間であるし、同じ神も信仰している。認めたくはないが構造物という次元では99パーセント同じだ。詰めは大切とか、画竜点睛を欠くという言葉があるが、99と100の間に無限とも思える差異があるのだと、あいつらを見ていると如実に思う」


 シェラビーの答えに、スメドアがクククと更に笑う。


「何がおかしいのだ?」


「いえ、たいしたことでは。そういう嫌味たらしく皮肉的な発言を聞いていると、どうやら元のシェラビー・カルーグに戻ったのだな、と思っただけです」


「おまえは、どういう目で兄を見ていたのだ?」


 スメドアのある意味容赦ない言葉にシェラビーは苦笑する。


「こういう目でございますよ。ところで、連中、出てきますかね? バシアンの住民を盾にして逃げるというようなことはしないでしょうか?」


「心配するな。そうさせないように手は打ってある」


「そういえば、先程ラミューレが何かをしておりましたな」


 どうやら分かっていたうえで確認したらしい。


 こいつも性格が悪くなったものだ。シェラビーはそう思った。



 そのラミューレは何をしていたかというと、何人かの工作員を送り込み、バシアン市内に立札を立てさせていた。内容は『ムーレイ・ミャグー及びアヒンジ・アラマトを捕まえたものには金貨1万枚の賞金を与える』というものであった。


 二人は報告を聞くや否やすぐに焼き捨てさせたが、内容はバシアン市内にすぐに広まった。元々手勢の少ない二人は、強制的にバシアンの兵士達を連れだそうとしたが、立札によってたちまち疑心暗鬼にかられてしまった。すなわち、バシアン兵が自分達を捕らえてシェラビーに引き渡すのではないかという心配である。


 結局、二人は自分の手の者だけ連れて城を出ることにした。当初は籠城戦略も考えていたが、籠城したとしても味方が来る可能性は低い。となると、イチかバチかの戦いに賭けるしかない。


 十一月十六日、バシアンの郊外で両軍が対峙した。ミャグー、アヒンジの連合軍は三千二百、一方のシェラビー軍は八千であるが、全軍を投入するようなことはしない。


「あの程度の相手だ。数で押し切ってもつまらん。多少苦労した方がいい」


 シェラビーはそう言って、スメドア、ジェカ、スニーの三人に千二百ずつの兵を任せて、自らは後方から確認することにした。


 ミャグーとアヒンジにしてみれば、完全に舐められた形であるが、わずかながら可能性が見えてきたことも確かである。必勝の決意で布陣をしたが。


「右をどうする?」


 シェラビー軍が三隊に別れているため、二人もそうしようとしたが、連れてきた中でまともに指揮をとれるものがいない。とはいえ、二隊で戦うのはあまりに分が悪い。


 苦渋の中、ミャグーの提案で彼の配下のマフディル・バトゥムが指揮をとることになった。実際には異母弟であるのだが、母親が奴隷であるため、公的記録では兄弟関係はないし、ミャグーも彼を弟として遇したりはしていない。生い立ちもそうであるし、本人の容姿がまた悪い。両目の大きさが明らかに違ううえに喧嘩の傷などもある、まさに悪人面という顔をしていた。


 それでも、一応血の繋がりはある。何もないよりは信用できる関係にあると考えて、八百の兵を任せて、左翼に布陣させた。




 昼過ぎ、スメドアが前に出て、相手に呼びかける。


「お前達、まだ遅くはない。真の信仰に目覚め、その愚かなる前枢機卿二人を引き渡すがいい」


 これに対してアヒンジとミャグーも鼻息荒くやり返す。


「黙れ! 女が死んだくらいで乱心するような小物の弟にあれこれと言われたくはないわ!」


「一時的にも貴様を上に頂こうという迷いを持ってしまったがゆえに、とんだ目に遭わされたわ!」


 スメドアが冷笑を浮かべた。


「おう、そういえば二人とも揃いも揃ってレファールに負けて捕まっていたんだな。自己の分を弁えて隠居でもしていればいいものを、わざわざまた出てくるとは、自殺願望でもあると理解していいのかな?」


「黙れ! あの時は油断しておったのだ。二度も負けることはないわ!」


「全兵力で戦おうとしないこと、後悔するがいい!」


 二人の枢機卿は後方の兵士に命じて前進をさせた。スメドアもすぐに自軍に前進を命じ、両軍の兵士が正面から激突する。



 少し離れた場所で見ていたシェラビーの表情は「当然」から「落胆」、更に「期待」へと変わっていった。


 敵と味方、それぞれがどのくらいやってくれるか。シェラビーには期待もあったのであるが、いざ戦闘が始まると、ミャグーとアヒンジの部隊は明らかに練度が低く、すぐにバラバラと分散されていく。


 当然、勝てるとは思っていたものの、あまりにも簡単に勝ってしまうと味方が慢心してしまう可能性もある。シェラビーは自軍兵士の強さを確認するとともにあまりにも情けない相手に落胆を感じそうになった。


「む……?」


 それを変えたのが、シェラビー側の左翼、相手の右にいるマフディル・バトゥムの部隊であった。ムーレイとアヒンジの部隊よりも明らかに少ない兵士数でありながら、しっかりと密集してよく戦っている。遠眼鏡で確認すると指揮官らしき男がこまめに動き、ほころびとなりそうなところをケアして回っている。


 スニー・デリの部隊ももちろんただ手をこまねいているわけではない。少数の兵士が密集しているため、周囲の空間は広い。そこでスニーは一部兵力を迂回させて後方に回らせようとしたが、マフディルは部隊を円形にして死角を作らせない。


「一体誰だ? 随分と人相の悪い指揮官だが、中々やるではないか」


 シェラビーは思わず手を叩いてしまった。周囲の兵士の無言の抗議じみた視線に気づいて「すまない」というジェスチャーを示す。ただ、勝利に向けた作業だけの戦いの中で善戦している相手に対し、「たいしたものだ」と思ったのは間違いない。


「マフディル・バトゥムと申しまして、ミャグーの父親が奴隷娘に生ませた子供だそうです」


「ミャグーの弟か?」


「記録のうえでは家族ではありません」


 身分による区別は珍しいことではない。シェラビーも「なるほど」と頷く。


「他に任せられるものがいないから仕方なく任せたら、予想外に有能だったというわけか」


 小さく頷いて、シェラビーは自軍に「動くぞ」と命令を下した。


「今更動かなくても、もはや勝利は確実では?」


 既にミャグーとアヒンジの姿は見えない。ということは、捕虜としたか、殺傷したのであろう。スメドアの部隊が右側を向いたら、マフディル隊は完全包囲される。そうなるとさすがに瓦解するだろう。


「分かっている。だが、あの人相の悪い男だけは降伏させたい」


「しかし、ミャグーの血縁者ですぞ?」


「記録のうえでは家族ではないのであろう。兄を死刑にするから、弟もそうしなければならないというわけでもあるまい」


 シェラビーはそう言って、残り四千を指揮してマフディル隊へと迫り、降伏を勧告する。


「既にムーレイ・ミャグーとアヒンジ・アラマトの部隊は壊滅状態で勝ち目はない。お前達は今回の件を主導したわけではないのだし、降伏すれば助命はもちろん、能力に応じて立場も与えよう」


 そう呼びかけると、しばらくしてから「分かった」という返事とともに相手兵が武器を投げ捨てる。


 シェラビーはその様子を見て満面に笑みをたたえた。


 完勝である。

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