第15話 カウンター①
ミーシャもシェラビーも不在となったバシアンでは、ムーレイ・ミャグーとアヒンジ・アラマトの両名が頂点に立つという構図が成立した。
両名は、バシアンを支配するという確固たる理念を有していなかったが、バシアン市内にはルジアン・ベッドーの配下が多く残っていたこともあり、彼らの要望に応じる形でミーシャ・サーディヤの総主教位の廃止を宣告することとなった。総主教位は一時空位となり、アヒンジとミャグーの両名が新しい総主教が選ばれるまでの暫定指導者という地位につくことになった。
そのうえでソセロンのイスフィート・マウレティーの協力を得たうえで、これまでの堕落した政策を廃し、純粋な政策を取り入れることを発表した。そのうえで各地にいる保守派やソセロンに近い大司教に対して招聘をかけることとした。
とはいえ、そうした新体制が続いたのは三日程度であった。
サンウマで体勢を立て直したシェラビー・カルーグが迫ってきたからである。
シェラビーは高齢のルジアン・ベッドー枢機卿の処刑を一旦は見送ったが、総主教に刃を向けた異端審問の余地は残していた。当然、残る両名についても異端を宣言してバシアンへと迫った。
教義の理解はどうあれ、軍事力も経済力ではシェラビーの方が圧倒的に上である。また、バシアンでそれなりに暮らしていた者には二人の言う急進的なものを伴う『純粋な政策』などは受け入れがたいものである。
アヒンジとミャグー、二人にとって最大の誤算は、ミーシャがあっさりとシェラビーに優先権を認めてナイヴァルを立ち去ってしまったことである。更にシェラビー・カルーグに対してミーシャの後継者という形も整えてしまったことであった。
もちろん、ミーシャの側に「あの二人やらソセロンが介入してくるくらいなら、シェラビーの方がマシだ」という意図があったことは言うまでもない。
これによって、バシアンの中立派は全員がシェラビーにつくことになった。ミャグーとアヒンジの二人の手の者はバシアンに千人もいない。二人はバシアンに滞在していた壮丁を無理やり兵として動員したが、当然ながら士気が振るわない。
二人も何も見えないほどの無能ではない。状況が極めてまずいということは理解していたし、自分達が生き延びるための最善の手段はバシアンを放棄することであることも理解していた。
しかし、二人の目の前にナイヴァル総主教の可能性がぶら下がっているのも事実であった。可能性は低いがシェラビーに勝つことさえできれば、珠玉の地位に就くことができる。もし、逃げてしまえばこれ以上の栄達の可能性は永遠になくなる。
結局、二人はバシアンに滞在したまま、シェラビー達を迎え撃つこととなった。
シェラビーは本陣にスメドアを呼び出した。
「今回の戦いにおいては、スニー・デリを左に、ジェカ・スルートを右側に起用したい」
スメドアも兄の意図は分かったのであろう。反対はしない。
二人はこれまでもシェラビーの戦いに多く参加している歴戦の強者である。しかし、指揮官というよりは部隊長という役回りが多かった。
今回、その二人に一軍の指揮をとらせるということには、当然、シェラビーなりに考えるところがある。
「イルーゼンでの戦役に続いて、これだけナイヴァル内部でゴタゴタが続くことになったのは予想外であったが、物事には悪い面と良い面の両面がある。戦闘の機会が増える分、底上げはされている。ジェカにはレファールやレビェーデのような局面をひっくり返すような才能はないが、それでも今後一軍を任せることくらいはして間違いないと思う」
「異論はありません」
「天才が派手な戦いをするというのは魅力的ではあるのだろうが、結局勝敗を決めるのは総合力だ。レファールの勢力だろうと、ホスフェやフェルディスであろうと、六番手から十五番手までの指揮官を比較したら、我々が圧倒的に上、そういう状況を目指していきたい。今回の戦いや、この後あるだろうネオーペとの戦いはそうした試金石として使っていきたい。おまえもイルーゼンで色々見てきた面々がいるだろう。期待できそうな者がいればどんどん起用してほしい。一度や二度の失敗で見切りをつけることはしない」
「あいつはどうしますか?」
「あいつ?」
スメドアの言葉に、シェラビーが首を傾げた。名前でなく『あいつ』という形で表記するということは自分も知っている人間なのであろう。しかし、それが誰のことであるのか、シェラビーにはピンとこない。
「ボーザ・インデグレスですよ」
「ボーザか……」
シェラビーは複雑な顔をした。名前を忘れていたわけではない。それでも出てこなかったのは、彼がレファール陣営に極めて近い場所にいるからである。
「ソセロンに捕まっていた面々に話を聞いたところ、ボーザは堂々とした様子でソセロン教主とも渡り合っていたのだとか。レファールと比較すると閃きは薄いですが、人望その他を考えるとサンウマの軍属でトップ5には入るはずです。ただ、兄上も懸念されているようにレファールに極めて近い人物であるという難点はありますが」
「……確かにそうだが、サンウマに家族がいる以上、個人的な親交だけで所属を変えることはないだろう。意外とレファールと戦ってみたいと思っているかもしれん」
「分かりました。一度聞いてみましょう」
シェラビーの肯定的な返事にスメドアは安心したように答えた。
翌日。
「勘弁してくださいよ。俺はレビェーデやサラーヴィーみたいな戦闘狂じゃないです」
スメドアの陣からボーザの情けない声が聞こえてきた。
「それはもちろん、妻も子供もいますから、今更大将のところにはせ参じるなんてつもりはないですが、やり合いたいなんてこれっぽっちも思っていませんから」
スメドアは苦笑しながら聞いていた。先ほど、「行きたいならレファールのところに行っても構わないぞ」と告げ、更に冗談交じりに「ただ、おまえも自分がどこまでレファールに通用するか試してみたいのではないか」と試した結果が、この回答である。
「とはいえ、おまえも経験を積んでいるわけだし、自分で思っているよりは周りの評価は高いと思うぞ」
「そうですかねぇ。この前、ソセロンにはコテンパンにやられましたが」
「ソセロンにコテンパンに敗れた経験というのも、誰もが持ち合わせているわけではないからな。負けたから良くないというわけではない」
「そうですかねぇ」
「うむ。おまえはセルキーセ村でナイヴァルに負け、ワー・シプラスでフォクゼーレに痛い目に遭い、ソセロンに負けたという稀有な経歴の持ち主だ。これだけの目に遭いながら生きているということは相当な運とキャリアを持つに違いない」
スメドアの言葉に、ボーザはみるみる渋い顔をした。
「もしかして、大将がコルネーについてコルネーに負けたら、大陸中で負けた扱いになるんですか?」
「おお、本当にそうなるかもしれないな」
ボーザ本人は非常に嫌そうな顔をしているが、これだけ負けたり、国王が死んだりしていながら本人はピンピンしている。
それはそれで、大した才能なのではないかとスメドアは思った。
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