第14話 大聖堂の鍵
バシアンを脱出したミーシャとシェラビーの一行であるが、サンウマまで向かうことはなかった。途中、スメドアが指揮する部隊が迎えに出たからである。
もっとも、スメドアにとってもここまでの事態になっているという認識はなかったらしい。兵力は四千程度で、バシアン奪還を目指すには心もとない数字である。そのため、兵力を求めることになったが、ここでレビェーデ及びシェラビー兄弟にとって予想外のことが起こった。
「シェラビー・カルーグ枢機卿」
ミーシャが何かを取り出して投げ渡した。シェラビーは思わず受け取って中身を確認する。何かの鍵であった。
「これは……?」
「大聖堂の鍵よ。まあ、もう存在していないかもしれないけれど」
「大聖堂の?」
シェラビーが目を見張った。
大聖堂に限らず、建物の鍵を持つということはその建物の管理者であることを意味する。その鍵をシェラビーに渡すということは、すなわち大聖堂ひいてはバシアンの管理をシェラビーに任せることになる。
「残念ながら、これから先、ナイヴァルは国内のみならず近隣諸国ともやり合うことになるでしょう。そうなった時に、あたしが舵取りをすることは無理だということは既に証明されてしまったわ。レファールの意気込みも買ってはいたけれど、さすがにコルネー出身の人間がナイヴァルの頂点に立つというのは現実的ではないし、そうである以上、シェラビーに任せるしかないわね」
「……総主教はどうするのです?」
「バシアンでは、アヒンジとミャグーの二人があたしの総主教位は無効みたいな宣告をしていると思うわ。だから、そのままでいいんじゃない?」
なるほど。レビェーデはミーシャの意図というか、諦めを理解した。
(総主教としてみると、復帰するためには現状シェラビーの手助けを受けるしかない。となると、実質シェラビーの下につくことになる。それなら、もうシェラビーに全面的に任せてしまっても大差がないということか)
ミーシャ自身の問題というより、女性であるミーシャが総主教であることに反発を持っていた層は一定数いるであろう。今までは、反発を持たせているだけではあったが、一度それが総主教廃位というような形で具体化した場合、再度ひっくり返すには大きなエネルギーを必要とする。
(そのエネルギーを総主教自身が生み出すことはできないだろう。もちろん、コルネーに行って、レファールを焚きつければ得ることはできる。しかし、そこまでやるだけの価値があるかというと……、そこから先は総主教の価値判断ということになるな)
自らのプライドのためにシェラビーやレファールを擁して、場合によっては政治弾圧を伴うことを実行するか、あるいは引き下がるのか。
「まあ、はっきり言うと、あたしがどうにかできるような時代ではないということよね。これ以上、あたし主導でよくできる自信もないし、それならさっさと降りた方がみんなにとってもハッピーになれるんじゃないかと思うわ」
ミーシャはさばさばとした様子で言う。
「ただ、ナイヴァルに残っていると、不満分子に引きずり出される恐れもあるから、このままサンウマからコルネーに向かうことにするわ。コルネーに行けば行ったで、何か利用されるかもしれないけれど、そのくらいは鍵代と思って我慢してちょうだいな。ああ、メリスフェールもついでに連れて行ってあげればいいか」
と、後ろを振り向くが、そのメリスフェールは動揺した様子ながらも首を横に振る。
「私はこの前も言いましたけれど、その時が来るまではエルミーズにいたいと思います」
「……おう、そうなのね。早めに行って、王妃の心得とか憶えておくのもいいんじゃないかという気がするけれども」
「本当よ」
ミーシャの言葉に、サリュフネーテも同意する。
「メリスフェールだと、直前まで『やっぱやーめた』とか言い出しそうだわ」
「いくら何でもそこまで無責任じゃないから!」
メリスフェールが姉の背中をポカポカと叩きながら抗議した。
シェラビーらはそのまま陣に残り、メリスフェールはサンウマの衛兵に連れられてエルミーズへと向かっていった。
レビェーデはミーシャと共にサンウマ港へと向かう。
「その、何だ……。申し訳ない……」
頭を下げると、ミーシャがぽかんとした顔をした。
「何が?」
「いや、レファールから任されていたにも関わらず結果的にこうなってしまって」
「えっ? そのこと? それは仕方ないわよ」
ミーシャは一笑に付す。
「あの状況で防ぐっていうのは誰だって無理だろうし、シルヴィア・ファーロットが亡くなった時から、いずれこうなることは決まっていたのよ。他国との戦闘がなければ、あたしがバランスを取ることができたのかもしれないけど、今やナイヴァル一国では収まらない状態になっているわけでしょ。こうなると、戦闘までできる人間でないと上は務まらないわけで、あたしもいずれは退場しなければいけなかったというわけ。むしろ、レビェーデがいてくれたおかげで死ぬことはなさそうだから、感謝しているわよ」
「そうか……」
「あとはコルネーとナイヴァルの間を取り持てるように何とかして、シェラビーとレファールがうまいことやってくれるのを遠くから見守るしかないわね」
「しかし、レファールがナイヴァルでの地歩を固めようと動いたのが、結果的に隙になったということなのかねぇ」
レファールにとっては何とも皮肉なことだ。レビェーデはそう思った。
結果的にベッドーが動いたのはレファール不在を狙ったからである。また、レファールがバシアンにいるのであれば、シェラビーももう少し用心して動いていた可能性が高い。
「そうなるわね。でも、相手はずっとこういう機会を狙い続けているわけよ。レファールが永遠にバシアンにいるわけにはいかないし、遅かれ早かれという問題よね。さっきも言ったけど、シェラビーが乱心してしまった時点で、いずれはこうなる運命だったのよ。だからそこは仕方ないのだけど、誤算は……」
「誤算は?」
「メリスフェールよねぇ。この機会にコレアルに連れていって、うまくまとめておきたかったのだけど」
「そうは言っても、まだ13歳だろ? 強制されることでもないんじゃないのか?」
正確な事情は知らないが、延期させたのはミーシャの要請も大きかった、そうレビェーデは聞いている。今になってコレアルに連れて行きたいというのは少し話が違うのではないか。
「それはそうなんだけどね。ただ、今、行かないと事情が変わるんじゃないかという気がどうしてもするのよね」
「ふうん……。元総主教なりの神託ってやつか?」
「ま、そう受け止めてもらっても構わないわ。それにしても」
「まだ何かあるのか?」
「いやま、レファールがバシアンのことを知ったら、どういう反応をするかと思ったわけ」
「そいつはなぁ」
レビェーデにとっても憂鬱である。レファールはそこまで言わないだろうが、サラーヴィーに「おまえがいたのに情けない話だな」と言われることは間違いない。
このままシェローナに帰ってしまおうか。一瞬、そんなことも頭を過ぎった。
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