第13話 陰謀④
大聖堂の中から、外の様子を見て、レビェーデは溜息をついた。
相手は門の中まで入ってきており、大聖堂の扉近くで列をなしていた。仮に飛び出たとしても、一斉射撃を受ければ数人を倒すのが限度である。せめて門の外まで相手を押し出したいが、人数差があって現実的ではない。
「さすがに相手が多すぎる。俺一人であいつら全員というのは難しいだろうな」
「いや、さすがにそこまでは期待していないけど」
ミーシャは一瞬苦笑して、次いで、渋い顔になる。
「さすがに大聖堂の前をあれだけ固められているとお手あげって感じよね」
「せめて短時間でも相手の意識を逸らせば、チャンスを作ってみせるんだが……」
レビェーデの正直な思いであった。相手の意識を散らすことができれば、その間に厄介そうな連中を弓矢で倒し、一気に敵総大将ルジアン・ベッドーに迫ることができるかもしれない。
「総主教と枢機卿がいるのだし、何とか威厳みたいなもので相手の注意を逸らせないか?」
「やってみてもいいけど、あまり期待はできないんじゃないかしらねぇ。確かに前回、アヒンジとミャグーの時には成功したけれど、あの時はシェラビーが乱心したという慌ただしい中で向こうも準備不十分だっただろうから、ね。今回、ベッドーはそのあたりの準備はきちんとしているはず……」
「そいつは参ったな」
レビェーデは頭をかいた。もちろん、それでもやるだけのことはやるつもりであるが、相手が万全の体勢であるなら、数の差は厳しいように思えた。
その時、サリュフネーテがおずおずと口を挟んだ。
「あの……、あれで何とかならないでしょうか?」
彼女の視線の先には、ユマド神の像がある。その台座に青い光が輝いていた。
30分後。
レビェーデは弓を構えた姿勢で入り口へと向かう。両側から兵士達が扉を開いた。
正面には殺気立った兵士達が列をなしていた。扉が開いたことで、じりじりと近づいてくる。
と、その時、二階の窓が開いた。
「これでどうだ!?」
シェラビーの声が響き、一斉に何かがばらまかれるような音がし、次いでレビェーデの視界にも無数の輝くものが入ってくる。
「えっ? 金!?」
「宝石もあるぞ!」
大聖堂の中にあった金目のものを集めて、二階から玄関先に一斉に投げ落としたのである。兵士達が思わず反応したその瞬間、レビェーデは立て続けに矢を放った。財物に反応する気配を見せなかった兵士数人を射抜く。
時を同じくして、大聖堂の兵士達が財物をかき集めているベッドー家の兵士達を無力化し、前進する。
大聖堂の門を確保したことで、形勢は落ち着いた。相手が多かろうと、門の広さ的に五、六人以上が一斉に入ることはできない。しかもレビェーデが矢継ぎ早に幹部クラスを射抜いていく。
形勢が傾きかけてくると、総主教ミーシャの存在が効いてくる。
「これでも総主教に歯向かうというのか!?」
とミーシャが圧力をかけると、一歩二歩と下がっていく。
「ちょっと寄越せ」
その間にレビェーデは相手幹部の馬に乗り、門の外の様子を確認した。
(あの奥の馬車の中に総大将がいるとして……)
敵総大将の所在については既に確認している。そこまでの間にも兵士の列が三列あり、緊張した面持ちでこちらを眺めている。
(しかし、相手も詰めが悪いな。総主教には攻撃したくないということなのかな?)
手前の方には矢を撃っているが、それらは大聖堂の護衛兵を脅かすほどのものではない。手段を選ぶつもりがないのなら、少し高い放物線で矢を撃って、ミーシャらを狙う方が賢いのではないか、と思ったが、相手はそこまではしてこない。
実際には、この時、ルジアン・ベッドーがまさに寝ていたという幸運があったのであるが、さすがにこの時点のレビェーデにはそれは分からない。また、この時点で無理に起こそうとしないところを見ると、この時点ではまだベッドー側は自分達の方が有利であると考えていたことにもなる。
(もう一つ何かが必要だな)
レビェーデは弓を射ながら、次の行動を考えようとしたのだが、それより先に事態が動いた。
突如として、大聖堂の裏側から火の手が上がったのである。
ベッドーの手の者は、ミーシャ達が抜け道を使うことを想定して、火をつける準備をしていた。どうやら、その者達が勘違いをして火をつけてしまったらしい。大量に撒かれた油を伝わり、火は抜け道と繋がる大聖堂の裏側まで到達した。そこから大聖堂の建物自体をも燃やし始める。
驚いたが、結果としてこれはいい方に左右した。包囲していた兵士達も驚いていたからである。ベッドーは元々ミャグーとアヒンジに罪をなすりつけるつもりだったので、放火計画については兵士達に明らかにしていなかった。
兵士が動揺している様子を見たミーシャが叫んだ。
「総主教に刃を向けるのみならず、偉大なる大聖堂に火をつけるとは! 神をも恐れぬ者とも、永遠の呪いを受けることになるわよ!」
これは効いたようで、兵士達の精神状態は如実に後退した。大聖堂側が前進すると、数歩後ずさるようになり、少数ながら持ち場を離れた者もいる。
「シェラビーの旦那、ここは任せた!」
相手が精神的に劣位に立ったのを確認し、レビェーデは一気に動くことを決めた。後ろから外に出ると、そのままベッドーの乗る馬車へと向かう。三列した兵士達は大聖堂の火の手を見て列を乱していた。
「地獄に行きたくなければどけ!」
レビェーデが叫び、突っ切る。馬車のそばにいた副官らしい男は慌てて馬車を逃そうとしたが、それより早く長剣の鞘を頭に叩き落した。
副官を叩き落して、レビェーデは馬車の扉を叩いた。
(怖くて出られないのかよ? 覚悟が足りない爺さんだな)
と、小さな苛立ちを感じながら、再度叩くとブツブツ言いながら扉が開いた。
(こいつが黒幕ってわけか。正直、ただの爺さんだな……)
半分呆れながらも、話のやりとりをし、自らを名乗る。
「おう。冥土の土産に覚えておけ。レビェーデ・ジェーナスという名前を、な」
「なっ……」
逃げようとするベッドーを捕まえ、「首謀者を捕まえたぞ!」と叫ぶ。聞いていた兵士達はこれで完全に戦意を喪失したらしく、その場にへたりこむ者、大聖堂の火災の様子を見て慌てて逃げる者など、それぞれの行動をとりはじめる。
「何故だ……、何故これだけ包囲していたのに……」
「ああ。まあ、あれだ。あんたらとっては信仰とかそういうのが全てなのかもしれないが、金とかそういうものも大事ってことじゃないか?」
結局、勝敗の分け目となったのは財物に反応した兵士が大勢いたことなのだから。
ベッドーを捕まえることはできたが、それで解決とはいかない。
そうこうしている間にも大聖堂の火災は広がるばかりであった。しかも。
「ミャグーとアヒンジが逃げ出した?」
程なく伝わった情報が一行を仰天させた。
ベッドーの使いの者が幽閉中の枢機卿他捕まっていた幹部クラスを逃してしまったという。それで数十人、もし二人の枢機卿の部下がいたとなると、ミーシャが動員するよりも早く別の敵と戦わなければならない可能性が出てくる。
「……いったん、バシアンを出るしかないか」
ミーシャが諦めたように溜息をついた。
「サンウマまで来る必要もないでしょうが、ご案内しますよ」
シェラビーが答えた。
一時難を逃れよう、くらいの軽い言葉であった。
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